もう死んでしまった私へ

ツカノ

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前世の私と過去のような亡霊

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おじさんと次に顔を合わせたのは、それから四年後のことだった。

四年間、絶えることなく定期的に送られてくる手紙とプレゼントに、とうとうお母様が折れたのである。おじさんの粘り勝ちだろうか。そんなに、粘るほどの価値はないと思うのだけど。業務報告のような手紙を四年間送り続けたおじさんは、マメなのか律儀なのか良く解らない。とりあえず、とてつもなく不器用な人なのは解ったような気がする。

その日は、私の誕生日だった。

何だか屋敷の中がどたばた騒がしいと思っていると、一番最近におじさんから頂いた洋服に着替えさせられる。求婚された日から、二回誕生日が過ぎていたけれど今までは両親が用意した洋服だったので、今回との違いに首を傾げる。

答え合わせは、誕生日パーティーが始まるとすぐにできた。

一通り挨拶が終わった後、人数合わせのように呼ばれたお父様のお友達の中に、『へんなおじさん』が混じっているのを見つけたからで。ボサボサ頭に、仕立ては良いのによれよれの服。身体に染みついた莨の匂いと三年前と全く変わらない姿が、妙に懐かしく感じた。偶に写真を送っていたから解ったのか、おじさんは迷わず私の所へ来ると「お誕生日おめでとう」と、三年ぶりとは思えない挨拶をしてきたのだった。満面の笑みで。

「ありがとうございます」

と、お姉さんぶって澄ました顔で応えれば、おじさんは軽く噴き出す。馬鹿にされたのかしらと唇を尖らせたけれど、濃いグラスを嵌めた眼鏡の下の目は笑っているようだったので許してあげることにする。お母様の心配そうな視線を感じながら、そういえば『へんなおじさん』の名前を未だに知らないことを思い出す。先入観を与えないための配慮なのだというけれど、当時十一才の私に先入観が植え付けられる程に何が解ろうか。

まじまじとおじさんを見つめていると、何を思ったのか『どうぞ、お嬢さん』と言って、休憩用の椅子に連れて行ってくれた。給仕にケーキをお茶を持ってくるように頼むと、近況報告のようはお喋りをする。業務報告書のような手紙を書いてくる癖に、おじさんは意外に聞き上手で。来年入学する王立学園のことや、その前段階として同じ年頃の子と交流する為に今度参加するお茶会のこととかをとりとめなく話していると、『そのお茶会に参加する人の名前は解る』とふいに訊ねられた。

質問の意図が解らず小首を傾げれば、おじさんは苦笑する。

何か気になることでもあるのだろうか。

問われるがままに、思いだせるだけお茶会に参加する人の名を答えているとおじさんの眉間に皺が寄る。とある男爵令嬢の名。最近、魔力が高いと市井から引き取られた令嬢で。引き取られる前に死んだ母親は、元はどこかの貴族令嬢だったらしい。
私は見たことがないが庇護欲をそそる可憐な容姿で、デビュー前なのに引く手あまただとはお兄様の談。特に、我が国の第二王子がご執心で、寵愛深いとは噂で聞いたことがある。どうやら、お忍びで城下に訪れた際に知り合ったらしく、幼なじみと呼んでいい存在だという。そんな彼女のどこに引っかかりを覚えているのだろうか。 

考えこむように黙ってしまったおじさんの袖の裾を引っ張れば、悪い夢から覚めたような顔をする。そして、そのお茶会を欠席することはできないだろうかと、おじさんは急に言い出す。

「半年後の入学を睨んだ顔合わせも兼ねているので、難しいですね。入学してから、ひとりぼっちになってしまいます」
「それなら、入学しないで僕のところにお嫁に来ればいい」

おじさんは錯乱したのか、斜め上なことを言い出す。そうか、そうくるとは思わなかったよ。デビュタント後にすぐに結婚したり、学園に入学しても途中で嫁入りで退学したりとかは良くある話だけれど、私は『目指せ平穏な生活』のために学校へ行きたい。どうすればおじさんを言いくるめられるだろうかと考えていれら、後ろから地を這うような声がした。

「可愛い妹の進路を勝手に邪魔しないて頂けますか」

お兄様の声。その途端、おじさんは怯えたように背中をびくりと揺らす。お母様といい、お兄様といい、ふたりはおじさんに対して強く出れる何かを持っているらしい。おじさんは「そんなつもりはなかった」とお兄様に言い訳した後、件のお茶会が終わる頃に迎えに行くと言い出す。この時は大げさに思えたけれど、当日おじさんがなぜ心配したのか身にしみて解ることになる。
この日、『へんなおじさん』に貰ったプレゼントは高そうな紫色した宝石の目を持った熊のぬいぐるみで、お嫁にくればいいと言ったわりには妙な所で子供扱いだと思ったのだった。

その夜、久しぶりに彼女が泣きじゃくる夢を見た。

それから二週間後、件のお茶会が開かれる。

半年前から顔合わせなんて気が早いと思われるかもしれないけれど、入学することは決まっていることなので、その前に貴族同士の繋ぎを作っておこうというのはままあることだった。私の前世だと同じように参加して、酷い目に合ったことしか覚えていない。

まさか義兄の実妹が『彼女』の家の名を騙って、すでにお茶会デビューしていたとは誰が思おうか。
父親が仕事人間で物心つく前に母親が亡くなった『彼女』は、すっかり令嬢としての社交に出遅れていた。知り合いの一人もいない。そして、『彼女』の父親が認めた令嬢の言うことだからと、周囲は『彼女』の悪い噂をすっかり信じ込んでいたのだった。

知り合いのいない自分では否定しても信じて貰えず、結局義兄の実妹が流す『彼女』の悪い噂が広がるのを指をくわえて見ているだけ。その上、義兄も何故かお茶会に参加していたので、『彼女』が何を言っても無駄だった。もしかすると、周囲の人は義兄の実妹を『彼女』の父親の隠し子か何かだと思っていたのかもしれない。こうなると、義兄と聖女が現れるまで仲が良かったというのは彼の実妹のことで、義兄とのことは『彼女』の願望か妄想だった可能性が高い。

あの時は、更に酷い目に合ったのよねと、遠い目をしながらお茶に口をつける。

今日はひとりぼっちのあの頃とは違って、会場の片隅を陣取ってお友達の令嬢たちとお喋りをして学園の入学を楽しみにできる。転生最高、気の置けないお喋りは楽しいしお茶もケーキも美味しいと密かに感動していた時のこと。

「あの方を解放して差し上げて下さい」

と、鈴を転がすような可憐な声が近くでした。そうそう、あの時もいきなり同じような事を言われたんだよねーと他人事のように思っていると、「あの方を解放して差し上げて下さい」と耳元で言われてぎょっとする。あの方とは、いったい誰のことなのだろうか。『へんなおじさん』のことなら、あっちが好きで四年間手紙とプレゼントを送ってきてた訳だし、縛り付けていることにはならない筈と思いながら顔を上げると、そこにはふわふわとしたピンクゴールドの髪をした可憐な少女がこちらを咎めるような顔をして立っていた。

私は、この少女のことを知っている。

少女とは初対面だというのに、そんなことを思う。

彼女のことを知っている、彼女のことを知っている、彼女のことを知っている。

どこで彼女のことを知ったのだろうか、カタカタと身体が小刻みに震え出して当惑する。背筋に冷たい汗が流れ、いつの間にか血の気を失った氷のように冷たい手は真っ白になり果てていた。コワイ、コワイ、コワイ。初対面なのに、私はこの少女が怖いと思う。ぎゅっと背後から心臓を鷲づかみにされたかのような痛みに耐えながら、少女を真っ直ぐ見る。ここで、目線を外したら、何か悪いことが起こるような気がした。

「あの方って、どなたのことでしょうか」

と、恐怖で震える声で可憐な少女に訊けば、訝しげに目を見開く。何を言っているんだと言わんばかりの態度。こっちの方が『何を言ってるんだ』と言いたいと、心の中で嘆息をつく。すると、少女は手に持った茶碗をわざとらしく落としてみせると、身体を仰け反らせて絹を裂くような悲鳴を上げたのだった。

いったい、これはどのような茶番なのだろうか。
両隣のお友達の令嬢が、酷く戸惑っているのが手に取るように解る。

これから何が起こるのだろうかと戦々恐々としていれば、ばたばたと足音がしたかと思うと、同じ年頃の少年たちが少女を守るかのように目の前に立ちはだかる。何だか見たことのある光景に、喉がカラカラに乾いていく。変わったと思ったけれど、もしかして世も現世と同じ道を辿るのだろうかと目の前がくらくらして暗澹としてくる。
身分が高いと思われる妙に威圧的な少年たちは、少女を優しく宥めた後、私のことを罵り始めた。罵ったというか、本人達は正義感からの糾弾だと思っていたようだけど。

曰く、「実家の権力を笠に着て、王族との婚約を取り付けたそうだな」とか。
曰く、「お高く止まって、彼女を平民上がりだと蔑んだと聞いた」とか。
曰く、「今も彼女に何か酷いことをしたに違いない。こんなに怯えているのだから」とか。

うん、前世で良く言われたことだね。それにしても、王族と婚約した記憶はないし、権力といっても前世と違いうちは中級の貴族なので、どこかの誰かとお間違えではないだろうか。ただ少年たちが現れたことで冷静になれて、見知らぬ少女に感じていた恐怖が薄れてほっとした。私は前世のおかげでこういう状況に慣れているけれど、以前からお付き合いのある両隣のお友達の令嬢が怯えて戸惑っているので止めて欲しい。
いつまでこの罵詈雑言に付き合わなければならないのだろうかと白けていると、莨の匂いと低い声がした。

「待たせたね」

お迎えに来た『へんなおじさん』の声。タイミング良く迎えに来てくれたことに、正直ほっとする。贅沢を言えば、もっと早く来て欲しかったけれど。その声がした途端、いつの間にか一番身分の高そうな少年の腕の中にいた見知らぬ少女が、すっと他の場所へ行ってしまう。まるで、声の主と顔を合わせたくないとでも言わんばかりの展開に、私たちは首を傾げるしかなかったのだった。
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