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第1章 王様と鍵

王様は噓つき

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 くすんだ灰色の王立図書館の制服は、司書たちには「ほこり色」と呼ばれている。埃にまみれても目立たないように、この色に決められたのだと、皆、思っている。
 業務の邪魔にならないように、上着のえりも小さめで、合わせは内ボタン、袖に飾りボタンなどはない。
 シャツは、やはり内ボタンで、首輪をめているディセは、第一ボタンを外す許可を図書館長にもらっている。白銀の首輪から下がる鎖に着けた鍵は、シャツの中に収めている。
 ズボンは動きやすいように少しゆったりとしているが、裾の長さをぴったりと合わせているので、たるみなどない。
 軽く、やわらかなかわの黒い靴。司書はカウンターに座って本を貸し出しているより、書棚に本を戻したり、探したり、地下の書庫に下りたり、図書館内を歩き回っていることが多いのだ。


 王の寝所しんじょにはバスルームまであって、ディセは王に、体も中も洗われて、少し熱い湯にけられて、ふわふわの大きなバスタオルに包まれて拭かれる。

 バスルームでも、王は寝間着ネグリジェを脱ぐことはない。
 ディセが湯に浸かっている間、バスタブにもたれて、うとうとしていたから、頭だけは洗ってやった。お湯をかけると、こっちがびっくりしてしまうくらい、びっくりして起きたので、寝かせておいてやるんだったと、ディセは後悔した。

 バスルームに王は体を洗うために残って、ディセは独り出て行くと、制服を着込み、乱れがないか、鏡に自分を写していた。

 短い銀髪は顔を縁取ふちどり、闇のように深い黒い瞳。すっと通った鼻筋と、少し薄い唇。細い体。
 明らかに湿った色の銀髪を気にしていると、バスルームから王が飛び出して来た。

「どうしたんだよ?」
「早く出ないと、ディセが行っちゃうと思って…」
 王は新しい木綿もめん寝間着ネグリジェに着替えていた。

「お前、この後、仕事なんだろ?」
「そうだけど…」
 王は、とても言いにくそうに続けた。
「服は、侍従に着せてもらうんだよ。――王だから、何でも人にやらすわけじゃないんだよっ。王の衣装って、いろいろ、めんどくさくって、一人で着れないの。あんなゴテゴテした物、着なくったって、王冠、着けてりゃ、『王』って、わかんのにな~」
「……王冠を着け忘れてる」
「――これはね、ディセの前では、ただの一人の男としていたいという俺の気持ちの表れで」
「さっさと取りに行け」
「は~い」

 ディセに言われて、バスルームに駆け戻って、王冠を取って来る。
 濡れた琥珀色の髪を真ん中でかき分けて、オパールが極彩色に輝く王冠を額にめる。
 王は顔立ちも言動も幼くて、ディセと同じ21歳とは、誰にも思われない。でも王自身は、ディセよりも少し背が高く、体も筋肉がついていて、誕生日が早いことを誇る。

 沈黙が、二人の間に落ちた。

 王城の入口で、ディセは侍従長に「申し訳ないのですが、2時間半でお願いします」と言われている。ちらりと目だけで、柱時計を見る。

 王が、ディセに手を伸ばし、頭を引き寄せ、抱き締める。
「ごめんな。1ヵ月も放ったらかしにしちゃって。つらかっただろ」
「抑制剤を飲んでいたから、問題ない」
「俺も飲んでたけど、オナっちゃった。ごめん。でも、ディセに会えたら、何しようかな~って思いながら、オナった」
 王に言われて、ディセは本当は、自分も自分を慰めたことは言えなかった。

 1ヵ月前――即位式の2日前、「歴代の王の即位のスピーチを読みたい」と、王立図書館に連絡があって、スピーチ原稿の複製コピーじた本を、ディセは王城に届けに行った。

 寝所に行き、王に言われて、ディセは文机ふづくえに本を置いた。
Strip脱いで――時間がないから、下だけ」
 王の命令コマンドに、下だけ脱いで、後ろから犯された。
 今日は、その本を受け取りに行って、こんなことになっている。

「次も、いつ会えるか、わかんないんだ。今日は、侍従長にダダこねて、2時間、『お勉強の時間』ってことにしてもらった」
 ディセは自分に与えられた時間が30分多かったのは、王城の入口から寝所しんじょに行くまでの時間だろうかと思う。

「ディセ」
 名前を呼ばれてディセは見上げると、王の灰青色の瞳より、王冠のオパールの極彩色の輝きが目に入ってしまった。


 こいつは、もう俺だけを支配してくれるDomじゃない。
 王国の全てを支配する王様だ。


「いっしょに住もう」
「え」
「――…今の、ビックリ!の『え』じゃなくて、何言ってんの?の『え』だよね…」
 王の灰青色の瞳が、ディセの黒い瞳を覗き込む。
 真っ直ぐな瞳に心の奥底まで覗き込まれそうで、ディセは瞳を逸らす。

Look俺を見て
 Dom命令コマンドに、ディセSubは逆らえない。――王を見つめる。王は、ディセに笑いかける。
「俺が王となったからには、王族も貴族も、同性でも結婚できるようにするから~、結婚を前提として、王城での同棲を」
「――まさかお前、そのために王になったんじゃ」
 ディセの唇をふさぐように王はキスをする、唇に触れるだけの。
「そうだよ」


 こいつは、嘘みたいなことを、いつも言う。

「俺、ディセのDomになりたい」

「首輪、あげる」

「俺、王になる」

 だから、いつも信じられない。


 王がディセの体から両腕をほどいた。

 いやだ。この両腕に、ずっと縛られていたい。

 王はディセの前、両腕を大きく開いた。
「だからね、ディセ。今日、仕事が終わったら、ここに帰っておいで」
「……そんなこと、いきなり言われて、答えられるわけないだろ」
 ディセは言って、「おかえり」と大きく両腕を開く王に背中を向けてしまった。
「驚かせたかったのに…ごめん」
 王に謝られても、ディセは振り返ることができなかった。

 王の寝所は広い。入口の大きな扉から、徒歩2分はかかる天蓋付きのベッドは、妃を何人も、一度に夜伽よとぎさせられそうなほど広い。
 入口の大きな扉とは別に、普通の扉が石積みのままの壁には、いくつもあって、他の部屋に通じているのかと思えば、バスルームだった。ならば、トイレもあるはずで、あとはウォークインクローゼットと、物置と…ディセは、他に思いつかなかった。
 薄いカーテンを引いても、広い寝所を日の光で満たせるほどの大きな窓には、広いバルコニーが透けて見える。

「少し、考える」
 言い残してディセは歩き出し、慌てて戻り、がっくり、腕を下ろしている王を見ないようにそばを通り過ぎて、奥まで行って文机ふづくえに置かれた歴代の王のスピーチを綴じた本を取り上げる。今日は、貸し出した本を受け取るために王城に来たのだ。プレイのためじゃない。

 自分の側を通り過ぎるディセを、王は首だけ回して見送って、言った。
「アパートに帰っても、もう何にもないよ~」
「何だって?」
 ディセは振り返ってしまった。
「俺たちがヤッてる間に、近衛隊にディセのアパートの物を全部、お引越しするように命令した」
「嘘だろ」
「本当だよ」


 こいつが言う嘘みたいなことは、いつも本当だ。


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