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旦那様のはなし①
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幼い頃は、自分が何者なのか解ってなかった。
国の偉い人から貰ったというお屋敷で、乳母と乳兄弟たちと転げ回るように遊んでいた幼少期は長くは続かず、十歳の誕生日の前に王都へ出る。
国王と呼ばれる父親に会う為に。
王妃の実家だという今は誰も住んでいない半壊状態の小さな屋敷で、髪と目以外は自分と似た気の弱そうな男と対面したが、彼が父親という実感は全く沸かなかった。そもそも、対面したのも彼と王妃との間に生まれた五歳年下の弟が病弱な為、数年間僻地で静養しなければならないのでその間入れ替われということで。
王妃よれば、『後ろ盾のない息子ちゃんは王子として完璧じゃないといけないから、健康問題等で弱みを見せることはできない。そもそも婚約破棄された惨めな公爵令嬢が役に立てるように表に出る以外の公務をさせようと拉致してきたのに、飴と鞭の飴として一夜のお情けを受けたら王妃よりも先に妊娠した挙げ句に産後の肥立ちが悪くて勝手に死んだ女の子供なのだから、少しは私の役に立て。息子ちゃんが健康になったら、また飼い殺しにしてやる』と、いうことらしい。
初対面の女が醜悪な顔で勝手なことを言っている間、父親の男の顔は無表情で死んだ魚のような目をしていた。子供心にも、この王妃は実は化け物で、国王に取り憑いているんじゃないかと思ったのは言うまでもない。彼女の息子が一応健康になって再び入れ替わるまで、同じことを何度も思うことになる羽目になるのだが。
成長してから、我が国には何の試練なのか定期的に傾国の美姫が現れては国が荒れるという話が伝わっていることを知って、まさに彼女がそうではないかと思ったのは内緒の話で。
いつまで経っても変わらない少女めいた可憐な容姿と振る舞いに、国王と彼の側近は本当に夢中だった。
生きる屍のような顔をしてヒステリックな彼女の言葉に頷くだけの機械に成り果てている姿は、哀れというしかない。城の者も同じようで、みんな屍のような顔で心酔していた。今考えれば、何かに呪われているんじゃなかろうかと言いたくなるような心酔ぶりだった。それを言えば、弟が夢中になっていた男爵令嬢も同じような存在ではあったが。
それにしても、二代続いて、そういう女に捕まるのは如何なものだろうか。
その後、王家の秘宝だとかいう腕輪をさせられると、見た目の年齢と髪と目の色が変わる。自分以外に他に味方がいない十歳の子供が否とは言える筈がなく。その日から、弟の身代わりとして王宮に住むことになる。婚約者だという女の子と引き合わせられたのは、それからすぐのことで。
王妃からニヤニヤと死刑判決でも言い渡されるように説明された話が確かならば、この子は従妹になるのだろう。王妃の様子だと国王に婚約破棄された令嬢の親族と婚約させるのは慈悲というよりも、更に辱める気満々なのだろうが。とりあえず、母親の二の舞にならないように身代わりをしている間は余り近づかないようにしようと心に決めたのは言うまでもない。
それなのに、何であんなことになったのだろうか。未だに良く解らない。
弟の婚約者になった令嬢は本人は自分のことを小さな淑女だと思っていたようだが、随分と変わり者の少女だった。
王子様は顔は素晴らしく良いのに覇気がないから精神を叩き直さねばなりませんと宣言するとお茶会に来た筈なのにどこからともなく取り出してきた木刀を持って庭を追い回してきたり、顔色が悪くてせっかくのお顔が勿体ないのでお誕生日にお爺様の領地にあるダンジョンから怪しい草を採取して煎じてきましたと実験台にされたり、最低限の交流しかしていないのに妙に濃い思い出しかなくて。
自分と同じ髪と目の色をした五歳年下の小さい女の子が木刀を振りかざして真顔で追いかけてきたり、煎じ薬を無理矢理飲まそうとしたりする姿を、深夜思い出し笑いを何度したことか。きっと同い年なら喧嘩になっただろうが、私にとっては珍しい小動物が突撃してきたようにしか感じられなかった。
寧ろ、苦しいだけの王宮生活で唯一息ができる時だった。
それから五年後、王妃の子(弟とはあまり呼びたくない)の健康状態が良くなった為、お役御免になる。再び、田舎の屋敷で乳母たちとの生活に戻る。用済みとして殺されなかっただけマシだとは思ったが、恐らく多分また何かあった時は身代わりを務めさせられるのだろう。次は生き残れるか解らないが。
元の生活に戻ったとは言え、自分の出自や王宮の生活はダメージがあったらしい。何か胸にぽっかりと穴が空いたように無気力な生活を送る羽目になる。思い出されるのは、最後まで親しみは持ってくれはしなかったけれど真っ直ぐ目を見て話してくれた少女のことで。
田舎でひっそり暮らしながら、記憶に残っている少女の絵を描くのが唯一の息抜きになってしまった。思ったよりも、私はあの少女のことが好ましいと感じていたらしい。
それから六年ほど経った後、再び王都へ呼ばれる。
今度は貴族が通う王立の学園へ入学して父親と同じように可憐な男爵令嬢との間に真実の愛とやらを見つけた王妃の子は、男爵令嬢の名誉を穢した誰かを罰するために宝物庫から呪いの剣を持ちだした挙げ句に抜き身のまま階段から落ちて顔に傷を付けたらしい。
自業自得すぎる話である。
見た目は完璧な王子様である息子を溺愛していた王妃は勿論発狂し、醜聞をできるだけ軽減する為と彼の顔が元通りなるまで私にまた身代わりをするようにと命令を下したのだった。
国の偉い人から貰ったというお屋敷で、乳母と乳兄弟たちと転げ回るように遊んでいた幼少期は長くは続かず、十歳の誕生日の前に王都へ出る。
国王と呼ばれる父親に会う為に。
王妃の実家だという今は誰も住んでいない半壊状態の小さな屋敷で、髪と目以外は自分と似た気の弱そうな男と対面したが、彼が父親という実感は全く沸かなかった。そもそも、対面したのも彼と王妃との間に生まれた五歳年下の弟が病弱な為、数年間僻地で静養しなければならないのでその間入れ替われということで。
王妃よれば、『後ろ盾のない息子ちゃんは王子として完璧じゃないといけないから、健康問題等で弱みを見せることはできない。そもそも婚約破棄された惨めな公爵令嬢が役に立てるように表に出る以外の公務をさせようと拉致してきたのに、飴と鞭の飴として一夜のお情けを受けたら王妃よりも先に妊娠した挙げ句に産後の肥立ちが悪くて勝手に死んだ女の子供なのだから、少しは私の役に立て。息子ちゃんが健康になったら、また飼い殺しにしてやる』と、いうことらしい。
初対面の女が醜悪な顔で勝手なことを言っている間、父親の男の顔は無表情で死んだ魚のような目をしていた。子供心にも、この王妃は実は化け物で、国王に取り憑いているんじゃないかと思ったのは言うまでもない。彼女の息子が一応健康になって再び入れ替わるまで、同じことを何度も思うことになる羽目になるのだが。
成長してから、我が国には何の試練なのか定期的に傾国の美姫が現れては国が荒れるという話が伝わっていることを知って、まさに彼女がそうではないかと思ったのは内緒の話で。
いつまで経っても変わらない少女めいた可憐な容姿と振る舞いに、国王と彼の側近は本当に夢中だった。
生きる屍のような顔をしてヒステリックな彼女の言葉に頷くだけの機械に成り果てている姿は、哀れというしかない。城の者も同じようで、みんな屍のような顔で心酔していた。今考えれば、何かに呪われているんじゃなかろうかと言いたくなるような心酔ぶりだった。それを言えば、弟が夢中になっていた男爵令嬢も同じような存在ではあったが。
それにしても、二代続いて、そういう女に捕まるのは如何なものだろうか。
その後、王家の秘宝だとかいう腕輪をさせられると、見た目の年齢と髪と目の色が変わる。自分以外に他に味方がいない十歳の子供が否とは言える筈がなく。その日から、弟の身代わりとして王宮に住むことになる。婚約者だという女の子と引き合わせられたのは、それからすぐのことで。
王妃からニヤニヤと死刑判決でも言い渡されるように説明された話が確かならば、この子は従妹になるのだろう。王妃の様子だと国王に婚約破棄された令嬢の親族と婚約させるのは慈悲というよりも、更に辱める気満々なのだろうが。とりあえず、母親の二の舞にならないように身代わりをしている間は余り近づかないようにしようと心に決めたのは言うまでもない。
それなのに、何であんなことになったのだろうか。未だに良く解らない。
弟の婚約者になった令嬢は本人は自分のことを小さな淑女だと思っていたようだが、随分と変わり者の少女だった。
王子様は顔は素晴らしく良いのに覇気がないから精神を叩き直さねばなりませんと宣言するとお茶会に来た筈なのにどこからともなく取り出してきた木刀を持って庭を追い回してきたり、顔色が悪くてせっかくのお顔が勿体ないのでお誕生日にお爺様の領地にあるダンジョンから怪しい草を採取して煎じてきましたと実験台にされたり、最低限の交流しかしていないのに妙に濃い思い出しかなくて。
自分と同じ髪と目の色をした五歳年下の小さい女の子が木刀を振りかざして真顔で追いかけてきたり、煎じ薬を無理矢理飲まそうとしたりする姿を、深夜思い出し笑いを何度したことか。きっと同い年なら喧嘩になっただろうが、私にとっては珍しい小動物が突撃してきたようにしか感じられなかった。
寧ろ、苦しいだけの王宮生活で唯一息ができる時だった。
それから五年後、王妃の子(弟とはあまり呼びたくない)の健康状態が良くなった為、お役御免になる。再び、田舎の屋敷で乳母たちとの生活に戻る。用済みとして殺されなかっただけマシだとは思ったが、恐らく多分また何かあった時は身代わりを務めさせられるのだろう。次は生き残れるか解らないが。
元の生活に戻ったとは言え、自分の出自や王宮の生活はダメージがあったらしい。何か胸にぽっかりと穴が空いたように無気力な生活を送る羽目になる。思い出されるのは、最後まで親しみは持ってくれはしなかったけれど真っ直ぐ目を見て話してくれた少女のことで。
田舎でひっそり暮らしながら、記憶に残っている少女の絵を描くのが唯一の息抜きになってしまった。思ったよりも、私はあの少女のことが好ましいと感じていたらしい。
それから六年ほど経った後、再び王都へ呼ばれる。
今度は貴族が通う王立の学園へ入学して父親と同じように可憐な男爵令嬢との間に真実の愛とやらを見つけた王妃の子は、男爵令嬢の名誉を穢した誰かを罰するために宝物庫から呪いの剣を持ちだした挙げ句に抜き身のまま階段から落ちて顔に傷を付けたらしい。
自業自得すぎる話である。
見た目は完璧な王子様である息子を溺愛していた王妃は勿論発狂し、醜聞をできるだけ軽減する為と彼の顔が元通りなるまで私にまた身代わりをするようにと命令を下したのだった。
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