青春リフレクション

羽月咲羅

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第11章

彼女のために(3)

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「なんか、久しぶりだな」

 流奈の誕生日の数日後、なんとか外出許可をもらって街中で買い物をしてから学校へと来た。
 本当はすぐに病院に戻ろうとしたけど、無性に学校に行きたくて。
 …いや違うか、流奈との場所に行きたくて、あそこに行けば彼女に会える気がしていたから。
 流奈は毎日来てくれているのに、それでもまだ会いたいと思うなんて。
 どれだけ会っても決して飽きることはなくて、そのたびに触れたくなる。
 とはいえ、流奈にキスをしたのはあの日だけだけど。


 学校はまだ授業の真っ只中。
 俺はと言えば入院中の身で、先生にでも見られたらなにか言われるかもしれない。
 そう思って、先生にバレないようにこっそりと学校に忍び込んであの場所に行った。

 そこには誰もいなくて、蛇口は完全に締められてないようでホースからはチョロチョロと水が出ていた。
 俺はゆっくりと蛇口を捻ると、ホースの手口をつまんで出てきた水を空に向けた。
 そこには虹ができて、まるで流奈へと繋がっているふうに見えた。



「……あっくん?」

 どれくらい経っただろう、その声が近くから聞こえて振り向くと流奈がいた。
 まさか俺がいると思わなかったのだろう、驚いたように目を丸くさせてまっすぐ俺を見つめていた。

 ――やっぱり来てくれた。

 保証があったわけじゃない、でも合図を出せば来てくれるような気がした。
 これは二人にしかわからないサイン、二人を繋ぐものだから。
 きっと流奈もそう思ってるはずで、だからこそこの場所も合図も大事にしたい。
 今だけじゃない、これからもずっと。
 だってここは流奈が虹を教えてくれた場所で、二人の時間を共有し、気持ちを紡いできた場所だから。
 始まりは違うところでも、ここも大事な場所であることに変わりはないから。

「…え、病院は?」
「外出許可もらったんだ。だから、病院に戻る前にここに来たくて」
「私に会いに来てくれたの?」

 素直にそうだと言えればいいのに、そうなかなか言えないのが俺で。
 俺は蛇口の水を止めて、流奈の問いかけに答える代わりにポケットから〝それ〟を差し出した。
 流奈は不思議そうにするだけで、すぐには受け取ろうとしない。

「遅くなったけど、誕生日プレゼント。まだあげてなかったから」

 誕生日を知ったからにはあげたくて、流奈のイトコはちゃんとプレゼントをあげてるのに俺があげてないのは嫌で。
 流奈が生を受けた大事な日だから、どうしてもお祝いしたくなったんだ。

「…もしかして、これを買うためにわざわざ外出許可もらって行ってくれたの?」
「俺がそうしたかったんだ。他でもない、流奈の誕生日だったから」
「え?」
「流奈と出会ったから生きたいって思えた。つまらないと思っていた毎日が流奈のおかげで楽しくなったから」

 流奈はなにも言わない。
 俺はラッピングされたそれを開けると、彼女の手首に着けてあげた。
 ラインストーンの輝きを放つ月をモチーフとしたブレスレットが手元でさりげなく光る。
 流奈みたいに繊細で可愛いそれは、彼女にとてもよく似合っていた。

「……可愛い」
「よく似合うよ。気に入った?」
「うん! でも、本当にいいの?」
「安物で悪いけど、流奈のために選んで買ったもんだから受け取って?」

 流奈はプレゼントをあげる人の気持ちを考えられると思うから、きっとどんなものでも喜んでくれる。
 値段なんて関係なく、それこそあげなくても誕生日のお祝いの言葉だけで満足するような子だ。
 そんな彼女だからなにかしたくて、俺がすることで笑ってほしかった。
 俺に、俺だけに向けられる笑顔が見たかった。

「それと、はい。これもあげる」

 割れないようにして持ってきたそれを流奈の手の上に乗せると、彼女の目が大きく見開いた。

「あっくん、これ…っ」

 その顔が見られただけでも、今日外出許可をもらった意味があった。
 流奈は手の中のものを割らないようにしながら握って、俺はニコリと微笑む。

 それは、桜貝だった。
 いつだったか流奈が欲しがっていて、でも見つからなかったもの。
 必要ないだろ、とは言ったけど、彼女が欲しがるものをあげたかった。
 いつも俺が欲しい言葉をくれる流奈のように、俺も彼女のためにできることがしたかった。
 こんなことしか思いつかなくて、もっと他にもしてあげられることがあればよかったのに。

「欲しいって言ってただろ?」
「…っうん」
「もっとたくさんあげられたらよかったんだけど、ひとつしか見つけられなくて……ごめんな?」

 くしゃりと頭を撫でて言うと、ぶんぶんとこれでもかと思うくらいに頭を左右に振る流奈。
 心配になるくらいに振るから、「振りすぎだから」と笑って止める。
 正直あげるまでは不安だったけど、喜んでくれているようでよかった。

「ありがとう……あっくん…」

 お礼を言うのは俺のほう。
 流奈の笑顔を見るだけで、まるで俺がプレゼントをもらった気になるんだから。
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