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第9章
離れる距離(2)
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「じゃあ、またなー」
聖也にああ言われても、俺は流奈に会いに行くことはせずにその日の授業を終えた。
クラスメイト達に挨拶をしてから教室を出て、階段を下りていく。
何度、彼女に会いに行きそうになったことか。
それでも先々のことを考えると、今は一緒にいるべきじゃない気がして。
一緒にいることで、流奈に甘えて頼って縋ってしまうかもしれないことが嫌だった。
彼女より年下とはいえ俺も男だ、頼られる存在でいたいから。
そんなことを考えながら下駄箱に行き、思わず隠れてしまった。
理由はひとつ、1年の下駄箱に寄り掛かるようにして流奈が立っていたから。
――流奈…。
本音を言えば、今すぐにでも飛び出して彼女に駆け寄りたい。
そしたらきっと満面の笑みを浮かべて、可愛らしい声で名前を呼んでくれる。
なんで来てくれなかったの、って、きっと流奈は不満そうに唇を尖らせる。
そしたら俺は、ごめんごめん、って笑って謝るのに、それさえも今はできない。
流奈が待ってるのはきっと、…いや絶対に俺だ。
ずっと会いに行かないから痺れを切らして、あんなふうに待っているんだ。
わかっているのに、頭ではちゃんと理解しているのに、足が動かない。
行かなきゃ、でもダメだ――自分の中でそんな葛藤を繰り返してばかり。
流奈を想っての行動が彼女を悲しませていることはわかっていても、今のままの俺じゃ会えない。
今まで自分がしてきた行動がどれだけ安易なのか、考えればわかったことなのに。
「麻井!」
流奈の名前を呼ぶ、市原先輩の声。
彼はいつも流奈を気に掛けて、流奈のことをちゃんと想っている。
俺がいなくても流奈を大事にしてくれる人がいる、その事実だけで安心した。
側にいられない寂しさや空虚感よりも、彼女の幸せのほうが大事だ。
俺なんかといるより先輩といるほうがきっと流奈は幸せになれるし、なにより未来がある。
「一緒に帰らない?」
「……なんで」
「麻井と帰りたいからに決まってるだろ。麻井は教室に来ないから滅多に会えないし。……あ、責めてるわけじゃなくて」
「………」
「だから、な? 今日だけ!」
頼み込んでまで一緒にいたいのか。
俺はそんなことをしてまで流奈に会いたいとか帰りたいとか思ったことは、きっとない。
そう思う暇もなく流奈はいつも当たり前のようにいて、まるで空気みたいだったから。
しばらく流奈はなにも言わない。
こっそり隠れている俺は、どうするのかと気が気でなかった。
先輩と流奈が二人で帰るところなんか本当は見たくないけど、今出ていくこともできない。
そんなことができるなら、流奈を避けたりなんか最初からしなかった。
生きたいと思ったから、だから流奈と会うのは今じゃないと思ったんだ。
なんの後ろめたさも死への恐怖や怯えも感じずに、流奈に会いたいと思ったから。
「……わかった、いいよ」
なのに、流奈がそう答えたことに多少の動揺と混乱と、そして拒絶が生まれた。
他の男と帰んなよ、なんて俺が言えた義理じゃないのに、流奈の隣に俺以外の男がいるというのが無性に腹立たしかった。
「じゃ、行こうか」
「……うん」
二人の距離感は近すぎず遠すぎず。
だけど、あと少し手を伸ばせば触れる距離で、彼がしようと思えば手を握られるし抱きしめられる。
そう考えるだけでムカムカするけど、俺にはなにもできない。
聖也にああ言われても、俺は流奈に会いに行くことはせずにその日の授業を終えた。
クラスメイト達に挨拶をしてから教室を出て、階段を下りていく。
何度、彼女に会いに行きそうになったことか。
それでも先々のことを考えると、今は一緒にいるべきじゃない気がして。
一緒にいることで、流奈に甘えて頼って縋ってしまうかもしれないことが嫌だった。
彼女より年下とはいえ俺も男だ、頼られる存在でいたいから。
そんなことを考えながら下駄箱に行き、思わず隠れてしまった。
理由はひとつ、1年の下駄箱に寄り掛かるようにして流奈が立っていたから。
――流奈…。
本音を言えば、今すぐにでも飛び出して彼女に駆け寄りたい。
そしたらきっと満面の笑みを浮かべて、可愛らしい声で名前を呼んでくれる。
なんで来てくれなかったの、って、きっと流奈は不満そうに唇を尖らせる。
そしたら俺は、ごめんごめん、って笑って謝るのに、それさえも今はできない。
流奈が待ってるのはきっと、…いや絶対に俺だ。
ずっと会いに行かないから痺れを切らして、あんなふうに待っているんだ。
わかっているのに、頭ではちゃんと理解しているのに、足が動かない。
行かなきゃ、でもダメだ――自分の中でそんな葛藤を繰り返してばかり。
流奈を想っての行動が彼女を悲しませていることはわかっていても、今のままの俺じゃ会えない。
今まで自分がしてきた行動がどれだけ安易なのか、考えればわかったことなのに。
「麻井!」
流奈の名前を呼ぶ、市原先輩の声。
彼はいつも流奈を気に掛けて、流奈のことをちゃんと想っている。
俺がいなくても流奈を大事にしてくれる人がいる、その事実だけで安心した。
側にいられない寂しさや空虚感よりも、彼女の幸せのほうが大事だ。
俺なんかといるより先輩といるほうがきっと流奈は幸せになれるし、なにより未来がある。
「一緒に帰らない?」
「……なんで」
「麻井と帰りたいからに決まってるだろ。麻井は教室に来ないから滅多に会えないし。……あ、責めてるわけじゃなくて」
「………」
「だから、な? 今日だけ!」
頼み込んでまで一緒にいたいのか。
俺はそんなことをしてまで流奈に会いたいとか帰りたいとか思ったことは、きっとない。
そう思う暇もなく流奈はいつも当たり前のようにいて、まるで空気みたいだったから。
しばらく流奈はなにも言わない。
こっそり隠れている俺は、どうするのかと気が気でなかった。
先輩と流奈が二人で帰るところなんか本当は見たくないけど、今出ていくこともできない。
そんなことができるなら、流奈を避けたりなんか最初からしなかった。
生きたいと思ったから、だから流奈と会うのは今じゃないと思ったんだ。
なんの後ろめたさも死への恐怖や怯えも感じずに、流奈に会いたいと思ったから。
「……わかった、いいよ」
なのに、流奈がそう答えたことに多少の動揺と混乱と、そして拒絶が生まれた。
他の男と帰んなよ、なんて俺が言えた義理じゃないのに、流奈の隣に俺以外の男がいるというのが無性に腹立たしかった。
「じゃ、行こうか」
「……うん」
二人の距離感は近すぎず遠すぎず。
だけど、あと少し手を伸ばせば触れる距離で、彼がしようと思えば手を握られるし抱きしめられる。
そう考えるだけでムカムカするけど、俺にはなにもできない。
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