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5.元恋人
しおりを挟むナオの元カノ。
あまりにも衝撃が強すぎるその言葉に呆然としていると、百合香さんが困ったように俺の顔を覗き込む。
「……ごめんね、もしかして知らなかった?」
確認するような言葉に力なく頷くと、百合香さんは「そっかそっか」と苦笑した。
「七緒とは元々、中学がおんなじでね。付き合い始めたのは高校入ってすぐくらいで、二年の春にはもう別れちゃったんだけど」
でも、丸一年って意外と続いてる方なのかな?
前髪をかき上げながらそう言う百合香さんからは、花のようないい香りがした。多分、香水か何か。
さっきまではひどく動揺していて気づかなかったけれど、この人もまたナオのように、凄く綺麗な見た目をしている。二重まぶたの大きな目に、ふっくらとした唇。やっぱりナオの恋人になるような人は違うのかな、とぼんやり思った。
「あとね。これは一応プライバシーだから理由は言わないけど、私が七緒に振られたんだ」
「えっ」
突然何でもないように言い放たれた事実に思わず声が出る。あのナオが女の子を、ましてやこんなにも綺麗で優しそうな人を振るところなんて、全く想像が出来ない。まあまず、誰かの恋人であるナオ自体が俺にとっては慣れないものなんだけれど。
「その……デート、とかもしたんですか」
「えっ?ああ、うん。駅前のモールとか、お互いの家とかは行ってたかな」
互いの家。やっぱり衝動的に聞くんじゃなかったな、とまた後悔した。
「七緒から何か、私の話とか聞いてなかった?」
「いえ、俺は特に……」
いくら幼馴染とはいえ、相手の色恋沙汰にまで干渉するような事は無かった。
強いて言うなら、ナオが当時小五だった俺に対して、「好きな子は居る?」「律はきっとモテモテなんだろうね」と揶揄うように言ってきた事くらいだと思う。
ナオに恋人が居たなんて知らなかった。というか、知る由もなかった。
母さんは時々、「七緒はイケメンだから、きっと中学行ったらモテちゃうよー」とか言っていたけれど、俺はそんなの正直どうでも良かった。
どうせナオはずっと俺の幼馴染だし、彼女とかまだよく分かんないし。
そんな風に考えて甘えて、広い世界に出て沢山の人に愛されるようになっていくナオを追いかけずにいて。
そのせいだろうか。
幼い頃の印象とは大きく変化した今のナオに、俺は正直まだ馴染めずに居る。
色気、とでも言えばいいんだろうか。子供特有の跳ねるような仕草が無くなって、声も低くなって。しっとりとした上品な表情や言葉選びに、ずっとどうしようもない違和感を感じていた。単なる身体の成長だけでは纏えないようなオーラ。それがナオには確かにあったんだ。
思えば、その違和感はナオが高校生になったくらいの頃から出てきたような気がする。
「……あっ」
瞬間、俺はとある決定的な出来事を思い出してしまった。
ナオが高校に入学した年の夏。当時中学二年生だった俺に「勉強を教えてあげる」と言ったナオが、夏休みの宿題として課された数学のワークを付きっきりで見てくれた日の事だ。
八月初旬ともなれば当然気温は高くて、
「やっぱりクーラー付けても暑いものは暑いね」
と苦笑したナオが、胸元のボタンを二つほど開ける。すると、それまでは服に隠れて見えていなかった部分に小さな「痕」が見えたんだ。
鎖骨付近にあるそれは血のような色をしていて、ナオ自身の白い素肌にどこか危うげな雰囲気を漂わせていた。
「ねえナオ、これどしたの?」
「ん?あぁ……」
俺が指差した先を目線で辿ったナオは、一瞬だけハッと驚いたような表情をしたあと、「えっと」と口にしながら数秒間ほど言い淀んだ。いつも余裕綽々な彼が珍しく焦っているように見えて、何故だか心がざわざわとしたのを覚えている。
「……ただの虫刺されだよ」
結局は普段通りの笑顔でそう言ったけれど、あれは明らかな嘘だ。
虫なんかじゃなくて、もっと違う存在が付けた「痕」。今なら見た目でなんとなく分かるだろうけど、あの時は知識も乏しかったせいか、ナオの言葉をすっかり真に受けてしまっていた。それも見通した上で誤魔化したのであろうナオが、今では少し憎い。
ナオは俺が思っていたよりももっともっと早く、色んな事を知る大人になっていたというのに。
「……どしたの?何か忘れ物?」
「ああ、いえ」
初めてのキスもセックスも全部、今目の前に居る彼女が貰ったんだろうか。あの時のキスマークも、時期的に考えれば百合香さんが付けたもので間違いない。
「……あ、そう言えば本題が遅れちゃったね。名前は何だっけ?」
「律、です。笹原律」
「律くん。君にお願いがあるの」
今でも充分ズタボロにされているのに、彼女は再び、俺の捻じ曲がった恋心を抉るような言葉を口にした。
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