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第12章
臓器移植(5)
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流奈が頭を下げてくれたおかげで、あと少しだけ時間の猶予ができた。
二人きりになった病室に沈黙が流れる。
なにを言えばいいのか、言いたいことがなにかあったかもわからない。
ただ、日和ちゃんのことを考えると苦しくて、悲しくてつらくなる。
話したいことがもっとたくさんあったのに、俺より先にいなくなるなんて思わなかったのに。
こんなふうに何度も同じことを繰り返してる。
俺よりも軽い心臓病の子が亡くなることは今まで何度も経験してきて、軽いとか重いとか関係ないってことはわかっていた。
重さが違っても心臓に負担が掛かることは同じ、どれも死に繋がる発作だ。
「あっくん、日和ちゃんはどんな子だった?」
「え?」
「仲良くしてた子なんでしょ? 私は知らないから知りたいなって思って」
「………」
流奈は同情することはしない。
知らないから知ろうとして、悲しみやつらさをわからないからどこかで補おうとする。
俺の心を楽にするために、軽くするために、流奈はいつも寄り添ってくれる。
「可愛い子だった。いつも元気で前向きで、家族のことを大事にしてて」
そんな日和ちゃんに救われたことがあったし、大事なことにも気付かせてくれた。
俺よりも小さいはずなのに、ふとした瞬間の彼女はとてもしっかりしていて大人びて見える時もあった。
「えー、なんか妬けるなぁ。あっくんが他の子をそう言うなんて」
「…バカ、年下の子に嫉妬すんなっての」
「するに決まってるよ。日和ちゃんの初恋はきっとあっくんだもん」
「え?」
「うん、絶対! 日和ちゃんはあっくんのことが大好きだったんだよ」
日和ちゃんの笑顔が浮かぶ。
俺を見掛けると駆け寄ってきて、お兄ちゃん、って呼んで笑ってくれた。
俺と同じように病気でつらいはずなのに、それを感じさせることはないかのように。
もうあの笑顔を見ることはできないんだ。
そう思った瞬間、流奈が優しく包み込んでくれるようにギュッと抱き着いてくる。
ふわりと彼女の匂いが鼻先をかすめて、ドキリとするよりも今は安心した。
流奈の前で泣きたくなんかないのに、すべてを受け止めてくれる気がして涙腺が緩む。
口からは嗚咽が漏れて、しがみつくように腕を回して涙を流した。
「う、あぁ…っ」
日和ちゃんがいなくなって悲しくなると同時に、襲いくる死に怖くなった。
自分がいなくなること、それで大切な人を悲しませてしまうことが。
日和ちゃんのぶんまでなんて言えないし言わないけど、俺は死にたくない、まだ生きたい。
流奈はなにも言わずに抱きしめたまま。
もう時間もないことはわかっていて答えも出ているのに、それでも俺の気持ちを最優先にしてくれた。
本当はきっと臓器移植のことを伝えて、その準備も進めてほしいと思ってるはずなのに急かすことはなく。
「…っ流奈……俺、生きていいのかな…」
生きてダメなことなんてなにひとつない。
そう思うけど、日和ちゃんがいなくなったことで世界が前よりも冷たく感じてそう言っていた。
「あっくん、私のために生きて」
流奈はそれだけを言って、いつも俺がするみたいに軽くキスをしてきた。
想いを伝えるかのように触れて、それだけで俺が生きる意味がある気がした。
流奈が必要としてくれるなら俺は、なにがなんでも生き抜いてやる。
二人きりになった病室に沈黙が流れる。
なにを言えばいいのか、言いたいことがなにかあったかもわからない。
ただ、日和ちゃんのことを考えると苦しくて、悲しくてつらくなる。
話したいことがもっとたくさんあったのに、俺より先にいなくなるなんて思わなかったのに。
こんなふうに何度も同じことを繰り返してる。
俺よりも軽い心臓病の子が亡くなることは今まで何度も経験してきて、軽いとか重いとか関係ないってことはわかっていた。
重さが違っても心臓に負担が掛かることは同じ、どれも死に繋がる発作だ。
「あっくん、日和ちゃんはどんな子だった?」
「え?」
「仲良くしてた子なんでしょ? 私は知らないから知りたいなって思って」
「………」
流奈は同情することはしない。
知らないから知ろうとして、悲しみやつらさをわからないからどこかで補おうとする。
俺の心を楽にするために、軽くするために、流奈はいつも寄り添ってくれる。
「可愛い子だった。いつも元気で前向きで、家族のことを大事にしてて」
そんな日和ちゃんに救われたことがあったし、大事なことにも気付かせてくれた。
俺よりも小さいはずなのに、ふとした瞬間の彼女はとてもしっかりしていて大人びて見える時もあった。
「えー、なんか妬けるなぁ。あっくんが他の子をそう言うなんて」
「…バカ、年下の子に嫉妬すんなっての」
「するに決まってるよ。日和ちゃんの初恋はきっとあっくんだもん」
「え?」
「うん、絶対! 日和ちゃんはあっくんのことが大好きだったんだよ」
日和ちゃんの笑顔が浮かぶ。
俺を見掛けると駆け寄ってきて、お兄ちゃん、って呼んで笑ってくれた。
俺と同じように病気でつらいはずなのに、それを感じさせることはないかのように。
もうあの笑顔を見ることはできないんだ。
そう思った瞬間、流奈が優しく包み込んでくれるようにギュッと抱き着いてくる。
ふわりと彼女の匂いが鼻先をかすめて、ドキリとするよりも今は安心した。
流奈の前で泣きたくなんかないのに、すべてを受け止めてくれる気がして涙腺が緩む。
口からは嗚咽が漏れて、しがみつくように腕を回して涙を流した。
「う、あぁ…っ」
日和ちゃんがいなくなって悲しくなると同時に、襲いくる死に怖くなった。
自分がいなくなること、それで大切な人を悲しませてしまうことが。
日和ちゃんのぶんまでなんて言えないし言わないけど、俺は死にたくない、まだ生きたい。
流奈はなにも言わずに抱きしめたまま。
もう時間もないことはわかっていて答えも出ているのに、それでも俺の気持ちを最優先にしてくれた。
本当はきっと臓器移植のことを伝えて、その準備も進めてほしいと思ってるはずなのに急かすことはなく。
「…っ流奈……俺、生きていいのかな…」
生きてダメなことなんてなにひとつない。
そう思うけど、日和ちゃんがいなくなったことで世界が前よりも冷たく感じてそう言っていた。
「あっくん、私のために生きて」
流奈はそれだけを言って、いつも俺がするみたいに軽くキスをしてきた。
想いを伝えるかのように触れて、それだけで俺が生きる意味がある気がした。
流奈が必要としてくれるなら俺は、なにがなんでも生き抜いてやる。
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