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餌付けされるDom

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 青いマントのフードを掴まれ、引き剥がされて、ウェリスは顔をさらされた。
 伸びた銀髪が、きらきらとこぼれる。透き通った水晶のような瞳。指先で辿りたくなるような、なめらかな鼻梁びりょう。ふんわりとやわらかな紅い唇。

「やっと外に出る気になったか」
 僭王せんおうは笑顔で、ウェリスに言った。

「ドニの顔をして、笑うな!!」
 ウェリスは叫んだ。


 ドニ。生まれ日が一月ひとつきちがいの、ずっと一緒にいた幼なじみ。
 東につらなる山の向こうに何があるのか、知りたいと、四度、遭難し、あきらめて、毎年、夏にやって来る商人に付いて、南の川の向こうへ、十七歳の時に、旅立って行ってしまった。
 次の年の夏には、商人に付いて、戻って来ると思っていた。

 ドニは戻って来なかった。

 商人に聞くと、別の商人に付いて行ってしまったと言う。


 それでも、いつか戻って来るのだと思っていた。


 ウェリスが十九歳で、王に即位し、二年が経ち、やって来たのが、兵をひきいたドニの顔をした僭王だった。


 僭王の顔が、ドニに見える幻惑魔術にかけられているのだ。


 ドニは、僭王に殺されたのかもしれないとすら、ウェリスは思っていた。鉱石のことを、僭王に話してしまったのは、ドニかもしれない。


「俺に『俺の顔で笑うな』って、言われてもね…」
 眉を下げて、困り顔で僭王は笑った。黒曜石のような艶やかな黒い瞳。琥珀色の短い髪。少しふくらんだ小鼻。色の薄い唇。
 黒いシャツを裾を出して、襟元のボタンも外し、ゆるく着て、細身の黒いズボン、ブーツを履いている。

 ウェリスは震えるように、かぶりを振った。
「ちがう…お前はドニじゃない…ドニは、あんなこと、しない…」
メシ、食いに行こ」
 そう言って僭王は、ウェリスの肩を、肩で押す。そんな仕草まで、ドニと同じだった。

 突然、ぱあっと僭王は黒い瞳を輝かせた。
「そうだ。食わせたいものがあるんだよ。行こう行こう」
 ウェリスの手首を掴んで、引っ張ってゆくちからも。

 道に歩いている人も多くなって、においもますます、強くなっていく。その臭いに混じって、美味しそうな匂いもただよって来る。

 道を入って行くと、前面は布の屋根を掛けただけの小さな店が、建ち並んでいた。


「かわいい子、いる!と思ったら、王様の愛人かよ」
「かわいいだろ~」
「それで最近、うち、寄ってくれないの?」
「熱い汁物しるもの、両手に持って帰るの、難しすぎるって。おばちゃん、おわんのギリまでってくれるから。」
「船が着くのが、遅れてんだよ~。荷下ろし、手伝ってよ~」
「うちも!店の子の子どもが、昨日から熱、出しちゃって、手が足りないんだよ」
「こっちも!」
「こっち来て!こっち来て!とにかく来て!」
「荷下ろしには、後で、人を寄越よこす。あとは、みんな、がんばれ。」
「対応がザツ!!」
「王様なんかになって、変わっちゃったわね~」
「昔は、はたらもんだったのにな~」
「今も、めっちゃ働いてるっつの!」

 歩いて行く僭王せんおうに、道行く人や、店員や、店の客が満面の愛想笑あいそわらいで、こびを売る。


 昼を告げる鐘が、王都に響き渡る。


「やっべ。みんな、昼飯、食いに来るよ。早く席、取らなきゃ。」
 僭王は独り言を言って、掴んでいるウェリスの細い手首を、引っ張って行く。

 すっかり色褪いろあせた赤い布の屋根を掛けた店の奥まで、ウェリスは僭王に連れ込まれた。
 むわっと、ずっと嗅いでいた臭いとは、また別の臭いのする熱気がこもっていて、思わずウェリスは下を向いて、手のひらで鼻と口を覆った。

「おじさん、まるまる一杯いっぱい、ちょーだい」
「ちょうど上がるよ」
 僭王と店員のやり取りを聞いて、ウェリスは顔を上げる。

 こんなひどい臭いのする物を食べられるわけがない。

 細長いテーブルの向こうの調理場で、調理人が真っ白な湯気ゆげが噴き上がる鍋から、紐で縛られた巨大な真っ赤な異様に脚の長いカニを引き上げた。

「……魔術で、巨大化したのか?」
「ぶはは。言うと思った。初めて見た時、俺も、そう思った。このまんまの大きさで、海にいるんだってよ」
 言いながら僭王は、掴んでいたウェリスの手首を離した。調理場に面した細長いテーブルに置かれたイスに座る。
 手首を離されて、逃げ出せばいいのに、ウェリスは隣の席に座った。

 巨大な真っ赤なカニが、大きな皿から異様に長い細い脚を、はみ出して、二人の前に置かれた。

 ウェリスは、川に棲む小さなカニしか知らなかった。

 僭王は、カニの細長い脚をもぎ取ると、ずるりと赤身の混じった白い肉を引き出した。そして、これ見よがしに、ウェリスの前で、食べて見せる。

「中に、ほら、細い骨が入ってるからさ。横向きに食べて。」
 僭王は食べ方を説明すると、カニの細長い脚をもぎ取り、ずるりと肉を引き出して、ウェリスに差し出した。

 ウェリスはカニの脚を受け取り、肉を食べた。
 においは、気にならなかった。じゅわっと、今まで味わったことのない汁がみ出して、口の中で、肉は崩れて、噛み締めると、また汁が浸み出す。美味しかった。

 僭王は、ウェリスがカニの肉を噛み締め、飲み込むのを見て、次の脚をもぎ取り、肉を引き出して、差し出す。
「自分で、取る…」
「そうか」
 僭王は、差し出したカニの肉を自分で食べて、ウェリスに脚のもぎ方、肉の引き出し方を教えてくれる。

「それでさ、これこれ。」
 僭王は言って、いきなりカニの甲羅こうらがして持ち上げた。

「っひ!」
 思わず声を上げてしまった口を、ウェリスは閉じて、何事もなかった顔をした。
「ふふふ」
 僭王に笑われる。

 甲羅こうらいだ、そこには、おどろおどろしい茶色のどろどろしたものが入っていた。
 僭王は、その茶色のどろどろに、脚の肉をひたして――食べた。
美味ウマああああ」
 頬に手を当てて叫ぶ。

 そんなわけがない。

 ウェリスは思ったが、湧き上がる口の中のつばと、興味には勝てなかった。
 子どもの頃から、ウェリスは新奇しんきな物が大好き。毎年、夏にやって来る商人が売りに来る、見たこともない物を欲しがったり、嘘だか本当だか、わからない、あちこちの国の話を聞いたりするのが、大好きだった。
 ウェリスが十一歳の秋、父が風邪をこじらせて、あっけなく亡くなり、次の王位を継ぐ王太子に定められるまでは、ドニといっしょに、山の向こうへ行くことを夢見ていた。

 ウェリスは、カニの脚をもいで、肉を引き出し、茶色のどろどろしたものにひたして、食べた。


 美味しかった。


 僭王が言っていた通り、店には昼食を食べに来た人たちで、み合って来る。

真っ昼間まっぴるまに、カニ、まるごと食ってるなんて、さすが王様!!」
「脚一本も、分けてやんねえよ」
「王様が、かわい子ちゃん、連れてるって噂が、ほんとだったなんて!!」
「もう噂になってんの…」
「王様、船の到着が遅れてて、荷下ろしが」
「それ、もう聞いた。人手ひとで寄越よこすから。」
「助かります~」
「かわい子ちゃんに、新しいドレスは、いかがですか?」
「春向きの服、欲しいかな…」
「毎度あり~」
「まだ買うって決めてないからな!勝手に、作るなよ!」

 僭王せんおうを見かけると、皆、満面の愛想笑あいそわらいで、こびを売る。


 ちがう。愛想笑いでも、媚を売っているのでもない。――僭王は、愛されているのだ。


 国から連行されている最中にも、ウェリスは気付いていた。
 皆、僭王に感謝していた。
 むしろ、悪は、領民たちの作物さくもつや、もうけを「税金」という名でかすめ取り、商人たちが国に入る時、出る時にも「通行料」を払わせる、国を支配していた王たちだった。

 僭王は、国を奪ったのではない。
 威張いばり散らし、領民たちや商人たちからむさぼるだけの王たちの権力を奪って、ひしめく小国しょうこくを、ひとつの大国たいこくにまとめあげたのだ。


 お腹いっぱい、カニを食べ終わると、僭王は店員を呼び、金を払った。店員は受け取る。
 ウェリスを国から連行した時も、どこの国の店でも、宿でも、僭王は金を払っていた。
 ウェリスの国に、鉱石を採掘するため、兵を進めた時にも、掠奪りゃくだつすることはなかった。

 僭王が、ウェリスの細い手首を掴んだ。
「もう一ヵ所だけ。ウェリスに見せたいものがあるんだ」
 ウェリスは引っ張られて、人のあふれる道を歩いて行く。

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