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9.日常を一緒に
しおりを挟む「大丈夫かなあ……」
約束まであと一時間。僕は一人で姿見と睨めっこしながら、これから始まる一泊二日の「お泊まりデート」に期待と不安を募らせていた。
『どうせほとんど家に居るんだろうし、自分がリラックス出来るような格好にしな。あ、子供っぽいスウェットとかは無しね』
どんな服を着れば良いのか分からない、と頭を抱えていた僕に対して、ハルさんはキッパリとそう言った。子供っぽくなくて、なおかつリラックス出来るようなもの……クローゼットを開けて探してみるけど、なかなか良さげなものが見当たらない。
散々悩んだ挙句、以前友達と遊んだ時に「拓海もこういうの一枚くらい持っとけよー」的なノリで買わされたオフホワイトのVネックニットに黒いワイドパンツというコーディネートが完成した。二日目用の服はあらかじめ準備しておいたので、服に関してはとりあえずこれで一安心だ。ちなみに、パジャマは無難に紺色、サテン素材の上下セットアップ。下が短パンしか無かったのはちょっとあれだけど、変な英語がプリントされたTシャツよりかはマシだと思う。
[そろそろ着きます]
[了解。入口の近くに居るね]
今日の集合場所は、紘一さんのお家の近くにあるスーパーマーケット。まずはここで必要な食料とかを買っておいて、帰ってからは二人で料理でもしながらゆっくり過ごすという計画だ。先週電話した時に「映画とか好きだっけ?」と紘一さんが聞いてくれたから、多分一緒に映画を観たりもするんじゃないかなと思う。
スーパーの中に入った瞬間、外よりも冷たい空気に全身がふるりと震える。きょろきょろと周りを見回していると、果物コーナーにスラっとした男性のシルエットが見えた。溢れる大人っぽさとスマートな感じからして、あれは明らかに紘一さんだ。渋い色のダメージジーンズに古着っぽいデザインのカットソー。これまたセンスの良い服を着ているな、と思いつつ、背後からそろそろと近づいていった。
「……紘一さんっ」
「わっ、拓海。びっくりした」
「えへへ」
いたずらっ子め、と笑う紘一さんは普段よりも少しラフな印象があって、これから丸一日以上二人きりで過ごすんだ、という実感が急に湧いてきた。そう言えば一緒にスーパーで買い物をするなんて初めてだし、紘一さんの日常に介入している感覚が妙に嬉しくてこそばゆい。
「今夜は何が食べたい?拓海の好きなやつにしよう」
「ええっ?どうしようかな……」
何だか家族みたいな会話、なんて思いながら、食べたいものを脳内でリストアップしていく。気付かない内に長い間黙り込んでいたのか、紘一さんが「そんなに悩む?」と笑い混じりに言った。
単に食べたいものならいくらでもあるけど、今日は紘一さんと一緒だし、出来れば作る時間だって楽しみたいから……。
「えっと……餃子が、良いです」
「おっ、良いね」
餃子くらいなら、不器用な僕でも作業が出来る。それに、以前「らあめん崎野」にお邪魔した時、紘一さんがラーメンと一緒に餃子を頼むかどうか迷っていたのを覚えていたんだ。結局あの時はラーメンだけにしていたけれど、今の反応も含めて、紘一さんは餃子も好きなんだと思う。先に希望を聞いてくれるのは嬉しいけど、僕は紘一さんの好みだって大切にしたい。
「そしたらとりあえずあんの材料と、皮だね」
「うんっ」
その他にも、ジュースとかデザートとか、色んなものを二人で選びながら買った。買ったものをエコバッグに詰めながら「何だか一緒に住んでるみたいですね」とつい口にすると、紘一さんは少しだけ間を空けてから「そうだね」と言った。僕みたいに嬉しそうっていうよりかは、何かをぐっと飲み込んだみたいな複雑な表情だった。
***
アパートで一人暮らしをしている紘一さんは、諸々の生活費などのためにアルバイトを頑張っている。今日は僕とのお泊まりデートのためにシフトを調整して、大学の講義も必修じゃないものをほんの少しだけ落としたりしてくれたらしい。「たまたま忙しくない時期だったから大丈夫」と紘一さんは言っていたけれど、果たして本当に大丈夫だったんだろうか。
紘一さんの家にはあまり長居をした事が無いから、「そこのタオル適当に使って良いから」「着替えはカゴにまとめちゃって」などと指示される言葉にさえドキドキした。本当に同棲しているみたい……という感動に浸っていると、リビングに居た紘一さんに「こっちおいで」と呼ばれる。
「そろそろあん作って、早めに餃子包んじゃおっか」
「うん。あっ、えと、僕料理とか苦手で……」
「ふふ、大丈夫。俺が教えてあげるから」
分からない事が多くて不安だったけれど、紘一さんが一つひとつ丁寧に教えてくれたおかげで楽しく作る事が出来た。特にあんを皮に包む時は、肉まん型とかバラ型とか、色んなのを作って遊んでみたりもした。
「紘一さんっ!見てこれ、可愛いのが出来ました」
「ん、本当だ。すんごい可愛い」
丸っこくてお餅みたいな餃子が出来たからと見せると、紘一さんは餃子じゃなくて僕の顔をじーっと見ながらそう言った。何に対しての可愛いなのかな?と疑問に思いつつ、僕の事かも知れない……という自惚れで顔が熱くなっていくのが恥ずかしい。結局、それ以降は面白い形のものが出来ても自分から見せたりはしなかった。
「よし、いっぱい出来たね。六時頃になったら焼こう」
「うんっ!楽しみです」
「俺も。あと二時間くらいあるけどどうする?」
「んー……あっ!映画、とかは?」
「良いね。そうしよっか」
紘一さんの家にどんな映画があるのかはよく知らないけれど、正直内容はどんなものでも良い。紘一さんの家のソファで並んで映画を見る、ただそれだけで充分だった。
「箱の中、好きなの選んで良いよ」
「わ、沢山……あの、紘一さんのおすすめとかってありますか?」
「俺の?」
一人ではとてもじゃないけど決められないくらい、木製の箱の中には沢山のDVDが入っていた。有名なアニメ作品からサスペンス系の長編まであって、一体どれがちょうど良いのかが全然分からない。
うーん、と少しだけ悩んだ紘一さんは、箱の下の方に入っていた水色のケースを指差して「拓海くらいの世代だとこれかなあ」と呟いた。ケースごと取り出してみると、タイトルの横ら辺に小さく「"冷たい青春"をテーマにした傑作、ついに映画化!」と書いてあるのが見える。今は普通に連ドラとかに出ている俳優さんがまだ学生だった頃の作品みたいで、原作の小説が好きだった紘一さんはこの映画版の方も何度かリピートしていたらしい。
「登場人物も少ないから見やすいよ」という言葉が決め手になって、僕達は紘一さんおすすめの青春映画を観ることになった。
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