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里帰り
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東寮の食堂に入って行くと、オーガスは、深い碧の細めの瞳だけを動かして、見渡した。――本人は、瞳だけ動かしたつもりだったが、首を高く伸ばして、ふわふわの鮮やかな赤毛が揺れたのが、背後に従えた西寮の寮生たちにも、見渡された東寮の寮生たちにも、バレバレだった。
それを朝食・昼食・夕食の毎回、オーガスは繰り返し、ついに耐えきれなくなって、聞いたのは、西寮の副寮長だった。
「東寮の寮長殿が、いないみたいだけど、今日、お里帰りから戻るんじゃなかったっけ?」
東寮の副寮長が答えた。
「3日の予定でしたが、滞在を延ばされるとの連絡がありました」
「あと何日っ?!」
思わず声を上げたオーガスは、薄い唇を閉じ合わせて、無表情を装い、何も言わなかったふりをした。
声で、バレバレだから!
東寮の寮生と西寮の寮生は仲良く、心の中でツッコんだ。
ライが里帰りから戻ったのは、それから4日後だった。でも、食堂に来ず、同室の副寮長に食事を運ばせて、部屋から出て来ない。
「危ね!」
声を上げてオーガスは、廊下に転がった。
夕食の後、オーガスが空間移動魔術で忍び込もうとしたライの部屋は、結界魔術で封じられていた。それも突破しようとすれば、侵入者を防御魔術で跳ね返すようになっている。跳ね返された瞬間、オーガス自身が防御魔術で押し返さなければ、扉の向かいの壁に背中を叩きつけられて、相当なダメージを負っていた。
ライが発動した結界魔術ではない。魔力が弱いライの結界魔術ならば、魔力が強いオーガスは容易く突破できるはずだった。
廊下に転がっていたオーガスは移動魔術で飛び退り、ふわりと足を着いて立つ。
空間移動魔術で、ライの部屋の扉の前に現われたのは、すらりと背の高い東寮の副寮長だった。――正確に言えば、「ライと副寮長の部屋」の扉の前だが。
「貴様か!ライを監禁してるのはっ」
叫ぶオーガスを、青い瞳に侮蔑を満たして副寮長は見返した。
「ぼくはSubですよ。パートナーだっている」
副寮長は濃い褐色の肌に映える深紅の革を編んだ首輪を嵌めている。
「わかった!寮長の座を狙っているんだろう!!」
「狙ってない狙ってない」
ひらひらと、副寮長は手を振った。ため息をつくと、ポニーテールに結った長い黒髪のすそを指先で、もてあそぶ。副寮長自身は無意識だが、イライラしてる時のクセだと、東寮の寮生は皆、知っている。
「お里帰りで少々、お疲れになっただけですよ。静かにして下さい」
「親や親戚に『これ食べなさい』『あれ食べなさい』と勧められまくって、ぷりんぷりん、お里帰り太りしちゃった、だらしない体を愛で、じゃなくてっ、拝んでやろうと思ったのになあ」
オーガスは歩み寄りながら、部屋の中のライに聞こえるような大きな声で言った。扉の前に立つ副寮長の、自分の黒髪のすそをもてあそぶ指先は、止めようもない。
「声は、部屋の中には聞こえませんよ。僕の結界魔術は、あなたほどではありませんけれど、っく」
副寮長は自分の「中」に挿入り込まれたような感覚に、体を二つ折りにした。オーガスが部屋に侵入しようとした時、すぐにわかるように、結界と自分の感覚を接続していた。
感じたのは、ほんの一瞬だった。
なのに、副寮長が体勢を立て直した時には、オーガスの存在は消え失せていた。副寮長は扉を振り返り、ドアノブを掴んで、回すことすらできず、開かなくなっていた。
ほんの一瞬で、結界魔術を解除され、部屋に入り込まれて、オーガスの結界魔術で封じられた。
副寮長は、扉に額を押し当てた。
……あとは、二人の問題か。
自分で自分に言い聞かせ、扉から額を離した。感じてしまった腹の底を、シャツの上から撫でる。
「これって、浮気にカウントされちゃうかなあ…」
それを朝食・昼食・夕食の毎回、オーガスは繰り返し、ついに耐えきれなくなって、聞いたのは、西寮の副寮長だった。
「東寮の寮長殿が、いないみたいだけど、今日、お里帰りから戻るんじゃなかったっけ?」
東寮の副寮長が答えた。
「3日の予定でしたが、滞在を延ばされるとの連絡がありました」
「あと何日っ?!」
思わず声を上げたオーガスは、薄い唇を閉じ合わせて、無表情を装い、何も言わなかったふりをした。
声で、バレバレだから!
東寮の寮生と西寮の寮生は仲良く、心の中でツッコんだ。
ライが里帰りから戻ったのは、それから4日後だった。でも、食堂に来ず、同室の副寮長に食事を運ばせて、部屋から出て来ない。
「危ね!」
声を上げてオーガスは、廊下に転がった。
夕食の後、オーガスが空間移動魔術で忍び込もうとしたライの部屋は、結界魔術で封じられていた。それも突破しようとすれば、侵入者を防御魔術で跳ね返すようになっている。跳ね返された瞬間、オーガス自身が防御魔術で押し返さなければ、扉の向かいの壁に背中を叩きつけられて、相当なダメージを負っていた。
ライが発動した結界魔術ではない。魔力が弱いライの結界魔術ならば、魔力が強いオーガスは容易く突破できるはずだった。
廊下に転がっていたオーガスは移動魔術で飛び退り、ふわりと足を着いて立つ。
空間移動魔術で、ライの部屋の扉の前に現われたのは、すらりと背の高い東寮の副寮長だった。――正確に言えば、「ライと副寮長の部屋」の扉の前だが。
「貴様か!ライを監禁してるのはっ」
叫ぶオーガスを、青い瞳に侮蔑を満たして副寮長は見返した。
「ぼくはSubですよ。パートナーだっている」
副寮長は濃い褐色の肌に映える深紅の革を編んだ首輪を嵌めている。
「わかった!寮長の座を狙っているんだろう!!」
「狙ってない狙ってない」
ひらひらと、副寮長は手を振った。ため息をつくと、ポニーテールに結った長い黒髪のすそを指先で、もてあそぶ。副寮長自身は無意識だが、イライラしてる時のクセだと、東寮の寮生は皆、知っている。
「お里帰りで少々、お疲れになっただけですよ。静かにして下さい」
「親や親戚に『これ食べなさい』『あれ食べなさい』と勧められまくって、ぷりんぷりん、お里帰り太りしちゃった、だらしない体を愛で、じゃなくてっ、拝んでやろうと思ったのになあ」
オーガスは歩み寄りながら、部屋の中のライに聞こえるような大きな声で言った。扉の前に立つ副寮長の、自分の黒髪のすそをもてあそぶ指先は、止めようもない。
「声は、部屋の中には聞こえませんよ。僕の結界魔術は、あなたほどではありませんけれど、っく」
副寮長は自分の「中」に挿入り込まれたような感覚に、体を二つ折りにした。オーガスが部屋に侵入しようとした時、すぐにわかるように、結界と自分の感覚を接続していた。
感じたのは、ほんの一瞬だった。
なのに、副寮長が体勢を立て直した時には、オーガスの存在は消え失せていた。副寮長は扉を振り返り、ドアノブを掴んで、回すことすらできず、開かなくなっていた。
ほんの一瞬で、結界魔術を解除され、部屋に入り込まれて、オーガスの結界魔術で封じられた。
副寮長は、扉に額を押し当てた。
……あとは、二人の問題か。
自分で自分に言い聞かせ、扉から額を離した。感じてしまった腹の底を、シャツの上から撫でる。
「これって、浮気にカウントされちゃうかなあ…」
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