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甘い匂い
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幸真は、おじいちゃん先生が教授をしていた音楽大学の付属中高一貫校に、全額奨学金特待生として入学することになった。両親が大喜びしたのは、音大付属校に入学できたことではなく、妹も弟もいるから、無料で学校に行けることだと、幸真は思った。
入学が決まると、おじいちゃん先生に言われた。
「いろんな先生に教わると、混乱するから、もううちには来なくていいよ」
「じゃあ、学校行かないです」
駄々をこねると、しわしわの大きな手で頭を撫でられた。
「もう、ここには来てはいけないよ」
ムカついたので、「さよなら」も言わずに、おじいちゃん先生の家を出て行って、言われた通り、もう行かなかった。
学校の先生に連れて行かれて、幸真はヨーロッパでもコンクールの最年少優勝や、音楽祭の最年少参加を記録したが、おじいちゃん先生に美味しいごちそうを食べさせてもらうことがないのが、――さびしくなんかなかった。
高1の秋からは、ポーランドの音楽院への留学を勝手に決められた。
大人たちは、世界的に有名な国際ピアノコンクールの最年少優勝を狙っていた。
幸真が、様々なコンクールで最年少優勝を記録できたのは、3月29日という早生まれであることも一因だった。年齢制限が小学4年生からのコンクールに、9歳でエントリーすることができるのだ。
5年おきに開催される国際ピアノコンクールの年齢制限は16歳からで、幸真がエントリーできるのは、3年後、17歳だ。最年少優勝である18歳の記録を更新できる。
黎も、幸真と同じ音楽大学付属の中高一貫校を受験して入学し、高1の秋からポーランドの音楽院に留学することになった。
どうせ幸真が
「黎といっしょじゃなきゃ、留学しない」
と駄々をこねたにちがいなく、教師にも、同級生にも、先輩にも、「お守り、がんばって」と、ひどく同情された。
幸真は毎日、学校から帰ると、夕飯を食べて、お風呂に入り、パジャマで黎の家へ行く。
幸真の家にはピアノがなく、というか、ピアノの置き場がなく、黎のお母さんのピアノ教室には、家にピアノがない子でも練習できるように、もう一部屋、レッスン室があって、そこを使わせてもらっていた。
練習を終えると、家に帰るのが、めんどくさくて、黎のベッドに寝た。
一人っ子の黎は、部屋もベッドも広くて、うらやましい。エアコンも涼しい。
妹は一部屋もらって、ひとつのベッドなのに、幸真は弟と一部屋に、ぎゅうぎゅう、机2つを並べて、2段ベッドだった。絶対、エアコン壊れてる!と弟といっしょに、両親に訴えても、新しくしてもらえない。
「来月、ポーランド行くから、いいけど」というのが、最近の幸真の口癖だった。
「幸真ん家、シャンプー変えた?」
並んで寝ているベッドの上、突然、黎が言い出した。
「え?わかんね。安いの買って、ボトルの外見と中身、ちがうの、当たり前だから」
「いい匂いする。洗剤かな?」
「感じないけど。」
幸真は言って、寝返りを打ち、黎の髪に鼻を埋めた。
「何?」
「黎が俺の匂い嗅いだから、お返し。」
「うちは、ずっとラックス」
「いやいや、中身は、いつの間にか、安いシャンプーにすり替わってるかもよ~~~」
そんなことを言っているうちに、二人は眠り込む。
朝、起きて、幸真は黎ん家で朝メシを食うと、母親にめちゃくちゃ怒られるので、自分ん家に帰って食べる。
「あんた、ちゃんとサプリ、飲むのよ」
母親はヤバい健康食品にハマっていて、幸真が中学生になったあたりから、毎日、朝メシの後に、謎の白いサプリを3粒、飲まされている。特に体に害もなく、何かの効果も感じられなかったが、母親が怒るのがめんどくさいので、幸真は飲んでいた。
「そういえば、うち、シャンプー変えた?」
幸真は聞いた。母親は小首を傾げて答えた。
「変えてないよ」
「じゃ、洗剤は?洗濯の。」
「何で?」
「黎が、いい匂いするって言ってたから。」
「洗剤も変えてないよ」
「ふーん。じゃ、黎の気のせいか」
幸真は立ち上がり、洗面所へ行って歯を磨き、顔を洗う。階段を上って、部屋に行き、制服を着ながら、2段ベッドの下の段で寝ている小学生の弟を、足で起こす。むにゃむにゃ、起きない弟に、幸真は言った。
「お兄ちゃん、ポーランド行っちゃうんだから、一人で起きらんないと」
ドドドドドドドドと地響きがして、幸真は反射的に身をすくめ、弟は飛び起きた。地震かと思うと、開けたままのドアから、母親が駆け込んで来た。
「何?!どうした?!」
「お母さんか~。びっくりした~」
幸真は慌てたが、弟は、むにゃむにゃ、また寝た。
「あんた、黎くんに近付いちゃ、もうだめだからね!」
母親が叫んで、弟は自分が怒られたのだと思って、起き上がった。
「何言ってんだよ?」
幸真はバッグを持って、母親を押しのけ、部屋を出ようとした。洗面所へ行って、髪をヘアワックスで、セットしなければならない。母親に腕を掴まれる。
「痛い!」
ちょっと痛いだけだったが、わざと幸真は大きい声を出して言った。
「あんた、下、下りてなさい。ごはん、あるから」
母親は幸真の腕を掴んだまま、こわい顔で弟に言った。兄妹弟の誰かが怒られると、とばっちりを食うのは宿命だった。おどおど、弟は、母と兄に触らないように気を付けて、部屋を出て行った。階段を下りて行く足音が遠ざかる。
「あなたは、Ωなの」
押し殺した声で、こわい顔で母親は幸真に言った。
入学が決まると、おじいちゃん先生に言われた。
「いろんな先生に教わると、混乱するから、もううちには来なくていいよ」
「じゃあ、学校行かないです」
駄々をこねると、しわしわの大きな手で頭を撫でられた。
「もう、ここには来てはいけないよ」
ムカついたので、「さよなら」も言わずに、おじいちゃん先生の家を出て行って、言われた通り、もう行かなかった。
学校の先生に連れて行かれて、幸真はヨーロッパでもコンクールの最年少優勝や、音楽祭の最年少参加を記録したが、おじいちゃん先生に美味しいごちそうを食べさせてもらうことがないのが、――さびしくなんかなかった。
高1の秋からは、ポーランドの音楽院への留学を勝手に決められた。
大人たちは、世界的に有名な国際ピアノコンクールの最年少優勝を狙っていた。
幸真が、様々なコンクールで最年少優勝を記録できたのは、3月29日という早生まれであることも一因だった。年齢制限が小学4年生からのコンクールに、9歳でエントリーすることができるのだ。
5年おきに開催される国際ピアノコンクールの年齢制限は16歳からで、幸真がエントリーできるのは、3年後、17歳だ。最年少優勝である18歳の記録を更新できる。
黎も、幸真と同じ音楽大学付属の中高一貫校を受験して入学し、高1の秋からポーランドの音楽院に留学することになった。
どうせ幸真が
「黎といっしょじゃなきゃ、留学しない」
と駄々をこねたにちがいなく、教師にも、同級生にも、先輩にも、「お守り、がんばって」と、ひどく同情された。
幸真は毎日、学校から帰ると、夕飯を食べて、お風呂に入り、パジャマで黎の家へ行く。
幸真の家にはピアノがなく、というか、ピアノの置き場がなく、黎のお母さんのピアノ教室には、家にピアノがない子でも練習できるように、もう一部屋、レッスン室があって、そこを使わせてもらっていた。
練習を終えると、家に帰るのが、めんどくさくて、黎のベッドに寝た。
一人っ子の黎は、部屋もベッドも広くて、うらやましい。エアコンも涼しい。
妹は一部屋もらって、ひとつのベッドなのに、幸真は弟と一部屋に、ぎゅうぎゅう、机2つを並べて、2段ベッドだった。絶対、エアコン壊れてる!と弟といっしょに、両親に訴えても、新しくしてもらえない。
「来月、ポーランド行くから、いいけど」というのが、最近の幸真の口癖だった。
「幸真ん家、シャンプー変えた?」
並んで寝ているベッドの上、突然、黎が言い出した。
「え?わかんね。安いの買って、ボトルの外見と中身、ちがうの、当たり前だから」
「いい匂いする。洗剤かな?」
「感じないけど。」
幸真は言って、寝返りを打ち、黎の髪に鼻を埋めた。
「何?」
「黎が俺の匂い嗅いだから、お返し。」
「うちは、ずっとラックス」
「いやいや、中身は、いつの間にか、安いシャンプーにすり替わってるかもよ~~~」
そんなことを言っているうちに、二人は眠り込む。
朝、起きて、幸真は黎ん家で朝メシを食うと、母親にめちゃくちゃ怒られるので、自分ん家に帰って食べる。
「あんた、ちゃんとサプリ、飲むのよ」
母親はヤバい健康食品にハマっていて、幸真が中学生になったあたりから、毎日、朝メシの後に、謎の白いサプリを3粒、飲まされている。特に体に害もなく、何かの効果も感じられなかったが、母親が怒るのがめんどくさいので、幸真は飲んでいた。
「そういえば、うち、シャンプー変えた?」
幸真は聞いた。母親は小首を傾げて答えた。
「変えてないよ」
「じゃ、洗剤は?洗濯の。」
「何で?」
「黎が、いい匂いするって言ってたから。」
「洗剤も変えてないよ」
「ふーん。じゃ、黎の気のせいか」
幸真は立ち上がり、洗面所へ行って歯を磨き、顔を洗う。階段を上って、部屋に行き、制服を着ながら、2段ベッドの下の段で寝ている小学生の弟を、足で起こす。むにゃむにゃ、起きない弟に、幸真は言った。
「お兄ちゃん、ポーランド行っちゃうんだから、一人で起きらんないと」
ドドドドドドドドと地響きがして、幸真は反射的に身をすくめ、弟は飛び起きた。地震かと思うと、開けたままのドアから、母親が駆け込んで来た。
「何?!どうした?!」
「お母さんか~。びっくりした~」
幸真は慌てたが、弟は、むにゃむにゃ、また寝た。
「あんた、黎くんに近付いちゃ、もうだめだからね!」
母親が叫んで、弟は自分が怒られたのだと思って、起き上がった。
「何言ってんだよ?」
幸真はバッグを持って、母親を押しのけ、部屋を出ようとした。洗面所へ行って、髪をヘアワックスで、セットしなければならない。母親に腕を掴まれる。
「痛い!」
ちょっと痛いだけだったが、わざと幸真は大きい声を出して言った。
「あんた、下、下りてなさい。ごはん、あるから」
母親は幸真の腕を掴んだまま、こわい顔で弟に言った。兄妹弟の誰かが怒られると、とばっちりを食うのは宿命だった。おどおど、弟は、母と兄に触らないように気を付けて、部屋を出て行った。階段を下りて行く足音が遠ざかる。
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押し殺した声で、こわい顔で母親は幸真に言った。
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