青春リフレクション

羽月咲羅

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第8章

知られた病気(7)

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「…麻井は知ってんの?」

 俺の口から直接話したことはない。
 心臓が悪いことも余命があと少しだということも、大事なことはなにも。
 だけど流奈は、最初から俺の名前も体のことも知ってるふうな口ぶりだった。
 16歳までしか生きられないことも知っているからこそ、きっとああ言ったんだ。
 16歳の誕生日に一緒にいたい、お祝いしたい、と。

「――俺からは言ってないです」

 流奈が知っていても知らなくても、わざわざ自分から言うことじゃない。
 そのことを知ったところで、きっと流奈は同情したりはしないし腫れ物に触るような態度もしない。
 なにも変わらないように今までと同じふうに接してくれると思うし、それが有難くも思うしまた切なくもなる。

「なんで?」
「………」
「嫌な言い方するけどさ、臓器移植の話があるってことはそういうことだろ? 臓器提供者ドナーが見つからなかったら――」

 その先の言葉を彼は言わない。
 だけど、なにを言おうとしているのか、自分自身よくわかっている。

「それならなおさら、麻井と会って期待させるようなことはしないでくれるかな」

 ため息をひとつ吐いてから、先輩は眉尻を下げて、でも強い意思を持った口調でそう言った。

 父親が同じ薬を飲んでいた、と言ってたっけ。
 進行形じゃなく過去形、…その口ぶりから彼の父親が亡くなっただろうことは容易に想像がつく。
 父親が心臓病だったのなら、その怖さを彼は誰よりも理解している。
 だから、万が一のことが起きた場合、残された人がどんな想いを抱えるのか――。
 彼はわかっていて、だからこそ流奈のことを想ってこう言っている。

「一緒にいるってことは、少なからず君も麻井のことを想う気持ちがあるってことだろ? それが恋でもそうじゃなくても」

 俺は、麻井が傷ついたり泣いたりするのは見たくないんだ――先輩はそう続けて、訴えるような目で見据えた。
 流奈に傷ついてほしくないのは俺も同じだ。

「君は考えたことある? 残された人がどれだけ苦しむのか、一緒に過ごした時間さえも恨みたくなる気持ちとか」
「……いえ」
「その時その時にやれることをやったはずなのに、ああすればよかったって後悔するんだ。そして思うんだ。自分がやったことは正しかったのか、って」
「………」
「君は麻井にそんな想いをさせる気? 今ある思い出が彼女を苦しめるかもしれないのに?」

 俺は死にません――と、そう言いたい。
 だけど、生きられる可能性がゼロじゃなくても、それはきっとそんなに高くない。

 彼の言うように、流奈を悲しませて苦しめることにならないとも限らない。
 流奈にはいつも笑っていてほしいのに、俺が悲しませてどうする。
 万が一そうなった時、流奈を縛りつけるなんてこともしたくないしするべきじゃない。
 それを考えると、一緒にいることは間違いだった?
 もっと冷たく突き放して、同じ時間を共有するなんてしなければよかった?
 その時間を後悔はしていないのに、選択を間違えたかもしれないと思った。

「麻井のことを想うなら、もっと考えて」

 先輩は言いたいことを言うと、もう話はないとばかりに背中を向けて立ち去った。
 その後ろ姿を見て、俺は自分がしていたことがいかに軽率だったか思い知らされた気がした。
 余命宣告を受けたのは変えようのない事実としてあるのに、流奈との時間が楽しくて、その瞬間は忘れてしまっていた。
 なにをどうしたってこの体はこんなにも弱くて、終わりへと向かって動いているのに。

 ――あぁ、俺は流奈といたらいけないんだ。

 窓から見える空には、もうとっくに見慣れてしまったホースの水が打ち上げられていた。
 今日は虹が見えない。
 それが俺と流奈の〝これから〟を表しているような、未来はないと言われている気がした。


『虹があっくんと私を繋ぐ架け橋になるんだよ』

 いつかの流奈の言葉が蘇る。
 だけど、その虹が見えない今、二人を繋ぐ架け橋なんてものはない。
 …いや、もしかしたら、思い込んでいただけで最初からなかったのかもしれない。
 こんな命の期限が短い俺が誰かと繋がるなんて、あるはずがなかったんだ。

 流奈を悲しませないために俺ができることは、きっと離れることだけ。
 大丈夫、流奈と出会う前の俺に戻るだけ。
 当たり前に二人で過ごしていたあの場所での時間がなくなるだけ。
 なんてことないはずなのに、どうしてこんなにも切なくて苦しくて、やるせない気持ちになるんだ。
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