青春リフレクション

羽月咲羅

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第13章

人生が変わった日(2)

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「なにしてるの?」

 不意に聞き慣れない声がして振り向くと、見覚えのない男の子が立っていた。
 私より少し年下なのか、背の低い男の子だ。
 近くまでやってきて、透明感のある瞳でじっとまっすぐ見据えてくる。
 吸い込まれそうな瞳、その眼差しに身動きを封じ込められた。

「……別に。なにもしてない」

 そう言うしかできない自分。
 会ったばかりの子に、自分の気持ちを曝すようなことをする必要なんてない。

「ふうん? 死ぬのかと思った」

 その言葉にピクリと耳を動かすけどそれだけで、なにも言えなかった。
 そうできたら楽になれるかもしれないけど、いろいろ考えて結局なにもできず仕舞い。

 ――死にたい、消えたい、でも生きたい。

 毎日ぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたままあれもこれも頑張って、でも認めてもらえなくて。
 軽い気持ちで言ってないのに、私の気持ちはいつもないがしろにされる。
 理由らしいものがなくても、迷いの渦に飲み込まれてしまったらなかなか抜け出せない。
 その中でもがいて足掻いて、違うんだと叫んで葛藤を繰り返すだけ。
 彼はそれをすべてわかってくれる、気がした。


「ねえ、なまえは?」
「…流奈」
「ぼくは、あつき。同じだ」
「…? なにが?」
「ぼくの名前、月って字が入ってるの。〝ルナ〟も月って意味でしょ?」

 彼は楽しそうに「おそろいだ」なんて言って、にこやかに笑った。
 なにがそんな嬉しいのか、私は自分のこの名前が大嫌いなのに。

「はい、るーちゃんにあげる。お近づきのしるしね」

 ……る、るーちゃん?

 彼は人懐こい笑みを向けて包装されたチョコを私に差し出してきて、聞くタイミングを逃した。
 反射的に手を広げると、転がるようにしてキューブ型のチョコが落ちてきた。
 彼は笑ったまま、私が食べるのを待ち侘びるように見てくる。

「たべないの?」
「…でも、知らない子から物もらうなんて」
「ぷっ、あはは! そんなこと気にするなんて、まじめちゃんだね」
「………」
「でも、もう知らない人じゃないよ? 同じ月のなまえを持ったなかまでしょ?」

 それだけ、で?
 なにも知らない、なにもわからない、名前しか知らない者同士なのに?

 なのにどうしてか、それはすんなりと自分の中に入り込んできた。

「……君は食べないの?」

 そう聞くと「食べられないから」との返答があって、首を傾げた。

 食べられない? どうして?
 その疑問を口に出すより先に、彼はなんでもないことのように話した。
 ――自分の体のことを。

「ぼく、ココが悪いんだよね。しんぞう」

 彼は自分の胸を叩いてそう言って、「だから甘いものは食べられないんだ」と続けた。

 甘いものが食べられないって、どんななんだろう。
 ジュースもプリンもケーキも、世の中にはこんなにも糖分を使ったものが溢れているのに。
 食べたくても我慢するしかないって、食べられるものが限られているってどうなの?

「あ、そのチョコはおじいちゃんがくれたんだ。なにがよくてなにがダメなのかおじいちゃんは知らないから、ことわるのも悪いと思って」
「………」
「だから、るーちゃんが食べてくれると、ぼくもうれしいんだけどな」

 なによそれ、そんなことを言われたら食べるしかなくなるじゃない。

 見守るように見られながら、私はもらったチョコを口に放り込んだ。
 ふわっと口の中に甘い味が広がる。
 それを見て満足そうに笑う彼を見たら、食べてよかった、と思えた。
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