天使の墜とし方 - 卑屈なαとワガママΩ -

切羽未依

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#ソファーの上で

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「寝るなら、ベッド行けよ」
 れいは、ソファーの上の幸真ゆきまさを見て言った。リビングルームに入って来る。昼間だが、雨戸あまどもカーテンも閉めたまま、白い照明を点けている。

「ここがいい」
 ぽふっと、幸真はソファーに寝そべった。
 いつもヘアワックスで、無造作に散らしている少し長めの黒髪は、何もせずに真っすぐに下ろしている。ハイネックの、長い裾がアシンメトリーな黒いセーター、灰色のジーンズ、五本指ソックス。少しキツく見える切れ長の瞳、不平を言い出す寸前みたいな、への字に口角こうかくの下がった唇。

 黎は、コートを脱ぎ、ハンガーに掛ける。黒いスーツ。青と黒の斜め格子こうしのネクタイは解き、コートと同じハンガーに掛ける。
 面長おもながで、一重の瞳と、ちょっと突き出た唇。マッシュヘアは、髪質が硬いせいで、ふんわりとせず、ぼさっとしている。

 ワイシャツの第一ボタンを黎は外しながら、スリッパを脱いで、ホットカーペットに上がった。幸真が寝そべっているソファーの前に座り、背中でもたれて、ローテーブルの下に、五本指の靴下の足を伸ばす。それから、ホットカーペットに横倒しになって、手を伸ばし、スイッチを入れると、体を起こす。幸真が笑った。への字ぐちほころぶと途端に、やさしい笑顔になる。

「黎くん、大きくなったねえ」
「何だよ?いきなり」
「昔は、毛虫みたいに這って、スイッチ入れに行ってたからさ。今は、横になっただけで、手が届くんだなと思って。」

 幸真は黎の背中から両手を伸ばし、抱き締めた。腕の中、振り返る黎に、瞳を閉じて、くちづけた。


 甘い匂いが満ちていた。幸真は、発情期だった。


 幸真が唇を開くと、黎は深くくちづけて、舌を挿し入れる。幸真は舌を重ね合わせる。ぬちゅ…と濡れた音が、耳じゃなく、体に響く。

「やっぱベッド行けよ」
「ここがいい」
 ぎゅっと、幸真に抱き締められて、ちらっと目だけで黎は、壁時計を見た。リビングルームに行く途中で、レッスン室へ入って行く子どもとあいさつをした。
 30分か、1時間。母はレッスンが終わるまで、リビングルームには戻って来ない。

 完全防音のレッスン室の扉は閉められていて、ピアノの音は聴こえない。
 付き添いの保護者はレッスン室の外の廊下に置いたイスに座って待つが、希望すれば、レッスンが見えるように、扉を少し開ける。さっき、あいさつをした子どもは、小学校高学年のようで、一人でレッスンに来ていた。


 黎はローテーブルの下のティッシュを手を伸ばし、そばに引き寄せた。
 幸真が抱き締めている腕を解くと、黎は振り返って座り直す。幸真は、いたずらっぽく笑って、体を退き、クッションに頭を預けて寝そべった。
 寝そべった幸真に、黎は覆いかぶさるようにして、唇を、舌を重ね合わせる。黎は両手を、幸真のハイネックのセーターの長い裾から忍び込ませ、中で、長袖のアンダーウェアを掴むと引き上げる。引き上げたアンダーウェアの裾から、肌を撫でて両手を這いのぼらせる。くちづけを続ける黎の両頬を、幸真は両手で包み込んで、唇を離した。

「黎の手、あったかい」
「寒いなら、エアコンの温度、上げろよ」
「寒くない。体、熱い」
 言う通り、手のひらに感じる幸真の体は熱かった。黎は両手で、幸真の両方の乳首を、やさしくんだ。
「んふっ」
 くすぐったそうに幸真は声を上げ、両手で両頬を包み込んだ黎の顔を引き寄せ、くちづけの続きをする。

 舌と舌が絡み合う、ぬちゅぬちゅ、濡れた音。唇と唇の隙間から、こぼれ出る幸真の声。
「っは…ぁ、っん……ぅ…っあ、」
 黎の指先につままれて、親指の先でこすられて、硬く膨れ上がる両方の乳首。甘いΩのフェロモンが、ますます強く濃く匂い立つ。

 キスで唇を塞ぎ合っているからじゃない、Ωのフェロモンに鼻を塞がれて息苦しく、黎は唇を離した。二人の舌の先と先から、つうっと、よだれが糸を引き、途切れる。

 幸真の切れ長の瞳は熱っぽく潤んで、涎に濡れた唇は、てらてらと光って、半開きで、浅い熱い息を繰り返している。黎は手のひらで、幸真の熱い体を撫で下ろす。
「ぁはぅっ」
 幸真は声を上げ、腰を浮かせる。セーターの長い裾に隠して、黎は幸真のジーンズのボタンを外し、ファスナーを下ろす。

「やだ」
 幸真は、黎の手を両手で掴んだ。ちらっと目だけで黎は、壁時計を見る。さっさと抜いて、後始末をしなきゃ、レッスンが終わったら、母がリビングルームに来るかもしれない。来ないかもしれない。

「抜くんじゃなくて、――挿れて」
 幸真が潤んだ瞳で見つめて、濡れた唇で言う。黎は見下ろして、笑った。
「何言ってんだよ?」

 発情期に強く濃く匂い立つαを誘惑するフェロモンは、性的絶頂を得られれば、静まる。幸真は自慰では静めることができなくて、いつもモノを黎が手でしごいて抜いてやっていた。

 セックスをしたことはなかった。抜いた後、幸真はシャワーを浴びに行き、ベッドに一人残った黎は、Ωのフェロモンに反応してしまったαの自分のモノを、自分で慰めた。


 これは、幸真がΩであることを誰にも知られないための、隠蔽いんぺい作業だ。隠蔽作業でしかない。隠蔽作業でなければならなかった。





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