不思議小話 ピンキリ

そうすみす

文字の大きさ
上 下
6 / 41

第6話 代済み。

しおりを挟む
 今年の十月の終わり頃のこと。

 冬物のコートやジャケットをクリーニングに出し忘れていたことに気付いた。

 『まったく、ズボラなんだから。もっと早く出すんでしょ』と母親に怒られながら準備をしていると、『ついでにこれも』、と父親からワイシャツを渡された。

 いつも利用している近所の小さなクリーニング店。年配のご夫婦で経営しており、土曜日でも午前中なら開いている。

 この日は奥さんが対応してくれた。私の冬物と父親のワイシャツを預け、『お代は後でもいいですよ』、と言われたので、そのまま家に帰った。

 その次の週の水曜日、急にワイシャツが必要になった父親が取りに行った。

 帰ってきた父親に、『お金払ってくれたんだな』と言われた。

 『払ってないけど? 後でいいって言われたから』と答える私。

 父親はクリーニング店の奥さんから『代済みですよ』と言われたとのこと。

 まだ払っていない。きっと、奥さんが勘違いをしているのだろう。

 その週の土曜日、私はクリーニング店へ自分の冬物を受け取りに行き、『まだ未払いですよ』、と告げた。

 すると、奥さんは不思議そうに、『あれ? 確かこの前の月曜日、払いに来てくれたでしょ』と言った。

 有り得ない。月曜日というド平日。私は仕事に行っていたのだから、ここに来られるはずはないのだ。

 けれども、このお店のご夫婦が、いくらマスクをしているとはいえ、全くの別人を常連の私と見間違えるとも思えなかった。

 考えると不気味で不可解である。私のそっくりさんがここに来て、代わりにクリーニング代を払っていったということになるのだから。

 自慢ではないが、私は短気ではあってもズルはしない。お代を踏み倒すなんて言語道断ごんごどうだん

 私が何度も、『本当に、まだ払ってませんよ』、と言うと、奥さんはまだ納得行かない様相ようそうながらも、『じゃあ、わたしの勘違いかしら。ごめんなさいね。歳を取ると駄目ね。怒られるから、うちのお父さんには内緒にしておいて』と言った。

 そうです! 奥さんの勘違いです!! 絶対に!!! 旦那さんには内緒にしておきますから、そういうことにしておいてください。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

限界集落

宮田 歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

歩きスマホ

宮田 歩
ホラー
イヤホンしながらの歩きスマホで車に轢かれて亡くなった美咲。あの世で三途の橋を渡ろうとした時、通行料の「六文銭」をモバイルSuicaで支払える現実に——。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...