もう死んでしまった私へ

ツカノ

文字の大きさ
上 下
6 / 10

前世の私と願いのような呪い

しおりを挟む
あれから、かの令嬢が可憐で名高い男爵令嬢で、彼女の取りまきで一番身分が高そうに見えた少年が第二王子であったことが解ったけれど、王立学園では在学中は身分差は気にしないという原則が用いられたのか、特に不敬で罰せられることはなかった。

お兄様によれば、彼女たちは私が第二王子の『婚約者候補』だと誤解していたらしい。どうしたら、そんな話になるのだろう。しかも、当人の第二王子まで。おじさんとお茶会から退出した後も、男爵令嬢は「そんな筈はない、おかしいわ」と言い張っていたようで、「何でそんな話が出てくるんだ」とお兄様も首を傾げていた。私もどうしてそんな話になったのか知りたいわ、兄よ。
前世とは違い、今世のお父様は辛うじて伯爵に引っかかっているという感じで。実は爵位から考えると『へんなおじさん』との婚約だって難しいのだが、おじさんは高位の割には何か瑕疵があって中央から干されているらしくギリギリ何とかなるらしい。

学園に入学するまでの半年、私はおじさんとの交流を深めていた。何と王都の端にある屋敷までお邪魔するようになっていたのだった。と、言っても、おじさんの家にある図書室が主な目的で。王城に勝るとも劣らない充実ぶりの図書室に並ぶ魔法に関する書籍に、私は負けたのである。おじさんが有力な魔法使いだと知ったのも、この半年で。
有事の時は片道切符で最前線に立たされるのだと酷く落ち着いた声で言われた時は、反対に心配になってしまったのは言うまでもない。さすがに非人道的だと言えば、昔犯した罪への罰なのだよと苦笑しながらおじさんは教えてくれた。
どうやら、その罪が所謂私と婚約可能になる瑕疵で、おじさんが中央から疎まれている理由らしい。もし婚約した後に有事でも起こったら、いきなり寡婦候補かいと密かに思ったのは内緒の話で。その時は、この図書室の蔵書等々を私に残してくれるらしい。素直に嬉しいとかありがたいと言っていいのか、いまいち解らない。
因みに、同じように片道切符で最前線に立つ予定の人は、もう一人いるらしい。「今になっては、僕とそいつしか残ってないんだよ」と言いながら、紫色の煙が立ち上る珍しい紙煙草を吸うおじさんの顔はすとんと表情が抜け落ちていた。あまりその人とは良い思い出がないみたいに見えた。
その人は今どうしているのと訊けば「人を探している」と、おじさんは顔を顰めて珍しくもの凄く厭そうに言った。幼少期とこの半年、おじさんが声を荒げたり厭そうな声を出したことはない。いつもつかみどころのない感じで、へらへらしているような人なのだ。お茶飲み友達というか兄様とお父様の中間の存在、それが今のおじさんの立ち位置である。

「人探しですか?」

と、首を傾げると、おじさんは「あぁ」頷く。あまり私に詳細は言いたくないらしく、そのまま部屋の中に沈黙が流れる。気まずいと思っていると、部屋の中で控えていた侍女さんが紅茶のお代わりと菓子の追加をしてくれる。誤魔化された気もしないでもないけれど、前世では実家ではお菓子どころかお茶自体が用意されることは殆どなくて、義兄の実妹が来る度に彼女には豪華なアフタヌーンティーのスタンドに最高級の紅茶が置かれることを辛うじて用意された白湯を飲みながら眺めるしかなかった。

それにしても、何故あの義兄の実妹は前世の我が家であんなに特別扱いだったのだろうか。
お父様の跡継ぎとして義兄が養子に迎えられた位だから、血のつながりはあったのだろう。残念なことに、その辺のことを前世の『彼女』は覚えていない。そもそも、何故か『彼女』の記憶は、その辺りのことが妙に曖昧なのである。虐げられた記憶は、昨日のことのように鮮明覚えているのに。特に、義兄と彼の実妹のことになると、虐げられた記憶は生々しく残っているのに、彼ら自体の存在自体は曖昧で。

『彼女』が婚約者になったから、義兄は実家の跡継ぎとして養子になった。
うん、それは間違いない。ただ、何故選ばれたのは彼だったのだろう。もっと近い血筋の人間がいた筈で。もし、幼い頃に転げ回るように遊んだ従兄弟たちの誰かが『彼女』の義兄になっていれば、娼館で死ぬ可能性は低かったのではないだろうか。そう、母方も父方の親戚とも、そんなに仲は悪くなかったのだ。

義兄の実妹が『彼女』の実家で優遇されていたのは、義兄とお父様に愛されていたから。
それなら、何故義兄の実妹を養女にしなかったのか。いや、本当に養女にでもしたら、我が家を乗っ取るつもりかと一族郎党に糾弾されてもおかしくない。それなのに、何故あの義兄の実妹は自分が養女になれると『彼女』と入れ替わり彼の方と婚約できると、あんなに自信があったのだろうか。

『彼女』が断罪されて娼館に送られると知っていたから?
そもそも、誰が『彼女』を娼館へ送ったのだろうか。
何かを見落としているような気がする。

何かが変と首を傾げる。今考えるとつっこみ所しかない。つっこみ所しかないのに、どこかで『彼女』の末路は当然と感じる自分もいる。
何かおかしいのは『彼女』の記憶か、彼女自身か。

もの思いにふけっていると、私が本の頁を捲る手を止め黙りこくったことを気にしたのか、おじさんが突然何か質問をしてきた。声に気付いて顔を上げると、おじさんと目が合う。話を聞いてなかったのがバレたのか、おじさんの目が意地悪く細められる。しまったと後ろめたく思っていると、おじさんは唇の片側だけ歪ませて悪い笑顔になった。

そして、

「もし三つだけ願いが叶うとしたら、君は何を願う」

と、再び質問をしてきた。今度は、ばっちり聞こえて安堵する。
それにしても、脈絡のない変な質問だと思う。質問の意図は解らないけれど、ここは無難に答えておこうと思う。

「平穏な生活と老後は素敵な老嬢になること。三つ目は何かあった時の為に残しておきます」

と、変な質問に満面の笑み答えると、おじさんは何か悪いものでも食べた時の顔をする。強欲すぎたかしらと思っていると、仕切り直すようにコホンと咳払いする音が聞こえた。

「そのお願いを手段を選ばず叶えようとしたら、どうなる?」
「手段を選ばずに?」
「例えば、君が平穏な生活を送る為に邪魔な人物がいたりする。君にとっては邪魔だけど、善良な人物……そうだね、その人物がいなければ君が平穏な生活を送る為に手に入れられたと思っている物を持っているとしておこうか。その場合、願いを叶えるにはどうしたらいいか。一番簡単な方法な方法は、その誰かを排除して奪ってしまえばいい」
「それは……もの凄く迷惑ですね」
「迷惑だろ。幸運が舞い込むんじゃなくて、誰かの幸運を盗むんだ」

おじさんは、力ない笑みを浮かべて遠い目をする。もしかして、何か思い当たりでもあるのだろうか。確かに私は平穏な生活は送りたいが、邪悪でも何でもない人から何かを奪ってまでとは思わない。願いは叶えられるだろうけど、そんな風に無理に願いを叶えたらどこかに歪みがでないだろうか。

「そういう風にお願いを叶えてくれる道具が、聖女の子孫だというとある下級貴族の家に伝わっていたんだよ」

突然、おじさんの口から出た『聖女』という言葉に、背中がびくんと揺れる。そんな聖女の子孫がいるなんて、全く知らなかった。もっと詳しく知りたいと思ったけれど、おじさんは話はお仕舞いと言わんばかりに侍女さんに帰宅用の馬車を用意するようにと伝える。どうやら、これ以上は話してくれないらしい。これでは、蛇の生殺しである。それにしても、微妙に過去形なのはどうしてなのだろうか。

その後、何度もおじさんの屋敷には行ったが『聖女』の話題が出ることはなかった。

そうこうしている内に半年過ぎ、私は無事王立学園に入学したのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢が行方不明!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:5,039

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,369pt お気に入り:828

【完結】無能に何か用ですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:369pt お気に入り:3,743

私の夫が未亡人に懸想しているので、離婚してあげようと思います

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:76,062pt お気に入り:1,242

処理中です...