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2.懐かしの実家

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「おかえり、ミラ!」
「会いたかったわ、ミラ!」

 無事に実家の子爵家に戻り、出迎えてくれた両親がすぐさま私の姿を見つけて、駆け寄って来てくれた。
 その姿に、本当に実家に戻ってきたのだという実感が込み上げ、思わず涙ぐむ。

「お父様、お母様。3年間一度もお会い出来ず、本当に申し訳ございません。
 ようやく白い結婚が認められ、あの家から出る事が叶いました」

 そう言った私をお母様がそっと抱きしめてくれた。

「貴女は何も悪くないわ。ごめんなさい。あんな家と縁を結ばなければならなかったわたくし達が悪いの」

「すまなかったな、おまえには酷く苦労をかけてしまった」

 両親はそう言って、涙を流しながら謝っている。
 私はそんな両親の手を握りながら、首を横に振る。

「大丈夫ですよ。相手は伯爵家ですもの。あんなに強引な縁談の申し出を、子爵家が断れるはずありませんでしたもの。それに……」

 私は徐に付けていたネックレスを外した。

のおかげで、わたくしの身を守ることが出来、晴れて白い結婚となったのですから」

 ネックレスを外した途端に現れたのは、今まで見せていた冴えない姿ではなく、白銀色の艶のある長い髪に透き通るような白い肌、パッチリとしたアメジスト色の大きな瞳、形の良い双丘に細いウエストのメリハリのある、しなやかな身体だった。

「この魔道具のおかげです。幼い頃からこの髪色と目の色のせいで、何度も攫われそうになっていたわたくしの為に、魔法大国からこのような希少で価値のある魔道具、姿を変える魔道具を身につけさせてくれたのですもの」

 ミラの持つ白銀色の髪とアメジスト色の瞳。
 この国では、殆んどの者が、黒か焦茶色の目と髪を持って生まれる。
 しかし稀にその色を持って生まれた者は、女神の愛し子と言われていた。
 愛し子がいる家は必ず繁栄し、また不治の病を患っていても、愛し子の力で健康な身体を取り戻したり、あるいは、ずば抜けた知力で画期的な発明をして、国全体をも潤うように導いたり。
 また違う愛し子の場合は、戦闘能力にずば抜けており、どんな戦でも負け知らずだったという、色んな逸話が残されていた。
 もちろんその力を奪おうをする者も現れる為、愛し子が生まれたら、ある程度自分の力で身を守れるようになるまで、または守ってくれる人が現れるまで秘匿するようになったのだ。
 
 ミラも生まれた時に、その色を纏っている事に気付いて、すぐに周りの者に箝口令を敷いたが、まさかの乳母に攫われそうになるとは両親も思っていなかった。
 もともとその乳母にミラが懐かず、その事に不審に思っていた両親が、陰で虐待をしているのかもと注視していた為、乳母の不審な行動はすぐに対処できた。
 幼いミラに薬を嗅がせて眠らせ、ランドリーワゴンに入れて運ぼうとした乳母は、直ぐに取り押さえられた。
 そして乳母は、貴族の子を誘拐しようとした罪で、すぐに処されたそうだ。

 ミラが一向に乳母に懐かなかった理由。
 それは、ミラが鑑定のギフト持ちであったから。その力で、乳母は信用に値しないと子供ながらに感じていたのだ。
 
 隣国の魔法大国には、今も魔法を扱う者がおり、魔法学校もある程で、魔道具なども栄えていたが、この国では、魔法の力はとうの昔に廃れていた。
 隣国との差が、この国ボランサリー王国では腹立たしく、敢えて隣国のバルス魔法大国とは交流を持たないようにしていた。
 その為、ボランサリー王国で生まれた女神の愛し子の力は、この国への神からの贈り物として皆が崇め、その力をとても欲していたのだ。
 当然見つかれば、王家に取り込まれたり、高位貴族に無理矢理嫁がされたりして、力の搾取をされ続け、その結果、愛し子は早死する結果となっていた。
 そういう事もあった為、愛し子の特徴を持って生まれた子供は、その存在を隠される。

 当然ミラもその存在を隠すように育てられたが、これから先、少しでも何とか普通に過ごせるようにしたいと考えたミラの両親が、全く交流がなかったバルス魔法大国に何年も必死で個人的に繋がりを作り、ミラが3歳になる頃にようやく手に入れたのが、姿を変化させる魔道具であるネックレスだった。
 このネックレスを手に入れるまでには、乳母だけでなく、信用していた使用人にも何度か攫われそうになっていたので、ネックレスを手に入れた時の両親の気持ちはいかほどであっただろうか。
 ネックレスを身に付けたミラは、途端にその美しさは失われ、くすんだ焦げ茶色の髪となった。
 しかし、目の色は変化しなかったため、目が隠れるくらいに前髪を伸ばし、貴族の娘にあるまじき姿となってしまった。
 身の安全のために、その姿のまま歳を重ねていたが、どうしても貴族である以上、社交界デビューをしなければならない。
 予想通り、社交場に出ても周りから敬遠され、縁談の話もなければ、友人さえ作る事が出来なかった。
 しかしミラは、それでもいいと思っていた。
 ミラの鑑定スキルは何でも鑑定出来る。
 それはもちろん人間にも当てはまる事で、信用に値する者かどうかを判別する事が出来る為、なかなか周りの人に溶け込む事が出来なかったから。
 そんな調子でなかなか縁談話もなく、あっても子爵家のお金を当てにする者ばかり。
 そのような人達はミラがすぐに分かるため、丁重に断っていたのだが、グランブスト伯爵に至っては権力をフルに使い、強引なやり方でミラとマイロの婚約を整えてしまった。
 もちろんミラには、伯爵家の人間がどのような者たちかすぐに分かっていたので、始めから白い結婚を狙っていたのだ。
 ネックレスを肌身離さず付け、マイロに興味を持たれないように醜悪な姿で影を薄くして、人との接触を最低限に、ひたすら三年間を我慢して過ごした。
 子爵家の家族にも、連絡は寄越さないでほしいと頼み、実家からも疎まれている風を装った。
 また、マイロの代わりに伯爵家の執務を頑張る事で、マイロ自身の株を上げた。
 グランブスト伯爵夫妻は伯爵家の金回りがよくなったのは、マイロが頑張っているからだと思っている。そして、ミラには何の価値もないお飾りの嫁としか認識しなくなっていた。
 
 その地道な努力の甲斐あって、ようやく白い結婚が成立したのだ。ミラの気持ちはとても高揚していた。

「お父様、お母様。わたくし、魔法大国に行きたいのです。そしてそこで平民として生きていきたいと考えております」

 ミラの言葉を、ミラの昔からの希望を知っていた両親は、複雑な諦めの気持ちで聞いていた。
 
「わたくしのこの力は、多分昔に失われてしまった魔力が関係していると思うのです。
 でも、魔法大国では、数が減ってきたとはいえ、いまだに魔法使いもいるし、魔道具も充実している。
 その国でなら、わたくしの力はそんなに目立たず、本来の自分として生きていけるのではないかと思うのです!」
 
 両親も、この国ではミラの幸せを見出す事が出来ないと感じていた。
 ミラの力は鑑定のみ。自身を守れる程の力はない。
 ならばミラの言う通り、魔法大国で生きていく方が、安全で幸せに暮らせるのではないだろうか。

「分かった。元々白い結婚が成立したら、出戻り扱いで、碌な縁談はない。愛し子だとバレて、力の搾取をされ続けて早死になんて論外だしな。
 我が子爵家は弟のジャイロが継ぐ事が決まっているから、あとは修道院行きか平民となるしか道は残されていない。
 どれもミラには酷な選択だ。
 だったら、せめて隣国で平民として生きて行く方がよっぽど安全だからな。
 ミラのネックレスを手に入れる際に出来たツテを使って、隣国に行ける様、出来るだけの事を手配しよう。
 大丈夫だよ、ミラ。お前がちゃんと安心して生きていけるよう、私達はいつでも力になるからね」

 父のその言葉に、ミラは本当に自分は恵まれていると感じた。
 こんな力を持って生まれてしまった娘を、しっかりと守り、愛してくれる両親に報いるよう、これから先はしっかりと自分の足で歩いていこう。
 伯爵家で暮らしていた三年間も、執務を覚える上では決して無駄な時間ではなかった。
 そのノウハウを生かし、なるべく両親に迷惑をかけずに、自分の力で生きていけるようにならなくては。

 そんな風に固く決心し、両親に感謝しながら、ミラはバルス魔法大国に向かった。

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