Y氏の晩餐、もしくは怪奇温泉紀行

ツカノ

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脇役B氏の困惑、もしくは謎めいた場所にて謎の美少女から稀書探しを頼まれる話

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私は、ある書物を探していた。

最近、毎日のように私の夢に出てくる本である。
何故、夢に出てくる本をわざわざ探しているのか。だいたい、夢に出てくる本が実在するのかのする解らない。しかし、私は探していた。

探している書物の名は『夜具戸招来縁起』という。

ここは、私の夢の中。カチコチ、カチコチ、カチコチ、どこかで、時計の音がする。

ここは、夢の中。ここは、どこか時の止まったかのような町の片隅にある場末のカフェ。

カフェの名前は解らない。カフェの黒い外壁にはくすんだ緑色した蔦が血管のように這い、古い洋館のような外装に相応しい沈黙の帳に包まれていた。それでも、私にとってはどんな現実に存在している店よりも居心地の良い店であった。

いつもいつも、どことなく世の中から疎外感を感じていた私は、現実にこの店が存在しているのならば、是非とも常連客になりたいものだと良く考えたものである。

私は、そのカフェの奥の席にいつも置物のようにちんまりと座っていた。

嬉しい事に夢の中では、私はこの店の常連らしい。

毎回香り豊かな珈琲と紅い苺が載ったショートケーキがいつのまにかテーブルの前に置かれていた。そして私の目の前には、女と言うより、少女というのがが相応しい人物が座っている。
白い襟に紺色の古風で清楚なワンピースを身にまとった少女は、容貌には似つかわしくないなまめかしい笑みを浮かべている。

気が狂いそうに美しい少女。

しかし私は夢の中で良くあるように解っている。少女に見えるこの女が、私より年上であることを。しかしどこかがおかしい。ピントが狂っている。

なのに、どこが何がおかしいのか私は少女に指摘する事ができない。

いやだからこそ、夢なのか。

テーブルに置かれた珈琲が冷めていく。そういつも私は、珈琲とショートケーキを食べ損ねる。
紅い唇の少女は、ぬばたまの髪を姫カットにして、修道女のような清楚なワンピースを着て、大きな黒い瞳で私を無言で見つめている。謎の少女に見つめられて、私は年甲斐もなく胸を高ませる。そして、少女の濡れたような紅い唇がゆっくりと動く。

「夜具戸招来縁起を探して下さい」

少女の声は、鈴を振るわせるような美しい声だった。

美少女は、歌うように言う。大きな硝子のような瞳で、私を見つめながら。少女は、歌うように言う。ビスクで出来た人形のように、無表情で。少女は、歌うように言う。

壊れたレコードのように、何度も繰り返し。女は、歌うように言う。血のように、赤い唇で。少女は、歌うように言う。どこかで、鈴が鳴っているような気がする。女は、歌うように言う。ぐるぐるぐるぐる。少女は、歌うように言う。少女は、歌うように言う。

「お願いです、夜具戸招来縁起を探して下さい」

いったいぜんたい『夜具戸招来縁起』とは、何ぞや。

自他共に認める古書収集家でもある私も知らない書名を女は言う。

しかし、どこか懐かしさを覚える名前。どこかで聞き覚えのある名前。

何故だろう、どこで聞いたのだろうか。私自身も解らなかった。恐らく『夜具戸招来縁起』と言うからには、夜具戸と言う名前の神だかどこかの地名の、由来・霊験譚などの伝承説話を題材として描いた絵巻物だろうとは想像がつく。

最初耳にした時は、だからと言って何とも思っていなかったのだが、女に何度も夢の中で出会い囁かれているうちに私は何としても手に入れなければならないような気がしてきた。そして探しに行こうと席を立った途端に目が覚めるのである。

そうこうしている内に、ある日、何故か夢は先に進んだ。

気がつくと場面が一転して、私は見知らぬ本屋の前に立っている。ビルとビルの間のまるで迷路のような道を進んだ先にある本屋。看板のペンキは剥げ落ちており、元は何が書かれていたのか解らない。恐る恐るたてつけの悪いガラス戸を開けると、がたぴしと軋んだ音を立てた。

店内は、昼でも薄暗く、天井まで本が積み重なり、ほこりの匂いがしていた。本の背表紙に書かれている文字は何故か読むことが出来ない。いや、確かに日本語で書かれているような気がするのだが、文字に焦点を当てようとするとぼんやりとピントが狂い読むことができないのである。

読めそうで読めない本の数々。

その中で、ずらっと並んでいる本棚で一部だけ焦点の合う棚があった。『夜具戸招来縁起』と読めた。あの本だ。慌てて手に取ると、私は古本屋のレジに行った。レジにいた若い男に手渡すと、金を払い外へ出た。

そこで目が覚めた。目が覚めると、手には夢の中の本屋で購入した本が握られていた。さて、この後どうしたら良いのだろうか。
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