上 下
386 / 403

6

しおりを挟む

「夏希ちゃん大丈夫…っ…」

飛び込んでくるような勢いだった──


聞こえたその声は確かにとても切羽詰まっていて

息も切れ切れなのは急いで駆け付けて来てくれた証で──


それでもほんとにあの人なのか自信が持てないでいる俺は、髭のヤツの背中が邪魔で中々その姿が見えないことに無性に腹が立った。




「おお、一番の薬がやっと来たか」

ドアを開けた瞬間、振り返った健兄が茶化しながら笑った。

その向こう側に白いベッドが見えている。

健兄は近くに来てこっそりと口にした。

「ストレス性の胃潰瘍だと……吐血も少しあって胃の荒れ方もかなり酷かったらしい……」

「…っ…吐血も…」

健兄は呟いたあたしに頷くと、あとは任せたとでもいうように肩に手を置いて病室を出ていった。

健兄を見送ると直ぐに振り返る。
目の前にはベッドの頭上を少し高くして仰向けになった夏希ちゃんが、見開いた瞳であたしを見つめている。

その腕には点滴の管が繋がっていた──


「あ、夏希ちゃ…」

傍に行こうとした瞬間、見開いていた大きな瞳が急に強く揺れ動く。



「…っ…晶さんのばかっ!……」

「……っ…」

「人殺しっ…」

「───…」

いきなり叫んで唇を噛み締めると、夏希ちゃんはあたしを全力で拒むように睨んでいた。

夏希ちゃんはあたしが近付くことを強く牽制する。瞬き一つすることなく精一杯あたしを拒否している。

その表情に驚いて何も言えずにいると、夏希ちゃんの唇が急に歪んだ。


「…離れてくから……っ…マジで死にかけちゃったじゃん…っ…」

「………」

睨んでいた瞳が力をなくし、あたしを見つめたまま大粒の涙がポロポロと一気に溢れ出す。

「逢いに行ったのにっ!…社長の家にも居ないしっ!…」

そんな夏希ちゃんは大きく声を震わせた。

「…すげーっ…逢いたかった…っ…」

「──…」

ため息と一緒にそんな想いを吐き出す。

泣き崩れた夏希ちゃんはベッドの上でもうボロボロだった。。。

強気な態度を見せたと思ったら今度は子供みたいだ。
鼻水まで垂らしてすごい勢いで泣いている。。。

TVで観る売れっ子の俳優。藤沢聖夜とはあまりに違いすぎ……


「ヒック…ううっ……っ…」

「……ぷっ…」

「──!っ…なんで笑ってんですかっ…」


泣き腫らした顔をもたげると、あたしを向いて真っ赤になりながらそう怒った。


夏希ちゃんは背だけを向けて枕で涙を拭うように顔を擦り付ける。

そうしながらブツブツと何かを呟いている。

あたしは傍に行って耳を傍立てた。


「めちゃくちや逢いたかったのに…っ…逢いたいのにマンションには居ないし……っ…あいつと一緒に居るんだって思ったら怖くて電話もできなかったのに……っ…」

くぐもった声が聞こえてくる。

夏希ちゃんは枕に埋もれた顔を急に持ち上げる。

「日本に居ないなんて俺、聞いてないっ……」

「………」

夏希ちゃんは泣きはらした目でキッと睨み、拗ねた顔をあたしに見せていた……。

完全な駄々っ子だ……

「聞いてない……?…」

「そうだよ!……何も聞いてないっ……聞かされてない!」

しかもすごい強気だ。

そして、なんだかその強気な態度にあたしもちょっとムカッとなった。。。


「聞いてない……か」

「そうだよ聞いてないよっ…」

「そりゃそうだ……」

「………」

「聞いてるはずがない……」

憤る夏希ちゃんとは逆に、あたしは静かな声で言葉を返す。

夏希ちゃんもその様子に気付いたみたい──



あたしは仁王立ちで片腰に手を当てた。

「だいたいさ?あたしが話あるって言ったのに聞こうとしなかったのはどこのドイツ様でしたっけ?」

「───……」

「言ったよねあたし。いや言った。確かに言った。うん!絶対言った!」

腕組すると何度も念を押して一人で頷く。

夏希ちゃんはそんなあたしを見て何かを思い出した表情を浮かべた。


「確か部屋で話そうって言ったら誰かさんは聞く耳持たずに帰ったわけよ。違ったっけ?」

「──…!っ……」

「で、なんだっけその時の捨てゼリフ!」

「………」

「ねえ、覚えてる?夏希ちゃん……」

「……っ…」

夏希ちゃんはあたしの反撃にゆっくりと視線を反らす。

「確かあたしと一緒にいると壊れるんだよね?……て、あれー?でも離れたら今度は死んじゃうわけだ?……じゃああたしはどうすればいいわけ?」

「……っ…」

仕上げに呆れ口調で肩を竦めて見せる。

夏希ちゃんはそんなあたしの攻撃に反論したくてもできないみたいだった。



口を結び、何も言えなくなった夏希ちゃんの顔を覗き込み、あたしはポツリと呟く──。

「ねえ…夏希ちゃん……」
「……っ…」

「あたしはどうしたらいい?……」

「───……」

「夏希ちゃんはどうしたらいいと思う?……」

ゆっくりと問い掛けながら、夏希ちゃんの枕に両腕を置く。

微かに怯えながらも見開いた目をあたしから離さない夏希ちゃんを、真上からしみじみと見つめた。

意識もなく、救急車で運ばれたって楠木さんから聞かされた。

脱水症状やらなんやらで、発見が遅かったら本気でヤバかったらしいって……。
そう知らされてすごく怖かったのに──


「……ぷっ…」

「……!?っ…」

笑っちゃいけない。。。

これでも病人であることは確かなんだし……。

でも……

「ぷふっ…」

「笑うなっ…」

真剣に怒ってるんだろうけど糸引く鼻水にはやっぱり吹いちゃうわけで。。。


バツが悪そうな顔でそっぽを向くと、夏希ちゃんは鼻を啜る。

そうやって顔だけ反対側を向いた夏希ちゃんをあたしは黙って見つめた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

処理中です...