上 下
4 / 10

さらに死体が足りません

しおりを挟む
「あら、あんなにお嬢様を罵ることには結束力がおありだったのに、仲間割れをして決闘ですか」

と、侍女のアニーは眉を顰めて吐き捨てるように言うと、紅茶を一口飲む。ここは、お屋敷で割り当てられている私の部屋の中。使用人用の部屋とは言え、なかなか広々として居心地がいい。おまけに使われていない部屋が多いので、内緒話もできるのだった。

休憩時間にアニーを呼び出して、例の三つの記事を見せる。

「他に感想はないの?」
「ありませんとも。在学中はなにお嬢様が男爵令嬢の所持品を破壊した、やれお嬢様が男爵令嬢を噴水に落としたとか団結力で責め立ててきましたのに、仮想敵がいなくなった途端に殺し合うなんて笑っちゃいますわ。ざまーみろですわ」

ほっーほっほっほっと、アニーは腰と口に手を当てて高笑いする。うん、私なんかよりも、とても悪役らしい。在学中もアニーが婚約者たちの行為に憤慨してくれたお陰で、当時自分は冷静になれたことを思い出して、ついつい口元が緩む。因みに、子爵家の変わり者の三女であった彼女が、メイド育成学校を卒業してすぐに私の遊び相手兼侍女で配属された日から、すでにこんな感じだったのは言うまでもない。

「結局、あやつらは何をしたかったのだろう。初めは、あの中の誰かに娶らせて、全員で真実の愛という不倫で共有するのかと思ってたのに。政略結婚した代わりに真実の愛は不倫で補うのは、私たち貴族には良くある話でしょう。詳細は解らないけれど、五人中ふたりは『男爵令嬢の名誉の為』に決闘して死んじゃうし。どうせ死んじゃうなら、せめてこっちが『ざまぁ』するまで待ってくれれば良かったと思わない? それに、男爵令嬢も何考えているのだろうか。これだと、お財布が減るじゃないか。五人の男から同時に甘い汁を吸えなくなるのだぞ」
「お嬢様、国内で一位二位とも言われる財産家のご令嬢とは思えない現実的なお言葉」
「そう? 私には男爵令嬢の目的が、いまいち解らない。王妃様のように、『王妃』を目指していたのなら名門貴族の取り巻きは将来の為に温存して、今回みたいな目立つような醜聞も立たないようにしないと」
「あの男爵令嬢の目的は『王妃』になることではないと?」
「そう見える。それよりも、目的があの五人を破滅に追い込むことに見えるのだよ。それに、王妃様も王妃様でおかしいのだよねぇ。自分達の時は伯母様を稀代の悪女として生け贄にすれば良かったけど、連続で同じ事を繰り返せば貴族内での信用が低下する。お父様と伯父様の影響度が下がって喜ぶ家はあるかもしれないけれど、いつ自分達も王妃の気まぐれで同じ目に合わされるか解らないからね。寧ろ、今回のことで息子を廃嫡へ持っていく方が、手打ちとして手っ取り早いと思われるのだけど。そうなると、元婚約者が幼い頃から仕込んで追い込む理由が解らない」
「他にお世継ぎになれるお子が、国王夫妻にはいませんものねぇ」
「新聞だけだと実家の動きも解らないし、今のところ妄想ですぎないけど。少しきな臭いな」

と、話した後に新聞を乱暴にテーブルの上に放り出してふたりで頭を抱えている内に、休憩時間は終わってしまう。それでは仕事に戻るかと立ち上がると、部屋の扉を叩く音がした。トントン、何の音。アニーと顔を見合わせた後、扉を開くとベールで顔を隠した背の高い女が立っていた。

女はハスキーな声で、自分は奥様付きの侍女のこと、お屋敷に着いたばかりなので奥様にお茶を出して欲しいと言う。奥様とは、いったい誰のことなのだろうか。思わず、背後を振り向けば悪い物でも食べたような顔をしているアニーと目が合う。何で休憩中の自分たちの所へと訊けば、「今、他に手が空いている人がいないと訊きました」と、女はベールの下から答えたのだった。

そして、お願いしましたと、軽く頭を下げると女は足早に立ち去ってしまう。

ベールで顔を隠しているとか怪しいと言えば怪しいのだけど、『奥様』の件がなければ女が言ったことに特に破綻はない。とりあえず、『奥様』にお茶を出しに行こうと廊下へ出る。廊下には女の姿どころか、人っ子一人いない。それどころか、すっかり空が暗くなっている上に風も強くなっていて、今にも大雨が降りそうに見えた。裏門の道が崩れでもしたら、村へ暫く行けないかもしれないと思う。

それから、料理番から湯とお茶菓子を用意して貰ってワゴンにそれらと茶器を載せて『奥様』の部屋へアニーと行くことにする。湯とお茶菓子を用意して貰う間、『奥様』がいらっしゃったことと屋敷に人気がないことを見てくれは熊のような料理番に話すと、大雨が降りそうだからみんな忙しいんだろうと豪快に笑う。日々のお菓子で餌付けされている私たちはそれ以上突っ込むのは止めて、とりあえずワゴンを運ぶことにした。

おどろおどろしい稲妻が窓を走る廊下をワゴンを押して進む。

お飾りの妻なのに、意外にも『奥様』の部屋は一番いい場所にあって。本人は部屋には住んでないけれど、思った以上に待遇はいいわよねと思う。望まれていない妻は、使用人にも侮られるのが普通で。いつ来るか解らない未だ見ぬ『奥様』の為に、毎日掃除して整えているのは珍しい。しかも、主寝室に繋がっている隣の部屋なのだ。入ったことはないけれど。

ノックをして、室内に入る。勿論、有能な侍女であるアニーなら普段はノック等しないで空気を読んで室内に入るところだけと、一応初対面なので許して貰おうと思う。

「奥様、失礼します。お茶をお持ちしました」

と、言って一礼をして顔を上げると、奥様らしい女性は、部屋の飾られていた見覚えのある顔の肖像画の前辺りでドレスの胸の辺りを真っ赤にして室内で倒れていたのだった。私の部屋に来たベールの女はどこへ行ったのだろうか。

いつの間に、『奥様』は殺されたのだろうか。

死体との初遭遇のアニーの悲鳴と雷が落ちる音が重なって屋敷中に響き渡る。

次の瞬間、ふっと室内が暗くなったかと思うと、不思議な香りがして目の前が暗転する。

次に目が覚めた時には、何故か自分の部屋に戻っていたのだった。アニーにしても、同じ事で。目が覚めた後、使用人仲間に『奥様』が殺されていたことを伝えたが夢でも見たのだろうと一笑に付されただけだった。
確かに、一笑に付されるだけあって『奥様』の死体も黒いベールの女もどこを探しても見つからず。そのまま、『奥様』の死体も黒いベールの女も煙のように消えてしまったのだった。

それにしても、旦那様。なんで『奥様』の部屋に私の肖像画が飾られていたのでしょうか。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。

ねお
恋愛
 ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。  そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。  「そんなこと、私はしておりません!」  そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。  そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。  そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

婚約破棄でかまいません!だから私に自由を下さい!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
第一皇太子のセヴラン殿下の誕生パーティーの真っ最中に、突然ノエリア令嬢に対する嫌がらせの濡れ衣を着せられたシリル。 シリルの話をろくに聞かないまま、婚約者だった第二皇太子ガイラスは婚約破棄を言い渡す。 その横にはたったいまシリルを陥れようとしているノエリア令嬢が並んでいた。 そんな2人の姿が思わず溢れた涙でどんどんぼやけていく……。 ざまぁ展開のハピエンです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】仕方がないので結婚しましょう

七瀬菜々
恋愛
『アメリア・サザーランド侯爵令嬢!今この瞬間を持って貴様との婚約は破棄させてもらう!』 アメリアは静かな部屋で、自分の名を呼び、そう高らかに宣言する。 そんな婚約者を怪訝な顔で見るのは、この国の王太子エドワード。 アメリアは過去、幾度のなくエドワードに、自身との婚約破棄の提案をしてきた。 そして、その度に正論で打ちのめされてきた。 本日は巷で話題の恋愛小説を参考に、新しい婚約破棄の案をプレゼンするらしい。 果たしてアメリアは、今日こそ無事に婚約を破棄できるのか!? *高低差がかなりあるお話です *小説家になろうでも掲載しています

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

悪役令嬢になりそこねた令嬢

ぽよよん
恋愛
レスカの大好きな婚約者は2歳年上の宰相の息子だ。婚約者のマクロンを恋い慕うレスカは、マクロンとずっと一緒にいたかった。 マクロンが幼馴染の第一王子とその婚約者とともに王宮で過ごしていれば側にいたいと思う。 それは我儘でしょうか? ************** 2021.2.25 ショート→短編に変更しました。

処理中です...