ツンデレ彼氏が記憶を喪失したら、デレ甘にキャラ変して戸惑っています。

切羽未依

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花と採蜜者

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「ごめんなさい…取り乱して…」
 晴の両手が、俺の胸に突き立てられて、押しのけられた。
 晴と俺の間から、ベッドの上に、りんごを載せてた空っぽのお皿とフォークが、滑り落ちる。
 俺は、それを拾うのを言い訳にして、晴を抱き締める腕を離した。

 ほんとは、晴を離したくなんかなかった。でも……


 もう一度、抱き締めて、拒否られるのが、こわかった。


「いや、ゼンゼン」
 ゼンゼン、答えになってないことを言って俺は、お皿とフォークを拾って、テーブルに置いた。
 イスに座り直して、果物ナイフを取り上げると、ウサちゃんりんごの続きを作る。


「ごめんなさい。ぼくのために、お時間を取らせてしまって…。お忙しいでしょうから、もう、充分です。お見舞いを、ありがとうございました」
 晴が敬語で、ていねいに「帰れ!」って言ってますよ…


 独りぼっちで、苦しんでた中学生の晴を、救いたかったって、ずっと思ってた。
 でも、時間は戻せないから、晴と同じように苦しんでる中学生のために、ちょこっとでも、何かできたら、と思って、中学校を希望した。


 中学生の晴が、今!目の前にいるのに、俺は何にも言えなくて、何にもできなくて、ウサちゃんりんごを作っている。

 晴に「別れる」って言われた時も、俺は何にも言えなくて、何にもできなかった。


 記憶喪失のくせして、おんなじことを繰り返すのかよ。


「よかったら、食べてください」
 ウサちゃんりんご 3匹をお皿に並べると、果物ナイフを――テーブルに置いて行くのは、ヤバすぎる。
 ウェットティッシュで、ナイフを拭くと、ゴミ箱のウェットティッシュの山の中から、パッケージを拾って、入れ直した。

「じゃあ」
 俺は立ち上がりながら言った。「、また。」なんて言葉は、俺の中から出て来なかった。

「ありがとうございました。りんご、いただきます」
 晴が言って、頭を下げた。

 やっぱり俺は何にも言えなくて、ベッドを離れて、病室のドアを引き開け、出て行った。廊下を歩いて行く。

 廊下の突き当たり、エレベーターの前まで行って、下向き矢印のボタンを押しかけて、やめて、天井を見回した。非常口の矢印が指す方へ歩いて行って、非常階段を下り始めた。

 エレベーターを待ってる時間、考えたって、どうしようもないのに、ぐるぐる、考えちゃうのが、ヤだった。これなら、足を動かすことだけ、考えてればいい。右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、パッケージに入ってても、果物ナイフ持ち歩いてるって、警備員に捕まるヤバさだな…パッケージを裏向きに持ち直す。右足、左足、右足、左足、ある日、突然、ゼンゼン、なりたかった自分になれてないことに絶望して、こんな人生、ヤダ~!!って思って、高校生からの記憶、消去して、ないことにしちゃったのかな?左足、右足、左…って思いながら、動かしてるの、右足、左足、右足じゃねーかよ…

 俺は階段の途中で立ち止まって、やり直し。右足、左足、右足、左足、

「晴に、君と出会わなかった人生を、やり直させたい」
 お兄さまに言われたことを、思い出す。


 俺と出会わなかった人生の方が、晴は、幸せになれるんだろうか。左足、右足、左足、右足、左足、


 俺は、はっと気付いて、手すりを掴んで、方向転換した。階段を駆け上がる。
 フォークで、何か、できるとは思わないけど!晴が、何か、するとは、思わないけど!思いたくないけど!

 俺は階段を駆け上がり、体育教師のプライドに懸けて、息ひとつ乱さずに、廊下は、大股おおまた速歩きで行って、晴の病室の扉を引き開け、飛び込んだ。

 ベッドの上、体育座りで、背中を丸めてる晴が、涙で、ぐちゃぐちゃの顔で、うるうるの瞳を見開いて、俺を見た。

 俺は口を手で覆った。背中で、扉が閉じた。


 部屋は、濃い甘い香りに満ちていた。
 りんごの香りじゃない。


 手で覆っても、俺の口の端から、あふれるよだれが、ぬるく垂れて、あごを伝う感触が、くすぐったかった。


 ベッドの上、晴は、横向きに倒れ込み、うずくまって、俺に背中を向けた。
「出て行け!」
 なつかしささえ感じる、晴の罵声ばせいが、浴びせられる。


 俺は、口の端から垂れるよだれを、手のひらで、ぬぐった。
「そんなこと、言われたって、出てけるわけないだろ」

 こんなに濃くて甘い香りを嗅がせられて、採蜜者さいみつしゃが、花を欲しがらずにいれるわけがない。


 俺は、採蜜者。
 晴は、花。


 キレイな花びらを開いて、誘う花に、ひらひら、魅き寄せられる、ちょうちょみたく、俺の足は、ベッドへ向かう。
 パッケージに入ってる果物ナイフをテーブルに置くと、俺の腕の長さの限りに、ベッドのあっち側に押しやろうとして、小皿には、ウサちゃんりんごが2匹、残ってた。

 ひとつは、食べてくれたんだ…って、うれしくなってしまう。

 残された2匹は、白ウサギから、うっすら、茶色ウサギに変わり始めてた。
 こーゆー残り物は、いつもなら、ぽいぽい、食べちゃうんだけど、今は。口の中、りんごの味と混ぜちゃいたくなくて、俺は、テーブルを、あっち側に押しやった。


「やだ。見ないで。来ないで。」
 ベッドの上、晴は横向きに、背中を丸めて、うずくまっている。
 俺は、折れそうなほど細い腕をやさしく掴んで、晴が折り曲げた脚の間に隠してる手を、引き上げた。


 晴の細くて長い指に、ねっとり絡み付く白い精液を、俺は舌を這わせて、舐め取った。
 舌がろけそうな、甘い晴の味。


 こくんと、飲み干しても、俺の意識は――はじけ飛ばなかった。
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