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信じられないDom

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 僭王せんおうは、すぐに戻って来た。床に座り込んでいるウェリスの前に、落として行った青いマントを敷いて、あぐらをかきながら聞く。
「疲れた?」

 ウェリスは顔を上げ、僭王の顔を見つめた。僭王の顔――ドニの顔が歪む。

 僭王は顔を両手で覆って、笑い出す。
「っひゃ、ぅっひゃ、ひゃひゃっ、んきゃっ、やめっ、ウェリスっ、にゃひゃひゃひゃひゃひゃっ、解析かいせき魔術、くすぐったい」
「解析魔術で探られて、くすぐったいって、お前、感覚、おかしいぞ」
 ウェリスは、あきれる。
「ぅにゃひゃひゃひゃひゃ」
「笑い声もヘン」

 僭王の顔を、ウェリスが解析魔術で探っても、全く何もなかった。

「あ~も~、顔が、むずむずする~」
 僭王は、ごしごし、顔をこすって、両手を下ろした。

 僭王のしんの顔があらわれることはなかった。ドニの顔のままだ。

 僭王が、ドニの顔をしているのは、幻惑魔術ではなかったのだ。
 今、この時まで、僭王が本当にドニであることを確かめるのがこわくて、ウェリスは解析魔術で探ることができなかった。

「マジで、俺を俺の顔したニセモノだと思ってたのか?」
 まだ顔を指先で掻きながら、ドニは聞いた。

「本当にドニなら、」
 ウェリスはあえいだ。
「どうして、ぼくに、あんなことしたんだよ…」

 ドニは両手を下ろし、深呼吸をひとつすると、真っすぐにウェリスを見つめて、答えた。
「あれは俺の幻惑魔術で、現実には何も起きてない」

 ウェリスは無意識に、自分の首を掴むように、何重にも巻いた白い包帯に触れている。

 ドニの言う通りだった。
 ウェリスの体に、凌辱のあとは、何も残っていなかった。
 僭王に、まるでDomドムが支配したSubサブに与える首輪のように、この首に刻まれたくちづけの痕もない。

 王であるウェリスを輪姦した幻惑を、まざまざと体感させられた警護の魔術師たち、兵たちから、僭王の強大な魔力に対する怯えが、城内じょうないに瞬く間に広がり、誰もが降伏に賛成した。
 これほど容易たやすく、幻惑に心が支配されてしまうならば、現実に肉体を支配されてしまうことも、容易い。


 けれど、ウェリスは、あれが幻惑魔術だったとは、信じられない。
 僭王に付けられた首輪のようなくちづけの痕が、本当は、この首に残っていて、それが見えないのは自分だけなのではないか。皆、見て見ぬふりをしているだけなのではないか。
 不安で不安で、たまらなくて、包帯を首に何重にも巻いていた。


「記憶操作魔術で、現実を幻惑だったと思い込ませているんだろう!!」
「毎晩、俺たち、いっしょに寝てるよな?」
 いきなりドニに言われて、ウェリスは訳がわからなかった。何も言い返せないウェリスに向かって、ドニは言う。
「それでも俺、ウェリスに何にもしてないよな?本当に、現実に、俺がウェリスに、あんなことしたなら、添い寝してて、我慢できるわけがないだろ。俺は、あんたに、あんなことはしてない。――俺が、信じられない?」
「信じられない」

 ウェリスに断言されて、ドニは頭を抱えた。
「あの後、すぐに『幻惑魔術だった』って言っても、信じてもらえないと思って、俺、がんばったのに!!」

 ドニは、あぐらをかいた膝を、じたばたさせる。
「幻惑魔術だってね、あんたを警護してるヤツらが次々、目の前で、俺に殺される、っていうのにしようと思ってたんだよ。だけど、」
 頭を抱えていた両手で、顔を覆う。
「あんなことになって、もう、止められなかった……」


 ウェリスは、聞いた。
「ずっと、ぼくを『支配したい』と思っていたのか」
「そんなこと、思いもしなかった」
 両手で顔を覆ったまま、ドニはかぶりを振った。

「国を出て、初めてDomドムとして、欲求不満の不調になった。――……生まれて初めて、そういう店で、Subサブとプレイをしまして、」
 ドニは両手を下ろし、真っ赤な顔を上げて、言い訳した。
「プレイだけだよ!それ以上のことはしてない!まだ俺、どっ童貞だから…」

 ドニはうつむいて、座り直し、抱えた膝の上にあごを乗せる。ウェリスと視線を合わせずに、言い訳を続ける。
「レミファさんが、あ、商人のおじさんが、連れて行ってくれたんだよ。自分から行った訳じゃない」

 ドニは肩を上下させて、大きな溜息をつく。
「Subとプレイして、欲求不満は、解消されたけど、そのぅ…何て言うか、気持ち良くはなんなかったんだよね。そんで、いろんな国を回って、戻って来て、その娼館しょうかんの用心棒、のようなものになりまして、」
「説明がザツだな!」
追々おいおい、話すよ。いろいろあったんだよ…」
 ドニは膝を抱えて、ますます小さくなってゆく。

 ウェリスは、ドニが山を越えようとして、遭難して、そうやって膝を抱え、めちゃくちゃ落ち込んでいたことを思い出した。


 本当に、僭王はドニなんだ…


 自分の首を掴むようにして、何重にも巻いた包帯に触れていたウェリスの手は、下りた。

「娼館のSubサブを、に、傷付けようとしたDomドムに命令したら、」
 ドニは口をつぐみ、開く。
「気持ち良かったんだよね…」

 ウェリスは嫌悪に顔を歪めた。
「そんなことで、あちこちの国のDomを支配して行ったのか」
 ドニは顔を上げ、頭を振る。
「これと、それはちがうよ。いろんな国を回って、いっぱい、わけわかんないこと、見て来たから。それって、大きなひとつの国になれば、解決するんじゃないかって、思ったんだよ。どこの国でも、できるだけいくさはしないようにして、王を命令コマンドで、降伏こうふくさせた」

 ウェリスは苦しく息を吸い込み、言った。
「私の国を征服したのは、鉱石こうせきを奪うためか。創成魔術で、一夜で城をきずき、自分の強大な魔力を誇示こじして、降伏した王たちに見せつけるために。」

 ドニは笑顔になった。山と森しかない小さな国で、いっしょにいた頃と、何にも変わらない笑顔だった。
「さすが、ウェリスだな。俺の作戦、見抜いてた」

 ウェリスは、言葉を失った。――ドニに、否定して欲しかった。

「そうだよ。王たちが、逆らう気を起こさないように、俺の強大な魔力を見せつける必要があった。でも、」
 ドニは頭を振る。
「ウェリスを連れて来たのは、ちがう。万が一、鉱石に貯蔵した魔力を、俺が支配しきれなくなったら、ウェリスが何とかしてくれる、って思ってた」

 ウェリスは唇を震わせる。
「そういうことは、先に言えよ。普通に国に帰って来て、理由を話して、『鉱石が欲しい』って、ぼくに言えばよかったじゃないか」

 またドニは、頭を振った。
「俺に協力すれば、他の国から攻め込まれるかもしれない。だから、他の国と同じように、征服してみせなきゃならなかった」
「だからって、あんなやり方…」
 ウェリスは、膝を抱えているドニの腕を掴み、下を向いた。泣き出しそうな顔を見られたくなかった。

「ずっと、お前が、帰って来るのを待ってた。毎年、夏になると、商人といっしょに、お前が帰って来るんじゃないかって。ぼくの即位式の日も、どこかで聞いて、お祝いに来てくれるんじゃないかって。ドニは、もう帰って来ないんだって、思ったこともある。だけど、いつか帰って来るんじゃないかって………――なのに、お前は、『王』なんて名乗って、国に帰って来たんじゃなく、侵略に来た」
 ウェリスは細い肩を震わせて、息を吸い込み、吐き出す。
「ちゃんと、お前がやりたいことを、ぼくに話してくれれば、降伏するふりくらいできたよ。あんなこと、しなくたって…」

 ウェリスの細い指が腕に喰い込む痛みに、ドニは悲しい顔をした。
「男に、あんなことされて、嫌だったよね?」

 ウェリスはドニの腕を掴み、下を向いたまま、長い長い長い長い長い沈黙の後、言った。
「男と男でも、そういうことができるのは、本で読んで、知ってた」
「え!!何で、そんな本…」
 うろたえるドニに、ウェリスは伸びた銀髪を揺らし、頭を振る。
「商人から買った本の中にあったんだよ!ぼくが選んだ訳じゃない…」

 ドニは、抱えた膝頭ひざがしらに額を当てて、うなだれた。
「それ、信じる……。ウェリス、中身も見ずに、いつも夏に、商人から一山ひとやま、本、買って、冬に、ずーっと読んでるもんね」
 は~~~っと、長い溜息をつく。
「レミファさ商人んの陰謀かよ…」

「友情物語だと思って、読んでたんだよ。気付いたら、何か、そういうことになってて!」
「あ~~~~。思い出してみれば、あの時、」
「思い出すな!!」
 ウェリスは叫んだが、ドニは『あの時』を思い出しながら、言う。
「ウェリスが、、知ってたのって、そのせいか。どーゆー本、売り付けやがったんだよ、あのおっさん。痛い痛い痛い」
 ウェリスの細い指が腕に喰い込む痛みに、ドニは声を上げる。

「そういうこと、お前とぼくがするなんて…思いもしなかった」
 ウェリスがドニの腕を掴み、下を向いたままなのは、真っ赤になった顔を見られたくないからだった。

「ウェリス、あんたは否定するかもしれないけど、」
「!」

 突然、ドニの魔力が高まった。慌ててウェリスはドニの腕を離し、防御魔術を周囲に張り巡らせた。
 国にいた頃は、魔力の力比ちからくらべなら、互角ごかくだった。
 でも、今は、
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