青春リフレクション

羽月咲羅

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第12章

臓器移植(2)

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「…臓器移植、か」

 一人にさせてほしいと両親に頼み、誰もいなくなった病室で俺はそう呟いた。

 どうすればいいのか、わからなくて。
 臓器移植をすると、なんの迷いも躊躇いもなく言えたら楽だった。
 それだけで両親は喜ぶし、見えないはずの未来を見ることができる。
 わかっているのに。

 ――流奈はなんて言うだろう。

 臓器提供者ドナーが見つかったと言ったら、それを喜んでくれる?
 いや、この世界は生きづらいと言っていた流奈だ、俺の気持ちを汲み取ってくれる気がする。
 生きたい、……でも迷う。
 そんな俺の心を流奈は、流奈だからこそきっとわかってくれるはずだ。


 俺はベッド脇に置いていたスマートフォンを手に取り、ほとんど無意識に流奈に電話をかけた。
 アプリでメッセージを送ることはあっても、電話をかけたことはなかった。
 まだ学校だとわかっているのに、彼女に助けを求めるようにそうしていた。

『はいはーい、あっくん?』

 数コールで電話に出た流奈は、いつもと変わらない様子でそう言った。
 声を聞いただけでどこか安心して、胸の奥にじわりとしたものが流れ込む。
 甘えたくて頼りたくて、流奈の声だけでそういう気持ちにさせられる。

「――臓器提供者ドナーが現れたんだ」

 一言、そう言った。

 この心のモヤモヤを口に出そうとして、でも流奈にとっては迷惑かもしれないと思うと言えなくて。
 縋って頼って甘えたくなる気持ちを押し殺して、ただそう言うのに精一杯だった。

 流奈……。
 俺はどうすればいい?
 どうしたらいい?
 なにをするのが一番のこと?
 わからない、だから助けて…。

 心の中のぐちゃぐちゃを抑え込むように唇を噛む。
 流奈は臓器移植のことを聞くと「…そっか」と言うだけで、よかった、とは言わなかった。
 それが俺が生きる道だとわかっているはずで、そのことを喜んでないはずがないのに。
 両親と同じで、臓器移植を受けてほしいと、生きてほしいと思ってるはずなのに。

『私、今からあっくんのところに行くね』
「えっ?」
『待ってて。すぐに行くから』
「…でも、学校じゃ――」
『あっくんのほうが大事だよ。あっくんが悩んでるなら、一緒に考えていきたいの』

 臓器移植ができると知って躊躇っていること、彼女には見透かされてる。
 電話をかけた意味もきっとわかっていて、だから俺が望むことをしてくれる。
 一人じゃどうすればいいかわからないことも気付いているから、一緒にいようとしてくれる。

『あっくん、一人で悩まなくていいからね』

 優しい言葉をかけられても、「…うん」と言うしかできなかった。




 ***


「あっくんはどうしたいの?」

 電話を終えてすぐに病室にやってきた流奈は、すぐ側の椅子に腰掛けてそう聞いた。
 俺は答えることができなくて、うつむいて目を伏せてしまった。

 生きたい、という気持ちは本物だ。
 今までやりたいことはたくさんあって、そのたびに我慢して諦めてきた。
 だからこそ、もし生きられたら――とやりたいことは数え切れないほどにある。
 あまりにもありすぎて、なにがやりたいかと聞かれたら迷ってしまうくらい。
 そんなふうに元気になった時のことを想像すると、ワクワクと楽しくなる。
 …いや、だけど。

「俺は生きたい。でも、本当に手術をしていいのかわからない」
「……どうして?」
臓器提供者ドナーは脳死した人だろ? 本当は生きたかったはずで、その家族も生きていてほしかったはずだ。亡くなるだけでも悲しいのに、体を傷つけて臓器移植なんて…」

 俺が断ったところで、他の人のところに意思確認の連絡がいく。
 それを思ったら、こんなことを考えても意味なんてないかもしれない。
 それでも、やっぱり俺は……。
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