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(最終話)狼に狙われたウサギ
しおりを挟む「ミラ様、貴女があの伯爵家を出た1ヶ月後になって、私はその事を知りました。
その時にはすでに貴女はボランサリー王国を出た後。
一介の商人である私が、貴女のご実家に貴女の事を聞く事も出来ず……。
とても心配で、必死で探していたのですが、まさかバルス魔法大国で、こんなに立派な商会を立ち上げていらっしゃったとは。
さすがはミラ様と、とても尊敬の念に絶えませんでしたよ。
それでぜひ、また我が商会との取り引きをして頂きたいと、早々に馳せ参じたわけです」
ヨゼス様がとても優し気に、私を見つめながらそう話すので、ミラは緊張しっぱなしだ。
心なしか頬がとても熱い。
「あ、あの……。私はもう平民となりましたので、そのような敬称は要りません。
どうぞお気軽にお呼びくださいませ」
頬を染めながらそう言うミラに、ヨゼスは更に笑みを深める。
「それではミラさんと。
それにしてもミラさん、やはり素のお姿だと、更に魅力的ですね。
私は先程から、貴女に釘付けになってしまって、どうしようもないですよ。
これは早急に、新たな虫除けを増やさないといけません」
真顔でそう言うヨゼス様に、ミラは首を傾げる。
「虫除けですか? そんなに虫はいないかと思いますが……。
あ! そういえば、私、ネックレスを付けていない!
ヨゼス様! よく私の事が分かりましたね⁉︎
あの頃とは別人に見えると思うのですが、何故⁉︎」
慌てながらそう言うミラに、ヨゼスは眩しいものを見るように、目を細めながら微笑む。
「貴女の美しさは、魔道具では隠しきれていませんでしたよ?
だから人にしろ、物にしろ、本当にあの伯爵家の者達は見る目がなかった。
私としてはそれがとても有り難かったですけどね」
さっきからヨゼスの言い回しが、何故か口説かれているような気持ちになり、ミラは落ち着かない。
早く商談に持ち込まないと、これはヨゼス様との勝負に負けてしまうと焦り始めた。
そんなミラの様子が、ヨゼスにとってはとても分かりやすく、愛おしい。
ヨゼスは、ハルマス王国の侯爵であるが、まだ家督を継いだばかりの26歳。
だが、ミラは多分ヨゼスをもっと年上だと思っているのだろう。
しかし、実際はミラよりたった5歳年上なだけ。
しかも、若い頃より商才があり、仕事一筋で生きてきたヨゼスは、今まで婚約者を作る事なく、結婚などするつもりもなかった。
なので、いずれは親族の者を養子に迎え、家督を譲る事を考えていた。
しかし、ひょんなことからミラと出会い、魔道具で自分の姿を偽りながら暮らしているミラに興味をもった。
ヨゼスにも少なからず魔力があり、真実を見抜くというギフトがある。
そのため、始めからミラの美しい姿を知り、そして、その姿がボランサリー王国では女神の愛し子と呼ばれる姿である事が分かったので、そのまま知らない風を装っていたのだ。
ミラとの会話はテンポよく弾み、とても楽しく、知的なミラに更に惹かれていった。
だから、ミラがすでに人妻であると知った衝撃はとても大きく、もうミラとは会わないようにしようと思っていたが、どうも調べていくとミラは夫にも自身の姿を偽っている様子。
それなら、もしかすると白い結婚なのではと思い至り、自分にもまだチャンスはあるかも知れないと、ずっとミラを見守っていたのだ。
しかし、たまたま自国からボランサリー王国との親善大使に任命され、その手続きやら何やらをしているうちに、いつのまにかミラが離縁して伯爵家を出た後だったと知った時には、絶望感でいっぱいだった。
ヨゼスはいつかミラが伯爵家と縁を切った時に、すぐにでも囲うつもり満々だったから。
それからは、色んなツテを使い、ミラの足取りを追った。
そして一年かけてようやくミラを見つけ出せた時には、心から神に感謝したくらいだ。
すぐにバルス魔法大国の組合長と連絡を取り、組合長経由で精鋭な騎士を警護にあたらせ、ミラを守っていた。
そして、ミラをいいように使い、バカにしていたグランブスト伯爵家の没落を見届けてから、晴れてミラに会いに来た。
ヨゼスは思う。
これからは積極的にアピールして、自分を意識してもらい、ミラの心を掴んでみせると。
自分でも引くくらいには、ミラに執着している自覚はあるが、それを悟られると逃げられてしまうかもしれない。
自分の執着を隠し、周りから少しずつ固めて、ゆっくりとミラの心を手に入れよう。
もともと商売気質なこの男は、狙った獲物は必ず手に入れてきたのだ。
ギラギラとした目を隠しながら、優し気にミラに近づいていくヨゼスの姿は、美味しそうなウサギを狙う狼のよう。
周りで、ミラとヨゼスの様子を見ていた両方の使用人達は、一様にミラに同情しながらも二人を生温かい目で見守っていた。
~完~
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howdoyoulike様
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