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社長の家に居ない晶さんはきっとあいつの所に居るはずで
……てことは、晶さんはあいつと一緒に居ることを選んだわけで……
「はは……もう…無理……俺やっぱ無理…っ…」
胃物を吐き出しきった口からはもう胃液しか上がってこない。
それでも身体は中から全てを押し出そうと嘔吐を促す。
吐きたい苦しさと何も出せない苦しさで頭も痛い。
不快な匂いに包まれながら体力はもう限界だ。
力尽き、涙でぐちゃぐちゃになった顔と吐物で汚れた口を袖で拭うことしか出来ず、狭いトイレで俺の意識は徐々に薄れていった……。
「あ!ラッキ。空いてた!」
気持ちのいい風がそよぐ中を小走りする──
中庭の白いベンチ。
タイミング良く空きを見つけて腰掛けると、今日のランチのサンドウィッチをあたしは早速頬張った。
バリスタの研修も残すところあと4日──
四週間という期間ももう終わりに近付いている。
ほんとあっという間だ。
そう染々とここでの日々を振り返っていると、最近はあまり開くことのなくなった携帯電話の着信が点滅していた。
・
「ひっ…なにこの着信数っ…」
開いて確認すれば健兄の名前が並んでいる。
何ごとかとあたしは直ぐに電話を入れた。
「遅いっ今すぐ帰ってこい!」
「え!?」
“もしもし”なんて問い掛けも言わせず、健兄は電話口で大声で叫ぶ。
「でもあたし今オース…」
「わかってる!マスターから聞いた」
「わかってるなら直ぐに帰るのは……」
あと4日……
最終日には認定証が貰えるわけで、こんな中途半端で帰れば今までがなんだったのか……
「……ってなんで?何かあった?」
急にこんな無謀を言うからには何か理由があるんだろう。
あたしは折り返し聞いていた。
携帯電話を通して健兄が難しく唸る声を出す。
「……なに?」
「聖夜が……」
「………」
「……倒れた」
「──……」
「意識がまだ戻らん」
「──…へ……」
寝耳に水だ。なんの冗談だろうって思わず間抜けな返ししかできなかった。
「ちょ…倒れたってなんで…っ…」
「いいからとにかく直ぐに戻れ……わかったな」
「……っ…」
こっちの返事を待たずに健兄は電話を切っていた──
・
“倒れた”
「え……なんで…」
健兄の言葉を頭で整理して呟いた口元を手で覆う。
倒れた…って…どうして?……
手には一口かじっただけのサンドウィッチを持ったまま、あの日、背を向けた夏希ちゃんを思い出す。
「帰らなきゃ……」
独り言が勝手に漏れ、あたしは腰を上げていた。
スクール側に事情を説明して、部屋に戻り帰国の支度に直ぐ取り掛かる。
荷物をトランクに詰め込みながら、あたしは夏希ちゃんと最後に言葉を交わしたあの日をまた思い出していた。
“晶さんがわかったのは俺の何?──”
“連れて帰ればいいなんて余裕ぶっこくわりに、実は鍵忘れるくらいテンパってたって……そこわかってた!?…っ…──”
「──……」
今にも泣き出しそうにそう叫んだ夏希ちゃんの苦しそうな表情──。
“いいよ、もう……
もう疲れた
なだめて機嫌とって必死に尽くして……っ…それでも結局こうなるなら…っ…もういい……”
そう言って諦めたように軽く笑った夏希ちゃんは最後にこう言った──。
“晶さんを好きでいると俺…壊れる……”
あの時、夏希ちゃんの吐き出した言葉が嫌でも蘇る……
そしてあたしは唇を噛んだ。
「……っ…なに言ってんだか…っ…全然平気じゃないじゃん…っ……」
あたしが理由で倒れたなら離れていった夏希ちゃんのせいじゃん!
自分から離れて行ったくせにっ…
離れたら死ぬって自分で言ってたくせにっ…
「……っ…」
トランクに衣類を押し込んだ手が震える。
帰ろう──
帰って顔を見てちゃんと話をして……
「……ふ…っ…」
色んな後悔と夏希ちゃんが倒れた現実が一気に肩にのし掛かる。
勝手に溢れ出した涙を手の甲で拭きながら、あたしは黙々と身の回りを片付けていた。
・
─────
「…ああ……そうか、わかった。また連絡をくれ」
離れた場所から聞き覚えのある話し声がしていた……。
白いだけの視界を遮ってぼんやりとした人影が覗きこんでいる。
「おーい…生きてるか?」
目の前で何度もぷらぷらと手を振られ、重い瞼をゆっくり開けてみた。
「…お前な…頼むから飯ぐらいは食ってくれよ」
社長のホッとした表情が目に飛び込む。
小言を耳にしながら徐々に意識がはっきりとしていった。
白い空間に白いベッドシーツ。
腕には透明の管が刺さっている。
「……病…院…?」
「ああ。トイレで吐いて丸二日倒れてた」
「………」
「仕事しててよかったな?引きこもりなら気付かん所だ──…楠木が仕事の送りで家に行って初めてお前が倒れてるのに気づいた…」
「……二日…」
社長の言葉をゆっくりと頭で整理する。
「晶にも連絡したから直ぐに帰ってくるからな」
「──………」
まだぼんやりとした思考をもてあましていた俺は、長々とした社長の小言を遠くで聞いている気分だった。
・
「……帰って…くる?…」
「ああ。良かったな?ほんの一ヶ月足らず、晶が居ないくらいで倒れるなんてやめてくれよな?たく…」
「……ちがう…」
「あ?違うって何がだ?」
呟いた俺の言葉に社長は聞き返した。
「晶さんは…もう帰ってこない……」
今、居ないだけじゃない……
晶さんはこの先ずっと居ないんだ……
晶さんと別れたことを知らない社長は俺の否定の言葉の意味を深く飲み込めないでいる。
もし帰って来るならそれは明らかに同情で、
でも──
それでもいい
こんな俺を憐れんでくれてもいいから晶さんに逢いたい……
「……聖夜?…」
「……っ…」
「おい?…聖…」
「…帰る…って…っ」
言って震えた唇を噛み締めた。
「帰るってやっぱりあいつのところから……っ…」
急に唇が震え、口から小さくそう漏れた。
やっぱり高槻のところにいたんだ
やっぱり高槻と一緒になるつもりだったんだ
やっぱり……
晶さんは俺よりもあいつを選んだ──
何かを必死に我慢する俺に社長は驚きを見せる。
「……あ?…何言ってる?晶は海外研修だろ?」
社長は俺を真上から覗き込み、呆れた表情でそう言った。
「……海、外?」
「ああ。さっき羽田に着いたって連絡あったからもうすぐここに着くはずだ」
「………」
いまいち整理が出来なくて、社長の言葉をバラして一生懸命考えた。
研修?
海外?
羽田?
「一、ヶ月…?…」
あいつの元に居るどころか一ヶ月も日本にも居なかった……?
出した答えに何も言えずにいると、病室のドアが急に開いていた。
……てことは、晶さんはあいつと一緒に居ることを選んだわけで……
「はは……もう…無理……俺やっぱ無理…っ…」
胃物を吐き出しきった口からはもう胃液しか上がってこない。
それでも身体は中から全てを押し出そうと嘔吐を促す。
吐きたい苦しさと何も出せない苦しさで頭も痛い。
不快な匂いに包まれながら体力はもう限界だ。
力尽き、涙でぐちゃぐちゃになった顔と吐物で汚れた口を袖で拭うことしか出来ず、狭いトイレで俺の意識は徐々に薄れていった……。
「あ!ラッキ。空いてた!」
気持ちのいい風がそよぐ中を小走りする──
中庭の白いベンチ。
タイミング良く空きを見つけて腰掛けると、今日のランチのサンドウィッチをあたしは早速頬張った。
バリスタの研修も残すところあと4日──
四週間という期間ももう終わりに近付いている。
ほんとあっという間だ。
そう染々とここでの日々を振り返っていると、最近はあまり開くことのなくなった携帯電話の着信が点滅していた。
・
「ひっ…なにこの着信数っ…」
開いて確認すれば健兄の名前が並んでいる。
何ごとかとあたしは直ぐに電話を入れた。
「遅いっ今すぐ帰ってこい!」
「え!?」
“もしもし”なんて問い掛けも言わせず、健兄は電話口で大声で叫ぶ。
「でもあたし今オース…」
「わかってる!マスターから聞いた」
「わかってるなら直ぐに帰るのは……」
あと4日……
最終日には認定証が貰えるわけで、こんな中途半端で帰れば今までがなんだったのか……
「……ってなんで?何かあった?」
急にこんな無謀を言うからには何か理由があるんだろう。
あたしは折り返し聞いていた。
携帯電話を通して健兄が難しく唸る声を出す。
「……なに?」
「聖夜が……」
「………」
「……倒れた」
「──……」
「意識がまだ戻らん」
「──…へ……」
寝耳に水だ。なんの冗談だろうって思わず間抜けな返ししかできなかった。
「ちょ…倒れたってなんで…っ…」
「いいからとにかく直ぐに戻れ……わかったな」
「……っ…」
こっちの返事を待たずに健兄は電話を切っていた──
・
“倒れた”
「え……なんで…」
健兄の言葉を頭で整理して呟いた口元を手で覆う。
倒れた…って…どうして?……
手には一口かじっただけのサンドウィッチを持ったまま、あの日、背を向けた夏希ちゃんを思い出す。
「帰らなきゃ……」
独り言が勝手に漏れ、あたしは腰を上げていた。
スクール側に事情を説明して、部屋に戻り帰国の支度に直ぐ取り掛かる。
荷物をトランクに詰め込みながら、あたしは夏希ちゃんと最後に言葉を交わしたあの日をまた思い出していた。
“晶さんがわかったのは俺の何?──”
“連れて帰ればいいなんて余裕ぶっこくわりに、実は鍵忘れるくらいテンパってたって……そこわかってた!?…っ…──”
「──……」
今にも泣き出しそうにそう叫んだ夏希ちゃんの苦しそうな表情──。
“いいよ、もう……
もう疲れた
なだめて機嫌とって必死に尽くして……っ…それでも結局こうなるなら…っ…もういい……”
そう言って諦めたように軽く笑った夏希ちゃんは最後にこう言った──。
“晶さんを好きでいると俺…壊れる……”
あの時、夏希ちゃんの吐き出した言葉が嫌でも蘇る……
そしてあたしは唇を噛んだ。
「……っ…なに言ってんだか…っ…全然平気じゃないじゃん…っ……」
あたしが理由で倒れたなら離れていった夏希ちゃんのせいじゃん!
自分から離れて行ったくせにっ…
離れたら死ぬって自分で言ってたくせにっ…
「……っ…」
トランクに衣類を押し込んだ手が震える。
帰ろう──
帰って顔を見てちゃんと話をして……
「……ふ…っ…」
色んな後悔と夏希ちゃんが倒れた現実が一気に肩にのし掛かる。
勝手に溢れ出した涙を手の甲で拭きながら、あたしは黙々と身の回りを片付けていた。
・
─────
「…ああ……そうか、わかった。また連絡をくれ」
離れた場所から聞き覚えのある話し声がしていた……。
白いだけの視界を遮ってぼんやりとした人影が覗きこんでいる。
「おーい…生きてるか?」
目の前で何度もぷらぷらと手を振られ、重い瞼をゆっくり開けてみた。
「…お前な…頼むから飯ぐらいは食ってくれよ」
社長のホッとした表情が目に飛び込む。
小言を耳にしながら徐々に意識がはっきりとしていった。
白い空間に白いベッドシーツ。
腕には透明の管が刺さっている。
「……病…院…?」
「ああ。トイレで吐いて丸二日倒れてた」
「………」
「仕事しててよかったな?引きこもりなら気付かん所だ──…楠木が仕事の送りで家に行って初めてお前が倒れてるのに気づいた…」
「……二日…」
社長の言葉をゆっくりと頭で整理する。
「晶にも連絡したから直ぐに帰ってくるからな」
「──………」
まだぼんやりとした思考をもてあましていた俺は、長々とした社長の小言を遠くで聞いている気分だった。
・
「……帰って…くる?…」
「ああ。良かったな?ほんの一ヶ月足らず、晶が居ないくらいで倒れるなんてやめてくれよな?たく…」
「……ちがう…」
「あ?違うって何がだ?」
呟いた俺の言葉に社長は聞き返した。
「晶さんは…もう帰ってこない……」
今、居ないだけじゃない……
晶さんはこの先ずっと居ないんだ……
晶さんと別れたことを知らない社長は俺の否定の言葉の意味を深く飲み込めないでいる。
もし帰って来るならそれは明らかに同情で、
でも──
それでもいい
こんな俺を憐れんでくれてもいいから晶さんに逢いたい……
「……聖夜?…」
「……っ…」
「おい?…聖…」
「…帰る…って…っ」
言って震えた唇を噛み締めた。
「帰るってやっぱりあいつのところから……っ…」
急に唇が震え、口から小さくそう漏れた。
やっぱり高槻のところにいたんだ
やっぱり高槻と一緒になるつもりだったんだ
やっぱり……
晶さんは俺よりもあいつを選んだ──
何かを必死に我慢する俺に社長は驚きを見せる。
「……あ?…何言ってる?晶は海外研修だろ?」
社長は俺を真上から覗き込み、呆れた表情でそう言った。
「……海、外?」
「ああ。さっき羽田に着いたって連絡あったからもうすぐここに着くはずだ」
「………」
いまいち整理が出来なくて、社長の言葉をバラして一生懸命考えた。
研修?
海外?
羽田?
「一、ヶ月…?…」
あいつの元に居るどころか一ヶ月も日本にも居なかった……?
出した答えに何も言えずにいると、病室のドアが急に開いていた。
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