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藤原道長に言い寄られまくっています。
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戸を開け、局(部屋)に藤原道長が入って来て、私に近く寄ると、夜闇に、ぼおっと淡い光が浮かび、小さく散らばった、いくつも、いくつも、いくつも……
「何の光…」
「ふふ」
思わず言ってしまって、道長に笑われた。私は口を閉じ合わせ、顔を袖で覆う。
「女」は男に、顔も見せず、声も聞かせてはならないのだ。
「そんな顔もするんだねえ。君、いっつも無表情だから。」
光が散る時、夜闇を照らして、私の顔を見られてしまった。
私は局(部屋)を見回す。
あちこちに散らばった小さな光は、灯っては消え、灯っては消えるを繰り返す。
「蛍を、薄絹に包んで、持って来たんだ」
まるで幼い童が、悪戯をした時のような声で言う。
「ひっ」
私は頬に何かが触れて、思わず声をあげる。また道長に笑われた。
「暗闇で、もののけに触られたような声を上げるなよ」
頬に何が触れているのが、私は確かめたくて、袖から手を出して触ってみた。
「ひっ」
頬に触れてたものが私の指に絡み付いて来て、情けないが、また声を上げてしまって、また道長に笑われた。
「もののけじゃないよ」
私の指に道長の指は絡み付いたままで、もう一方の手で、私が顔を隠している袖を押しのけ、顔を露わにされた。口に何かが当たった。私は口を閉じ合わせて声を上げるのだけは、何とかこらえて、顔を退く。
「口吸いは、嫌いなのか」
「くくくく口吸いっ」
道長に問いかけられて、結局、またまた声を上げてしまって、またまた笑われる。
「今までの男は、口吸いも、愛撫もせず、いきなり袴の帯を解いて、ハメるようなαばっかりだったんだな…」
その通りだった。
交合なんて、暴力だ。
菊門をこじ開けられ、私の中に他人が挿入って来る。
嫌で嫌でたまらないのに、Ωの躰は悦んでいる。
心と躰が離れ離れになってゆく心地さえして、私は生霊になってしまいそうだった。
突然、道長が、ぱたぱた、褥(敷布団)を叩き始めた。褥に止まっていた蛍が飛び立ち、小さな光が舞い上がる。
「俺は、むしろ前戯が大好きだから~」
押し倒されて私は、蛍をつぶさないように道長が褥を叩いたのだと気付く。
やさしい男だ、と思ってしまって、いやいや、虫をつぶしながら交合するなんて、気持ち悪いからだ。蛍は光らなかったら、見た目、御器かぶり(ゴキブリ)と同じだからな。
道長は私を押し倒したのに、体の上に、のしかかることなく、添い寝する。私の顔を手のひらで包み込むようにして、横を向かせる。また口に道長の口が当たった。そして、私の唇を舐め回す。
私は口を閉じ合わせていたが、道長が舐め回し続けるから、息ができなくて、口を開けてしまった。
「ぁふ」
出したくもないのに、ヘンな声が出てしまった。
道長の舌が私の口の中に入って来る。ぬるりと熱くて、気持ち悪くて、私は舌で押し返す。押し返してるだけなのに、道長は舌を絡めて来た。
「ぁ、や、ぅんっ、は、ぁ、」
拒んでるのに、喘ぎ声みたいになっちゃってる。息が苦しくて頭が、ぼおっとする。
道長の舌が、唇が離れて、私は必死に息を吸い込むと、αの色香が全身に流れ込んで、Ωの躰が熱くなる。
「暑いのに、君、寝る時に袿、着てるの」
道長があきれ声で言う。
私が大殿籠る時にも(寝る時にも)、単衣だけではなく、袿(上着)を着ているのは、万が一、夜這いされたら、掴まれた袿だけを残して、逃れるためだ。
道長の唇が、また私の唇に重なり合い、口の中に舌が入って来る。
「はゅっ」
「痛っ」
思わず口を閉じて、思いっきり道長の舌を噛んでしまった。
口吸いしながら、直に胸を撫でられて、びっくりしてしまったのだ。
「痛いらあ…。そんらにいっくりしあくても」
「びっくりなんてしてないっ」
いつの間にか衣は、袿どころか、単衣さえ、開かれていた。手探りすると、袴は脱がされていなかったが、帯は、すっかり解かれている。
夜闇で見えないとしても、帯や衣を掴まれたり、引っ張られたりも、私は感じられなかっ
「ひっ」
道長の指先が、私の乳首を撫でる。
「乳首も、弄ってもらったことないの」
道長に聞かれて、私は頭を振る。
「慣れてない乳首も、美味しいけどね」
道長が私の上に、のしかかった。でも、押しつぶされるほどの重みはなかった。
ちゅぷっと、赤子のように道長が私の乳首に吸い付いた。
赤子(赤ちゃん)になら乳首を吸わせたことがある。
子を産めても、乳は出ないが、娘を抱いている時、乳首を吸わせてみたことがある。
何にも出て来ないのに、一生懸命、吸い付く娘がかわいらしくて、乳首が痛くて、少し涙が出た。
道長の舌に乳首を舐められて、もう一方の乳首は、指先で弄られて、勝手に涙が出て来る。
痛みではない。
気持ちよかった。
男に触れられるのは、あの男が、病で死んで以来だった。
また私の心とΩの躰が離れてゆく。
心は拒んでいるのに、躰は欲しがっている。
発情期じゃないのにっ。
発情期のように体が熱くなり、袴の内で、菊門が勝手に、ぬるぬると濡れているのが、自分でもわかる。
菊門だけではない。触れられてもいないのに、勃ち上がった陰茎の先も勝手に、ぬるぬると濡れ始めている。
道長が、発情している私に気付いていないわけがない。
この局(部屋)に満ち満ちている、Ωの色香を嗅いでいないわけがない。
「いやっ」
私は道長を押し返した。
「いやだ…」
ふっと体が軽くなった。私の心がΩの躰から抜け出て、ついに生霊となってしまった。
ちがう。
道長が、私の上から身を起こしたのだ。
「俺はね、いやがるΩとは、ヤらないことに決めてるんだ」
開いた私の衣を直す。
舐められて弄られた乳首が衣に擦れて、疼く…
「でも、ここに朝まで俺がいないと、通ってる(付き合ってる)って噂も立たないから、寝るくらいは許してよ」
そう言うと、私の側に寝転がる。
――ここまで発情させておいて、放置するなんて、こいつは、私が「犯して」と懇願すると思っているのだ。
懇願などするものか。
私は目を閉じる。
菊門も陰茎の先も、ぬるぬると濡れていて、気持ち悪い。乳首も疼く。躰が熱い。衣を全て、脱がせて欲しい。もっと舌を舐めて欲しい。もっと乳首を舐めて欲しい、弄って欲しい。袴も脱がせて、陰茎を撫でてて欲しい。菊門を
「ねえ、君は、本当は『男』として生きたかったんじゃないか」
道長が突然、言った。
私の胸が、勝手につぶつぶした。
「『源氏物語』を読んでいてね、なんとなくそう思った。ちがってたら、ごめん。忘れて」
私は目を閉じる。言われたことを忘れるために。
けれど、道長は話し続けた。
「君が望むなら、『男』として宮仕えしてもいいよ。それくらいのことはできる」
道長は「ふふ」と、笑った。
「『男』になったからって、源氏の君のような、きらきらした生き方はできないけどね~」
私は目を開き、言った。
「男の姿のΩと交合するのが、好みか」
「男の姿でも、女の姿でも、どっちでも好きだよ」
「最ッ低だなっ」
こういうヤツをこそ、好き者(淫乱)と言うのだ。
私は吐き捨てた。
「私の父と寝たのか」
「え」
道長は聞き返す。
覚えてもいないのだ。今まで数多のΩと寝て、一人一人を覚えているわけもない。だとしても。私の父が、どんな想いで、こんな好き者と寝たのか。
私の父は国司の除目(県知事の任命式)で淡路守に決まったのに、すぐに越前守に替えられた。
京では皆、私の父が藤原道長と寝て、大国の越前守に替えられたのだと、噂した。
「父君から聞いてないのか。――俺が『誰にも言わないように』って言ったんだった。でも、子くらいには言っても……」
道長は独りで、うなっている。私の父と寝たことは思い出せたらしい。
「もういい」
私は寝返りを打ち、道長に背を向けて、目を閉じる。
「あの時、最初から君の御父君を越前守にするつもりだったんだよ」
「なぜ……」
私は目を見開き、口から言葉は勝手に出た。
「『なぜ』って、君が言うかな。越前で、君も会っただろう。宋(中国)の商人に。君の御父君(藤原為時)の漢文の才能で、いろいろと聞き出して欲しかったんだよ。遣唐使を出すのをやめてから、外国のことを、なかなか知れないから」
道長は声を必死に抑えて笑う。
「宋の商人に言い寄られて、君は第十四夫人にさせられそうになったとか」
「第二十四夫人だ」
「ふははははは」
私が訂正すると、道長は私の背中に口を当てて笑う。
こいつも、二十四人くらいは番がいるだろう。絶対、いる。
宋の商人に言い寄られたせいで、父は私を越前から京に返した。
越前の港の噂によると、あの商人は、百人のΩを集めるために、Ωの色香を嗅ぎつければ、誰にでも言い寄っているらしい。その結果が今のところ、二十三人なのだから、大望は叶えられそうもない。
「君の御父君が、いきなり越前なんて大国の国司になったら、『めざましう妬み嫉みたまう』だろ」
わざわざ、私の『源氏の物語』を引いて道長は言う。
しかし、道長の言う通りだった。
「だから、とりあえず、俺とのつながりで大国の国司に命じられてもおかしくない藤原国盛を、一旦、越前守に命じて、そいつに辞退させて、君の御父君を越前守に替えたんだよ」
藤原国盛は、藤原道長の乳母子(乳兄弟)だと聞く。
大国の国司に命じられた国盛が得た財を、道長は自分に送らせようとしているのだと、皆、思う。
「国司を替えられた後、国盛が嘆き死んだって噂も、たまたま風邪をひいて寝込んだだけで、今も生きてるよ」
「そうなのか」
私は思わず声を上げてしまって、袖で口覆いした。道長が声を上げて笑う。
「それが、いつの間にか、為時殿が詠んだとも思われない、ひっでえ漢詩に、帝が御心をお動かしになられて(感動して)、淡路守から越前守に替えられたって、噂になってた」
道長は、私に聞いた。
「君だって、あれが御父君が詠まれた漢詩だと思うか」
「思わない」
私は断言した。あんな漢詩を父が詠んだとは思えなかったからこそ、帝が御心をお動かしになられたという噂を、信じられなかった。
苦学寒夜
紅涙霑襟
除目後朝
蒼天在眼
苦学の寒夜
紅涙 襟を霑す
除目の後朝
蒼天 眼に在り
苦学をした寒い夜、
血の涙で襟を濡らした眼に
国司任命の翌朝には、
見上げた青い空が在る
まるで文章生(学生)が書いたような漢詩だ。
私は、わかった。
「わかったぞ。その『ひっでえ漢詩』の出所が。」
寝返りを打ち、道長の方を向く。
「私の弟だ。人に聞かれて、父が、そんな漢詩を詠んで、越前守に替えられたのだと話したのだ」
勝手に私の両目から涙があふれた。弟が『ひっでえ漢詩』を詠んだ理由も、わかった。
誰かに、父が道長と寝たことを、そしられれば、そうではないと反論する。
私だって、そうする。私なら、もっとましな漢詩を詠める。
私は道長に抱き寄せられた。
蛍の光のひとつひとつは微かで、夜闇に私の泣き顔は見えないだろうに。泣き声も押し殺しているのに。
「ごめんね。君たち兄弟にも、事情を俺から言うべきだった。――弟君には明日、俺から言うよ」
「弟に『もう少しましな漢詩を詠め。父の名を貶めるな』と伝えろ」
「――親兄弟でお互い、言いたいことを言わなかったから、こんなに長い間、誤解しちゃうことになっちゃったんだから、ちゃんと自分で弟君に言いなよ」
「…………………………」
「ごめんごめん。俺が、君たち親兄弟をお呼びして、ちゃんと説明しなかったのが悪かった。わかったわかった。弟君と君をお呼びして、ちゃんと俺から説明しようね。そうしようね」
「それでいい」
「はいはい」
道長は笑って、袖で私の顔を拭う。泣いていたことを、やっぱり気付かれていた。
道長が言っていることに証拠はない。
私の父と寝たという真実を隠すための空言(うそ)かもしれない。
「真実ではないと分かっているものを、わざわざ騙されるために読むなんて」
物語に夢中の私に、そう言って父は、物語を嫌った。
思い返してみれば、道長の作り物語に、「私の弟が父を想って、ひっでえ漢詩を詠んだ」なんて結末を思いついてしまったのは、この私だ。
つくづく私は物語が好きなのだ。
「何の光…」
「ふふ」
思わず言ってしまって、道長に笑われた。私は口を閉じ合わせ、顔を袖で覆う。
「女」は男に、顔も見せず、声も聞かせてはならないのだ。
「そんな顔もするんだねえ。君、いっつも無表情だから。」
光が散る時、夜闇を照らして、私の顔を見られてしまった。
私は局(部屋)を見回す。
あちこちに散らばった小さな光は、灯っては消え、灯っては消えるを繰り返す。
「蛍を、薄絹に包んで、持って来たんだ」
まるで幼い童が、悪戯をした時のような声で言う。
「ひっ」
私は頬に何かが触れて、思わず声をあげる。また道長に笑われた。
「暗闇で、もののけに触られたような声を上げるなよ」
頬に何が触れているのが、私は確かめたくて、袖から手を出して触ってみた。
「ひっ」
頬に触れてたものが私の指に絡み付いて来て、情けないが、また声を上げてしまって、また道長に笑われた。
「もののけじゃないよ」
私の指に道長の指は絡み付いたままで、もう一方の手で、私が顔を隠している袖を押しのけ、顔を露わにされた。口に何かが当たった。私は口を閉じ合わせて声を上げるのだけは、何とかこらえて、顔を退く。
「口吸いは、嫌いなのか」
「くくくく口吸いっ」
道長に問いかけられて、結局、またまた声を上げてしまって、またまた笑われる。
「今までの男は、口吸いも、愛撫もせず、いきなり袴の帯を解いて、ハメるようなαばっかりだったんだな…」
その通りだった。
交合なんて、暴力だ。
菊門をこじ開けられ、私の中に他人が挿入って来る。
嫌で嫌でたまらないのに、Ωの躰は悦んでいる。
心と躰が離れ離れになってゆく心地さえして、私は生霊になってしまいそうだった。
突然、道長が、ぱたぱた、褥(敷布団)を叩き始めた。褥に止まっていた蛍が飛び立ち、小さな光が舞い上がる。
「俺は、むしろ前戯が大好きだから~」
押し倒されて私は、蛍をつぶさないように道長が褥を叩いたのだと気付く。
やさしい男だ、と思ってしまって、いやいや、虫をつぶしながら交合するなんて、気持ち悪いからだ。蛍は光らなかったら、見た目、御器かぶり(ゴキブリ)と同じだからな。
道長は私を押し倒したのに、体の上に、のしかかることなく、添い寝する。私の顔を手のひらで包み込むようにして、横を向かせる。また口に道長の口が当たった。そして、私の唇を舐め回す。
私は口を閉じ合わせていたが、道長が舐め回し続けるから、息ができなくて、口を開けてしまった。
「ぁふ」
出したくもないのに、ヘンな声が出てしまった。
道長の舌が私の口の中に入って来る。ぬるりと熱くて、気持ち悪くて、私は舌で押し返す。押し返してるだけなのに、道長は舌を絡めて来た。
「ぁ、や、ぅんっ、は、ぁ、」
拒んでるのに、喘ぎ声みたいになっちゃってる。息が苦しくて頭が、ぼおっとする。
道長の舌が、唇が離れて、私は必死に息を吸い込むと、αの色香が全身に流れ込んで、Ωの躰が熱くなる。
「暑いのに、君、寝る時に袿、着てるの」
道長があきれ声で言う。
私が大殿籠る時にも(寝る時にも)、単衣だけではなく、袿(上着)を着ているのは、万が一、夜這いされたら、掴まれた袿だけを残して、逃れるためだ。
道長の唇が、また私の唇に重なり合い、口の中に舌が入って来る。
「はゅっ」
「痛っ」
思わず口を閉じて、思いっきり道長の舌を噛んでしまった。
口吸いしながら、直に胸を撫でられて、びっくりしてしまったのだ。
「痛いらあ…。そんらにいっくりしあくても」
「びっくりなんてしてないっ」
いつの間にか衣は、袿どころか、単衣さえ、開かれていた。手探りすると、袴は脱がされていなかったが、帯は、すっかり解かれている。
夜闇で見えないとしても、帯や衣を掴まれたり、引っ張られたりも、私は感じられなかっ
「ひっ」
道長の指先が、私の乳首を撫でる。
「乳首も、弄ってもらったことないの」
道長に聞かれて、私は頭を振る。
「慣れてない乳首も、美味しいけどね」
道長が私の上に、のしかかった。でも、押しつぶされるほどの重みはなかった。
ちゅぷっと、赤子のように道長が私の乳首に吸い付いた。
赤子(赤ちゃん)になら乳首を吸わせたことがある。
子を産めても、乳は出ないが、娘を抱いている時、乳首を吸わせてみたことがある。
何にも出て来ないのに、一生懸命、吸い付く娘がかわいらしくて、乳首が痛くて、少し涙が出た。
道長の舌に乳首を舐められて、もう一方の乳首は、指先で弄られて、勝手に涙が出て来る。
痛みではない。
気持ちよかった。
男に触れられるのは、あの男が、病で死んで以来だった。
また私の心とΩの躰が離れてゆく。
心は拒んでいるのに、躰は欲しがっている。
発情期じゃないのにっ。
発情期のように体が熱くなり、袴の内で、菊門が勝手に、ぬるぬると濡れているのが、自分でもわかる。
菊門だけではない。触れられてもいないのに、勃ち上がった陰茎の先も勝手に、ぬるぬると濡れ始めている。
道長が、発情している私に気付いていないわけがない。
この局(部屋)に満ち満ちている、Ωの色香を嗅いでいないわけがない。
「いやっ」
私は道長を押し返した。
「いやだ…」
ふっと体が軽くなった。私の心がΩの躰から抜け出て、ついに生霊となってしまった。
ちがう。
道長が、私の上から身を起こしたのだ。
「俺はね、いやがるΩとは、ヤらないことに決めてるんだ」
開いた私の衣を直す。
舐められて弄られた乳首が衣に擦れて、疼く…
「でも、ここに朝まで俺がいないと、通ってる(付き合ってる)って噂も立たないから、寝るくらいは許してよ」
そう言うと、私の側に寝転がる。
――ここまで発情させておいて、放置するなんて、こいつは、私が「犯して」と懇願すると思っているのだ。
懇願などするものか。
私は目を閉じる。
菊門も陰茎の先も、ぬるぬると濡れていて、気持ち悪い。乳首も疼く。躰が熱い。衣を全て、脱がせて欲しい。もっと舌を舐めて欲しい。もっと乳首を舐めて欲しい、弄って欲しい。袴も脱がせて、陰茎を撫でてて欲しい。菊門を
「ねえ、君は、本当は『男』として生きたかったんじゃないか」
道長が突然、言った。
私の胸が、勝手につぶつぶした。
「『源氏物語』を読んでいてね、なんとなくそう思った。ちがってたら、ごめん。忘れて」
私は目を閉じる。言われたことを忘れるために。
けれど、道長は話し続けた。
「君が望むなら、『男』として宮仕えしてもいいよ。それくらいのことはできる」
道長は「ふふ」と、笑った。
「『男』になったからって、源氏の君のような、きらきらした生き方はできないけどね~」
私は目を開き、言った。
「男の姿のΩと交合するのが、好みか」
「男の姿でも、女の姿でも、どっちでも好きだよ」
「最ッ低だなっ」
こういうヤツをこそ、好き者(淫乱)と言うのだ。
私は吐き捨てた。
「私の父と寝たのか」
「え」
道長は聞き返す。
覚えてもいないのだ。今まで数多のΩと寝て、一人一人を覚えているわけもない。だとしても。私の父が、どんな想いで、こんな好き者と寝たのか。
私の父は国司の除目(県知事の任命式)で淡路守に決まったのに、すぐに越前守に替えられた。
京では皆、私の父が藤原道長と寝て、大国の越前守に替えられたのだと、噂した。
「父君から聞いてないのか。――俺が『誰にも言わないように』って言ったんだった。でも、子くらいには言っても……」
道長は独りで、うなっている。私の父と寝たことは思い出せたらしい。
「もういい」
私は寝返りを打ち、道長に背を向けて、目を閉じる。
「あの時、最初から君の御父君を越前守にするつもりだったんだよ」
「なぜ……」
私は目を見開き、口から言葉は勝手に出た。
「『なぜ』って、君が言うかな。越前で、君も会っただろう。宋(中国)の商人に。君の御父君(藤原為時)の漢文の才能で、いろいろと聞き出して欲しかったんだよ。遣唐使を出すのをやめてから、外国のことを、なかなか知れないから」
道長は声を必死に抑えて笑う。
「宋の商人に言い寄られて、君は第十四夫人にさせられそうになったとか」
「第二十四夫人だ」
「ふははははは」
私が訂正すると、道長は私の背中に口を当てて笑う。
こいつも、二十四人くらいは番がいるだろう。絶対、いる。
宋の商人に言い寄られたせいで、父は私を越前から京に返した。
越前の港の噂によると、あの商人は、百人のΩを集めるために、Ωの色香を嗅ぎつければ、誰にでも言い寄っているらしい。その結果が今のところ、二十三人なのだから、大望は叶えられそうもない。
「君の御父君が、いきなり越前なんて大国の国司になったら、『めざましう妬み嫉みたまう』だろ」
わざわざ、私の『源氏の物語』を引いて道長は言う。
しかし、道長の言う通りだった。
「だから、とりあえず、俺とのつながりで大国の国司に命じられてもおかしくない藤原国盛を、一旦、越前守に命じて、そいつに辞退させて、君の御父君を越前守に替えたんだよ」
藤原国盛は、藤原道長の乳母子(乳兄弟)だと聞く。
大国の国司に命じられた国盛が得た財を、道長は自分に送らせようとしているのだと、皆、思う。
「国司を替えられた後、国盛が嘆き死んだって噂も、たまたま風邪をひいて寝込んだだけで、今も生きてるよ」
「そうなのか」
私は思わず声を上げてしまって、袖で口覆いした。道長が声を上げて笑う。
「それが、いつの間にか、為時殿が詠んだとも思われない、ひっでえ漢詩に、帝が御心をお動かしになられて(感動して)、淡路守から越前守に替えられたって、噂になってた」
道長は、私に聞いた。
「君だって、あれが御父君が詠まれた漢詩だと思うか」
「思わない」
私は断言した。あんな漢詩を父が詠んだとは思えなかったからこそ、帝が御心をお動かしになられたという噂を、信じられなかった。
苦学寒夜
紅涙霑襟
除目後朝
蒼天在眼
苦学の寒夜
紅涙 襟を霑す
除目の後朝
蒼天 眼に在り
苦学をした寒い夜、
血の涙で襟を濡らした眼に
国司任命の翌朝には、
見上げた青い空が在る
まるで文章生(学生)が書いたような漢詩だ。
私は、わかった。
「わかったぞ。その『ひっでえ漢詩』の出所が。」
寝返りを打ち、道長の方を向く。
「私の弟だ。人に聞かれて、父が、そんな漢詩を詠んで、越前守に替えられたのだと話したのだ」
勝手に私の両目から涙があふれた。弟が『ひっでえ漢詩』を詠んだ理由も、わかった。
誰かに、父が道長と寝たことを、そしられれば、そうではないと反論する。
私だって、そうする。私なら、もっとましな漢詩を詠める。
私は道長に抱き寄せられた。
蛍の光のひとつひとつは微かで、夜闇に私の泣き顔は見えないだろうに。泣き声も押し殺しているのに。
「ごめんね。君たち兄弟にも、事情を俺から言うべきだった。――弟君には明日、俺から言うよ」
「弟に『もう少しましな漢詩を詠め。父の名を貶めるな』と伝えろ」
「――親兄弟でお互い、言いたいことを言わなかったから、こんなに長い間、誤解しちゃうことになっちゃったんだから、ちゃんと自分で弟君に言いなよ」
「…………………………」
「ごめんごめん。俺が、君たち親兄弟をお呼びして、ちゃんと説明しなかったのが悪かった。わかったわかった。弟君と君をお呼びして、ちゃんと俺から説明しようね。そうしようね」
「それでいい」
「はいはい」
道長は笑って、袖で私の顔を拭う。泣いていたことを、やっぱり気付かれていた。
道長が言っていることに証拠はない。
私の父と寝たという真実を隠すための空言(うそ)かもしれない。
「真実ではないと分かっているものを、わざわざ騙されるために読むなんて」
物語に夢中の私に、そう言って父は、物語を嫌った。
思い返してみれば、道長の作り物語に、「私の弟が父を想って、ひっでえ漢詩を詠んだ」なんて結末を思いついてしまったのは、この私だ。
つくづく私は物語が好きなのだ。
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