天使の墜とし方 - 卑屈なαとワガママΩ -

切羽未依

文字の大きさ
上 下
1 / 16

君のピアノに恋をした

しおりを挟む
 幸真ゆきまさは目を閉じて、クッションを枕代わりにソファーに寝そべって、れいのお母さんがレッスンする子どもの、たどたどしいピアノを聴いていた。

 何度も、同じ小節しょうせつを繰り返して、毎回、同じところで間違うピアノの音は、人をイライラさせるらしいが、幸真は嫌いじゃなかった。
 幸真がお腹の上に乗せた両手の指は、無意識に動いて音をなぞっている。ふふ。また、同じところをまちがった。

 すると、なめらかなピアノが聴こえ始めた。
 黎のお母さんが見本を弾いている。その後、一音、一音、どの指で、どの鍵盤を弾くのかを教えながら、ゆっくりと弾く。

 ピアノの音を聴きながら、幸真は眠りに落ちた。



 幸真がピアノを習い始めたきっかけは、母親といっしょに歩いていた幼稚園の帰り道、ミンミン鳴くセミの声に混ざって聴こえた、ピアノの音だった。どこからから聴こえて来るピアノの音を探して、幸真は駆け出していた。

 幸真の妹の手を引き、弟をおんぶした母親は追い駆けるわけにもいかず、探し回ると、幸真は鍵のかかった門を開けようと、がしゃがしゃ、体当たりを繰り返していた。アニメだと、鍵がかかっていても、体当たりすれば開くから。母親は、幸真の頭をはたいた。
 あの時は、レッスン室のエアコンが壊れて、近所の家に頭を下げて、窓を開けて練習をしていたのだと、後で黎に聞いた。
 新しいエアコンが取り付けられ、窓は閉め切られて、ピアノの音が聴こえなくなっても、閉じた門の前、爪先立ちして、きょろきょろしている幸真に、母親は聞いた。
「ピアノ、習いたい?」
「ピアノがききたい」
 幸真は答えた。

 幸真は黎のお母さんにピアノを習い始めた。聴こえていたピアノを弾いていた黎と、友達になった。
 黎は同い年だったが、ピアノの練習のために、幼稚園にも保育園にも行っていなかった。幸真は毎日、おゆうぎや、おりがみや、おひるねが、ばかばかしくて仕方なかったので、うらやましかったが、黎は、幼稚園へ行っている幸真をうらやましがった。


 初めてのピアノの発表会の後だった。文化会館のロビーの大きな変な絵を、黎と見上げていると、知らないおじいさんが幸真の名前を呼んで、話しかけてきた。
「知らない人としゃべってはいけない」ので、幸真はおくちにチャックをしていたが、強制的に両手を持ち上げられて、しわしわの冷たい手で触られた。
「へんしつし変質者ゃ!!」
 幸真が大きな悲鳴を上げ、発表会に出た子どもたちや保護者がいるロビーは騒然となった。慌てて黎のお母さんが駆けて来て、周りに向かって大きな声で何か説明をすると、なぜかみんなが大きな拍手をし始めた。へんしつしゃは、黎のお母さんの後ろに隠れる。へんしつしゃの方が体は大きくて、全然、隠れてないのに。

 へんしつしゃは、黎のお母さんに連れられて行った。
「けいさつ、行くのかな?パトカーのるのかな?おれも、のりたい!」 
 幸真が駆け出そうとすると、黎に腕を掴まれた。黎は、なぜかとても悲しい顔をしていた。


 幸真は、黎のお母さんのピアノ教室をやめて、電車に乗って、へんしつしゃのピアノ教室へ通えと、母親に言われた。幸真は家出をして、黎の家に行って、黎のお母さんに泣いて言った。
「もっとれんしゅうするから、やめないで」
「幸真くんは、うちを辞めても、ピアノを辞めるんじゃないよ。あの先生は、すごいピアノの先生なんだよ。あの先生に習ったら、幸真くん、もっとすごいピアノを弾けるようになって、きっとピアニストになれるよ」
「おれは、しょうぼうしになる。やだ。ピアノ、やめたくない」
「幸真」
 黎が、頭を撫でてくれた。
「幸真は、すごい先生にえらばれたんだよ。がんばりなよ」
「がんばんない~~~。れいといっしょが、い~い~」
 黎に「小学校は、いっしょだろ。毎日、いっしょだよ」と説得されて、へんしつしゃのピアノ教室に通うことになった。



 人の声が聞こえて、びくっと、ソファーの上、幸真は飛び起きた。スリッパの足音が近付いて来る。
 リビングルームのドアが開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

アルファとアルファの結婚準備

金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。  😏ユルユル設定のオメガバースです。 

お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら

夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。 テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。 Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。 執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...