不思議小話 ピンキリ

そうすみす

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第14話 眠気にシンドバッド

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 父親の友人 Jさんの体験談。

 もう二十年以上前になる。仕事で、関東地方某所のダムの管理事務所に車で向かっていた時のこと。

 季節にもよるが、そのダムはよく霧が発生する場所らしい。そして、行ったことのある人達が口をそろえて言うことがあった。

 霧が出ると、眠くなる。

 しかし、Jさんは怪奇現象や超常現象には懐疑的かいぎてきで、その話も全く信じていなかった。事実だとしても、気圧の変化か何かが影響して、頭がボンヤリするのだろう、ぐらいにしか思っていなかった。

 さて、管理事務所へ向かっていると、やはり霧が出てきた。とても濃い。

 視界が悪くなってきたので、Jさんは速度を落とし、慎重しんちょうに運転した。

 電波が入りにくいようで、ラジオも雑音同然になっていたので消した。

 徐行じょこう運転でしばらく進むと、かすかだが何やらリズミカルな音が聞こえてきた。

 和太鼓わだいこらしき音だった。そのうち、笛の音や澄んだ叩きがねのような音まで混ざってきた。

 ドンドコドンドコ ピーヒャラ チンチン ドンドコドンドコ ピーヒャラ チンチン

 そんな祭囃子まつりばやしのリズムで、だんだんはっきりと聞こえるようになってきた。

 ラジオは消してある。車のエンジン音とも違う。明らかに外からの音である。

 突然、J さんはハンドルにひたいをぶつけた。

 すぐにハッとして顔を上げた。

 何が起こったのか分からないまま運転を続けていると、また頭がガクンと下がる。

 そこで J さんはようやく、自分が居眠りをしてしまっていることに気が付いた。

 どうしたことか、つい数秒前まで全然眠くなどなかったのに、もう今は眠くてたまらない。

 J さんは一旦いったん車を停めた。とにかく眠い。強烈な睡魔だ。変な祭囃子もまた近付いてきているような気がする。

 このまま運転を続けるのは危険なので、一眠りしたかったが、それでは約束の時間までに管理事務所に着けない。この当時はまだ携帯電話もほとんど普及ふきゅうしておらず、連絡を取ることもできなかった。

 J さんは少し考え、この睡魔の撃退法を思い付いた。

 ―――歌おう。

 一人なので遠慮はいらない。歌えば寝落ちすることもないだろう。

 曲は J さんの大好きな〇ザンオールスターズの『〇手にシンドバッド』。

 Jさんは大声で歌い始め、再び車を発進させた。

 何とか眠気はまぎれてきた。気味の悪い祭囃子も、自分の大音量の歌声で聞こえない。

 ♪今何時? そぉーネ、だぁいたぁいネェ~♪

 時計をチラッと見て、この分なら約束の時間に間に合うと確認。

 そうして二回歌い終える頃には霧は晴れ、管理事務所が見えてきた。祭囃子も聞こえなくなっていた。

 
 当時の緊張感と恐怖がいまいち伝わってこなかったため、J さんからこの話を聞いた時、父親も私も大笑いしたが、嘘のような本当の体験談である。もしかすると J さん独自の盛り、、も少しは入っていたのかもしれないが。

 あと、補足情報が二つ。

 ① 幸いにもこのダムで事故が起きたことはないそうだ。

 ② 一緒にカラオケに行ったことのある父親が言うには、J さんは物凄く歌が上手いらしい。
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