不思議小話 ピンキリ

そうすみす

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第6話 代済み。

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 今年の十月の終わり頃のこと。

 冬物のコートやジャケットをクリーニングに出し忘れていたことに気付いた。

 『まったく、ズボラなんだから。もっと早く出すんでしょ』と母親に怒られながら準備をしていると、『ついでにこれも』、と父親からワイシャツを渡された。

 いつも利用している近所の小さなクリーニング店。年配のご夫婦で経営しており、土曜日でも午前中なら開いている。

 この日は奥さんが対応してくれた。私の冬物と父親のワイシャツを預け、『お代は後でもいいですよ』、と言われたので、そのまま家に帰った。

 その次の週の水曜日、急にワイシャツが必要になった父親が取りに行った。

 帰ってきた父親に、『お金払ってくれたんだな』と言われた。

 『払ってないけど? 後でいいって言われたから』と答える私。

 父親はクリーニング店の奥さんから『代済みですよ』と言われたとのこと。

 まだ払っていない。きっと、奥さんが勘違いをしているのだろう。

 その週の土曜日、私はクリーニング店へ自分の冬物を受け取りに行き、『まだ未払いですよ』、と告げた。

 すると、奥さんは不思議そうに、『あれ? 確かこの前の月曜日、払いに来てくれたでしょ』と言った。

 有り得ない。月曜日というド平日。私は仕事に行っていたのだから、ここに来られるはずはないのだ。

 けれども、このお店のご夫婦が、いくらマスクをしているとはいえ、全くの別人を常連の私と見間違えるとも思えなかった。

 考えると不気味で不可解である。私のそっくりさんがここに来て、代わりにクリーニング代を払っていったということになるのだから。

 自慢ではないが、私は短気ではあってもズルはしない。お代を踏み倒すなんて言語道断ごんごどうだん

 私が何度も、『本当に、まだ払ってませんよ』、と言うと、奥さんはまだ納得行かない様相ようそうながらも、『じゃあ、わたしの勘違いかしら。ごめんなさいね。歳を取ると駄目ね。怒られるから、うちのお父さんには内緒にしておいて』と言った。

 そうです! 奥さんの勘違いです!! 絶対に!!! 旦那さんには内緒にしておきますから、そういうことにしておいてください。
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