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第三話 駄犬×高慢

駄犬×高慢

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 翡翠ひすいがΩと判明して、父は歓喜した。
 Ωの正妻に産ませた3人、Ωの側室に産ませた2人、皆、男子だった。嫡男を得た後は、帝のきさきとなれるΩの女子を望んでいたのに、叶わなかった。一族にΩの男子が生まれることはまれで、皆、αだと思っていたのに、正妻が産んだ末子すえごの翡翠がΩだった。
 男子であってもΩならば、姫として後宮に上がることができる。翡翠は帝との年齢もちょうどよい。αの長子ちょうしを産めば、次の帝となることも夢ではない。
 大切なΩの息子に父は、護衛を職業としているαの男をやとった。


 一日中、ずっと視線を感じているのは、神経をすり減らされる。
 護衛を職業としているだけに、いつでも翡翠の視界に入らない位置にいるのだが、それが逆に視線だけを感じてしまう。
 学校では教室には入っては来ず、ずっと廊下に立っている。他のΩの護衛も廊下に立っていて、自分ばかりが視線にさらされているのではないと、わかっている。他のΩに聞いても、「気になるけど、気にしない」と言われるだけだった。
 視線に神経質すぎるだけなのだと、翡翠は自分に言い聞かせていた。

 発情ヒートが起きてからは、護衛に性処理も任せていたが、布団の上にあおけに横たわり、寝巻の合わせに入れられた手で、無言・無表情・無感情に陰茎をさすられて、射精するだけだった。気持ちもよくないのに、菊門アナルは勝手に濡れて、寝巻だけでなく布団まで、じっとりと、おねしょをしたようになるのが恥ずかしかった。


 学校での昼休み。
 翡翠の豪華な弁当の食べきれないおかずを狙って、りんは何の具も入れずに塩おにぎりだけを持って来る。
 華族や士族というだけで入学が許される学校に、平民の彼はαで、成績優秀であるために受験を許され、合格して入学した。
 試験で学年1位を獲り続けていた翡翠が、産まれて初めて敗北した相手だった。

 どんな奴だろうと思って、昼休みに普通クラスに行って、聞くと、友人同士、にぎやかにおしゃべりながら弁当を食べている中で、一人、教科書を見ながら、おにぎりを食べているのが臨だという。

 翡翠は感心した。食事の時も勉強しているとは、熱心だな。
 毬栗いがぐりあたまで、藍染あいぞめの着物と袴の臨に、自分の名前と同じ翡翠色の着物と白袴しろばかまの翡翠は話しかけた。
「初めまして、臨。翡翠と申します」

 皆、廊下に張り出された試験結果を知っていたから、おしゃべりも、弁当を食べる箸も止めて、学校の階級カースト最上位の華族と、最底辺の平民の対決エンカウントを見物していた。

 臨は教科書から顔を上げた。
「お弁当、いっしょに食べませんかっ?!」
 臨にいきなり言われて、翡翠は聞き返した。
「は?」

 昼休み、いっしょに弁当を食べるようになって、聞けば、臨は入学以来、クラスの誰にも話しかけられなかっただけなのに、「勉強にしか興味のない、無口なガリ勉」と思われてしまって、毎日、一人さびしく、教科書を見ながらお弁当を食べていたのだと言う。
 翡翠と楽しくおしゃべりながら弁当を食べる臨に、他の者も話しかけるようになった。見る見るうちに友人を増やし、翡翠がわざわざ昼休みに普通クラスまで行って、いっしょに弁当を食べてやる必要もなくなったと思って、行かなくなると、臨が特級クラスにやって来た。
 少し、うれしかった。けれど、いっしょに弁当を食べていて、賢い翡翠は気付いてしまった。
「……君、僕のお弁当のおかずが目当てだな」


 次の学期には、臨は特級クラスに編入して、教師の話をよく聞くために、いつも一番前の真ん中の席に座る翡翠の隣の席に座った。
 昼休みは当然、翡翠の弁当のおかずを食べながら、今や何の具も入れて来ない塩おにぎりをほおばる。毬栗頭いがぐりあたまは、坊主といっしょにいるようで嫌だと翡翠が言って、伸ばさせた髪は、前髪は額の中ほど、耳を出して、後ろ髪も短くしている。
 ――臨がまだ普通クラスだった時、昼休みにいっしょに弁当を食べていた時も、なんとなく思っていたが、組が同じになり、はっきりとわかった。臨といっしょにいると、なぜか護衛の視線を感じずにいられた。


 発情期で休んでいた翡翠は学校に出て来て、昼休み、ひとの弁当のおかずを、もぐもぐ、食べている臨を見て、ついに言ってしまった。
「君は、僕が休んでたって、『今日は、おかずがない』くらいしか思わないのだろう」
 翡翠に言われて、もぐもぐ、口の中に入っている臨は答えられず、ただ首を横に振った。
「駄犬が無駄飯ばっかり喰いやがって。お手くらいしろ」
 翡翠が「お手」と差し出した手のひらに、臨は指を丸めた犬のようにした手を重ね合わせた。もぐもぐ、ごっくん。
「駄犬だってお手くらいできるぞ」
 胸を張ってみせる駄犬に翡翠は、ため息をついてみせた。
「お手ができるくらいじゃ、僕の番犬にはなれないな」

 冗談だった。しかし、臨は言ったその日に家まで付いて来て、翡翠の両親に、護衛となることを申し入れた。翡翠の家に来て、いっしょに勉強をしたり、本を読んだりしていた臨を、両親は見知っていて、気に入っていたので、驚くほど、すんなりと認められた。
 両親も、護衛のαの男の視線がわずらわしかったのだ。


 臨と同じ部屋で布団を並べて寝起きして、学校へ行き、勉強をして、帰る。一日中、いっしょにいて、楽しかった。
 臨が護衛になってから初めて、翡翠に発情ヒートが来た。夜が来てしまった。性的な行為をしなければならなかった。


 湯殿ゆどのに、いっしょに入ったこともある。お互いの裸を、陰茎だって見たことがある。
 しかし、行灯あんどんの光が揺らめく薄暗い中、布団の上で、どちらも白い寝巻を着て、正座をして、膝と膝を突き合わせて、向かい合うと、うつむいたままの翡翠を、口覆いマスクをした臨の両目は、おどおどして、直視することもできない。

「…………自分でする」
「え?」
 翡翠が勇気を振り絞って、小さな声で言った一言は、臨に聞き返された。もう一回、言う勇気は翡翠に残っていなくて、黙り込んでいると、臨が力強く言った。
「俺、がんばるよ」

 臨は手を伸ばし、届かなくて、ちょっと考えて、立ち上がり、翡翠の隣に正座した。肩と肩が触れ合い、お互い、びくっと体を震わせて、少し離れる。臨は手を伸ばし、翡翠の寝巻の帯の下の合わせに入れて――Ωは性的な行為をする時、寝巻の他に何も身に付けない。まさぐって、翡翠の陰茎を探し当てる。

 寝巻の中、臨の手が、たどたどしく翡翠の陰茎を愛撫する、というよりはさする。それでも、発情期のΩの感じやすい肉体からだは熱くなって来る。
 翡翠は全身、ぼーっとして、息苦しくて、息を吸い込むと、臨のαの色香フェロモンが胸をいっぱいに満たした。

「ヘタクソ」
「え?」
 いきなり翡翠に言われて、臨は横を向いて聞き返した。熱っぽく潤んだ翡翠の瞳が見返して、聞く。
「君は自慰をしたことがあるのか?」
「えっ!」
 びくっと臨は、翡翠の陰茎を握っていた手を離して引っ込めた。手は、翡翠の先端から垂れた雫で、ぬとぬとと濡れていた。
「こんな手つきで逝けるイケるなんて、安いちんぽだな」
「ちちちんぽっ」
 翡翠が『自慰』とか『ちんぽ』とか言ったことに、臨が驚いている暇はなかった。翡翠が両手で臨の寝巻の帯の下の合わせを大きく開き、声を上げて高笑いする。

「あははははは!僕のモノさすっただけで、勃起してるのか。もう染みまで付けて」
 臨の白いふんどしを突き上げている先端の染みを、翡翠は指先で撫でる。
「これは翡翠の色香フェロモンに反応しちゃってるだけでっ!」
 翡翠の細い手首を臨は握り、ぬるっと滑る。臨の手は翡翠の雫で、ぬとぬとと濡れていた。
「性的な行為をする時、番犬はふんどしを外しちゃいけないんだよっ」
「外さなきゃいいんだろ?」
 翡翠は臨の褌をずらして、陰茎を引き出す。半勃ちで股の間に鎮座する陰茎を、翡翠は蔑みの目で見下ろして言った。
「見せてみせろよ」
 口覆いマスクの中、臨の唇が羞恥しゅうちで、わなわなと震える。
「この安いちんぽ、どうやって逝かせるイかせるのか、見せてみせろ」
「翡翠……」

 発情期のΩが性的欲望に支配されて、すっかり人格が変わってしまうこともあると、臨は本で読んで知っていた。正気に戻すには、Ωの性的欲望を満たすしかないことも。

 臨は自分の陰茎を握り締めた。握り締めた手を上下させてさすり始める。翡翠は、すっと立ち上がり、寝巻の裾を乱すこともなく、臨の前、膝を突き合わせて正座する。
 何をされるのか、臨は翡翠を目で追ってしまっていた。
「手を止めるな」
 翡翠が言う。臨は慌てて下を向き、手を動かす。

「うつむくな。ぼくを見て、やれ」
 臨は顔を上げる。口覆いマスクの上、今にも泣き出しそうに怯えきった両瞳を、うっとりと翡翠は見つめる。
 必死に臨は自分の陰茎をさすり続ける。

「っあ、ぁぅっ…」
 声を上げた臨の陰茎の先から、かわいそうになるほど少量の精が出た。高らかに声を上げて翡翠が嘲笑わらう。
「やはり安いちんぽだな」
 翡翠は臨の手から陰茎を取り上げると、股の間に顔を埋めて、

「翡翠、だめっ。挿入は、だめだ」
 叫んで臨は両手で、翡翠の両肩を掴んで押さえる。
 番犬αは、Ωを清らかな体に保つために、口にも、菊門アナルにも、挿入することは、陰茎はもちろん、指すらも許されない。口覆いマスクをしているから、当然口吸いキスや舌の挿入もできない。性道具オモチャの使用は禁じられている。手で、指で、愛撫するだけだ。

「挿入?」
 翡翠は臨の陰茎の前で嘲笑あざける。その熱い息に撫でられて、臨はびくっと体を震わせる。
「お前のモノなんか、この僕の中に挿入れてやるわけがないだろう」

 翡翠が顔を上げる。股間に顔を埋めるのをやめてくれた。と臨が思ったのは、まちがいだった。翡翠は臨を上目遣いに眺めて、舌を伸ばし、握り締めた陰茎の先端を舐め上げた。

「うぁっ」
 先端を一舐ひとなめしてやっただけで臨は声を上げ、陰茎だけでなく、びくびく、全身を震わせて射精した。
 翡翠の目の前が真っ白になった。
 翡翠の顔をやさしく撫でるように、いい匂いのする、あたたかなものが垂れ落ちる。さっきとは比べ物にならない量だった。

 翡翠は体を起こし、顔に垂れ落ちる精を、舌を出して舐める。甘かった。
 これほど精が目にみて、いい匂いで、甘いものとは知らなかった。精を拭い取った手のひらを、ぺちゃぺちゃ、舐める。食事は音を立ててはいけないと、厳しくしつけられたのに。
 ぺたんと座った布団の上、臨の精をむさぼる翡翠は菊門アナルからあふれる染みを広げて、寝巻を突き上げて射精していた。


 目を覚ますと、明るかった。明るすぎる。翡翠は飛び起きて、臨を叩き起こす。
「臨!起きろ!遅刻だ!」
 翡翠に叩き起こされ、臨も飛び起きて、寝巻を脱いで、昨夜のことを思い出して、寝巻をきちんと着直した。もごもご、臨は言う。

「あ。えっと……今日は学校に行かなくていいんじゃないかな?」
「何を寝ボケている。今日は休みではないぞ」
「あの、ほら……翡翠、発情期だから」
「――ああ、そうか…」
 翡翠は布団の上に座り込む。臨も布団の上に座り込む。臨は正座して翡翠に向かって、手をついて頭を下げて謝った。
「翡翠、昨夜はごめん!俺、君の顔にっ」

 臨は言えなくなって、ただ手をつき、頭を下げ続けた。
 翡翠は自分の記憶を辿る。
 昨夜。発情ヒートが起きて――初めて臨に性的な行為をしてもらって、

 翡翠が沈黙したままで、臨は、おずおず、顔を上げた。考え込んでいる翡翠の顔を見て、賢い臨は悟った。
「覚えてないのか~。記憶が飛ぶこともあるって、本で読んだけど、これか~」
 臨は全身の空気が抜けてしまうような溜息と共に言って、布団に突っ伏した。
「待て、臨!まだ思い出している最中だ。今、思い出す。思い出せる」
「…いや、思い出さなくていいよ……」

 覚えたはずの公式や英語の単語を、試験で思い出せないように、ぽっかりと翡翠の記憶から抜け落ちていた。翡翠が聞いても、臨は「思い出さなくていい」と言うばかりだった。


 臨の性的な行為は、いつまでも、おどおどと、たどたどしいままだった。
「お勉強は得意だろ」
 翡翠が罵って投げ付けて来た巻物が転がって広がった。
 それは公家に代々、伝わる性技の絵巻物で、臨はお勉強しながら、どうにかこうにか性的な行為を済ませた。
 寝て、起きて、臨は布団に腹這いになって、巻物を広げて復習と予習をしていた。

 いっしょの布団で寝ていた翡翠が目を覚ました。性的な行為をすると、壊滅的に布団を汚してしまうので、いっしょの布団で寝るしかなかった。翡翠は寝返りを打ち、臨が広げている巻物を、寝ぼけまなこで見る。
「こんな物、どこから出して来た?!」
 両瞳を見開き、真っ赤な顔で聞いて来る翡翠に、
「昨夜、君が投げ付けて来た」と、臨は言えなかった。
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