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ニヤリとした社長を前にして、言い切った後の祭りだった──


「しまった……やられた…っ」


事務所のトイレで頭を抱えてしゃがみ込む…

百戦錬磨の社長に乗せられて思わず承けてしまった。

しょうがない

俺負けず嫌いだし──


「たはっ…」

蹲ったまま頭を抱える。

そういや毎回そうやって社長に唆(そそのか)されてきた自分を思いだして思わず唸り声が漏れた。

俺の返事待ちだったらしいそのドラマは俺の応え一つで早速、撮影が決まる。

勿論、休暇返上──ってやつだ。

晶さんと一緒に過ごせる日が確実に削られたっ!…


「せっかく二人きりだけで過してたのにっ晶さんから離れなきゃいけない……」

力なく切ない溜め息が漏れる……

家主の居ない幸せに満ちたあの家。まるで新婚生活そのものだった──。たった二週間だったけど濃密な時間を過ごしてたお陰かえらく長く居たような錯覚に陥る。

“ほとぼり冷めたら出ていく──”

ほとぼりは冷めてないけど出ていかなきゃいけなくなってしまった…




「はあ…離れるの辛いな……」


立ち上がり呟くと洗面の鏡を覗き込んだ。

憂いに佇む男が映る──


切なくて手離したくない恋


今、離れるのは危険な感じがするのはまだまだあの人が自分のものだという確たる証拠、自信がないからだ──。


「野生の虎か…」

確かに言えてる──


自由奔放で掴み所がない


手錠や枷をするのにも命懸け。

なのに俺の心はガッチリと鋭い爪で鷲掴みしてくれている……。

食い込んだ爪で痛みを与えながら柔らかな尾っぽで優しく撫でて俺を翻弄させる……


晶さん……俺、どうしようもないくらい貴女に夢中だよ…


責任とってよねちゃんと──


そう願っても伝わるどころか……


「ただいま」

「あ、おかえ…り…」

俺の夢中になった女性(ひと)は驚いたように俺を見つめた。

「なに?」

元気ないのがわかったかな?
俺の気持ち、少しはわかってくれたかな?

今すごく切ないよ、晶さん…


「……肉は?」

「え──?」

「肉買いに行ってなんで手ぶら?」

「……あっ──!」

しまった──…っ… 


慌てる俺を見る顔がみるまに呆れ顔に変わっていく──

「夏希ちゃんて…アホタリン?」

「………」


アホに足りんまでつけてくれる始末だ──


彼女が立っているキッチンでは鍋のお湯が沸騰している。
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