45 / 89
第8章
知られた病気(7)
しおりを挟む
「…麻井は知ってんの?」
俺の口から直接話したことはない。
心臓が悪いことも余命があと少しだということも、大事なことはなにも。
だけど流奈は、最初から俺の名前も体のことも知ってるふうな口ぶりだった。
16歳までしか生きられないことも知っているからこそ、きっとああ言ったんだ。
16歳の誕生日に一緒にいたい、お祝いしたい、と。
「――俺からは言ってないです」
流奈が知っていても知らなくても、わざわざ自分から言うことじゃない。
そのことを知ったところで、きっと流奈は同情したりはしないし腫れ物に触るような態度もしない。
なにも変わらないように今までと同じふうに接してくれると思うし、それが有難くも思うしまた切なくもなる。
「なんで?」
「………」
「嫌な言い方するけどさ、臓器移植の話があるってことはそういうことだろ? 臓器提供者が見つからなかったら――」
その先の言葉を彼は言わない。
だけど、なにを言おうとしているのか、自分自身よくわかっている。
「それならなおさら、麻井と会って期待させるようなことはしないでくれるかな」
ため息をひとつ吐いてから、先輩は眉尻を下げて、でも強い意思を持った口調でそう言った。
父親が同じ薬を飲んでいた、と言ってたっけ。
進行形じゃなく過去形、…その口ぶりから彼の父親が亡くなっただろうことは容易に想像がつく。
父親が心臓病だったのなら、その怖さを彼は誰よりも理解している。
だから、万が一のことが起きた場合、残された人がどんな想いを抱えるのか――。
彼はわかっていて、だからこそ流奈のことを想ってこう言っている。
「一緒にいるってことは、少なからず君も麻井のことを想う気持ちがあるってことだろ? それが恋でもそうじゃなくても」
俺は、麻井が傷ついたり泣いたりするのは見たくないんだ――先輩はそう続けて、訴えるような目で見据えた。
流奈に傷ついてほしくないのは俺も同じだ。
「君は考えたことある? 残された人がどれだけ苦しむのか、一緒に過ごした時間さえも恨みたくなる気持ちとか」
「……いえ」
「その時その時にやれることをやったはずなのに、ああすればよかったって後悔するんだ。そして思うんだ。自分がやったことは正しかったのか、って」
「………」
「君は麻井にそんな想いをさせる気? 今ある思い出が彼女を苦しめるかもしれないのに?」
俺は死にません――と、そう言いたい。
だけど、生きられる可能性がゼロじゃなくても、それはきっとそんなに高くない。
彼の言うように、流奈を悲しませて苦しめることにならないとも限らない。
流奈にはいつも笑っていてほしいのに、俺が悲しませてどうする。
万が一そうなった時、流奈を縛りつけるなんてこともしたくないしするべきじゃない。
それを考えると、一緒にいることは間違いだった?
もっと冷たく突き放して、同じ時間を共有するなんてしなければよかった?
その時間を後悔はしていないのに、選択を間違えたかもしれないと思った。
「麻井のことを想うなら、もっと考えて」
先輩は言いたいことを言うと、もう話はないとばかりに背中を向けて立ち去った。
その後ろ姿を見て、俺は自分がしていたことがいかに軽率だったか思い知らされた気がした。
余命宣告を受けたのは変えようのない事実としてあるのに、流奈との時間が楽しくて、その瞬間は忘れてしまっていた。
なにをどうしたってこの体はこんなにも弱くて、終わりへと向かって動いているのに。
――あぁ、俺は流奈といたらいけないんだ。
窓から見える空には、もうとっくに見慣れてしまったホースの水が打ち上げられていた。
今日は虹が見えない。
それが俺と流奈の〝これから〟を表しているような、未来はないと言われている気がした。
『虹があっくんと私を繋ぐ架け橋になるんだよ』
いつかの流奈の言葉が蘇る。
だけど、その虹が見えない今、二人を繋ぐ架け橋なんてものはない。
…いや、もしかしたら、思い込んでいただけで最初からなかったのかもしれない。
こんな命の期限が短い俺が誰かと繋がるなんて、あるはずがなかったんだ。
流奈を悲しませないために俺ができることは、きっと離れることだけ。
大丈夫、流奈と出会う前の俺に戻るだけ。
当たり前に二人で過ごしていたあの場所での時間がなくなるだけ。
なんてことないはずなのに、どうしてこんなにも切なくて苦しくて、やるせない気持ちになるんだ。
俺の口から直接話したことはない。
心臓が悪いことも余命があと少しだということも、大事なことはなにも。
だけど流奈は、最初から俺の名前も体のことも知ってるふうな口ぶりだった。
16歳までしか生きられないことも知っているからこそ、きっとああ言ったんだ。
16歳の誕生日に一緒にいたい、お祝いしたい、と。
「――俺からは言ってないです」
流奈が知っていても知らなくても、わざわざ自分から言うことじゃない。
そのことを知ったところで、きっと流奈は同情したりはしないし腫れ物に触るような態度もしない。
なにも変わらないように今までと同じふうに接してくれると思うし、それが有難くも思うしまた切なくもなる。
「なんで?」
「………」
「嫌な言い方するけどさ、臓器移植の話があるってことはそういうことだろ? 臓器提供者が見つからなかったら――」
その先の言葉を彼は言わない。
だけど、なにを言おうとしているのか、自分自身よくわかっている。
「それならなおさら、麻井と会って期待させるようなことはしないでくれるかな」
ため息をひとつ吐いてから、先輩は眉尻を下げて、でも強い意思を持った口調でそう言った。
父親が同じ薬を飲んでいた、と言ってたっけ。
進行形じゃなく過去形、…その口ぶりから彼の父親が亡くなっただろうことは容易に想像がつく。
父親が心臓病だったのなら、その怖さを彼は誰よりも理解している。
だから、万が一のことが起きた場合、残された人がどんな想いを抱えるのか――。
彼はわかっていて、だからこそ流奈のことを想ってこう言っている。
「一緒にいるってことは、少なからず君も麻井のことを想う気持ちがあるってことだろ? それが恋でもそうじゃなくても」
俺は、麻井が傷ついたり泣いたりするのは見たくないんだ――先輩はそう続けて、訴えるような目で見据えた。
流奈に傷ついてほしくないのは俺も同じだ。
「君は考えたことある? 残された人がどれだけ苦しむのか、一緒に過ごした時間さえも恨みたくなる気持ちとか」
「……いえ」
「その時その時にやれることをやったはずなのに、ああすればよかったって後悔するんだ。そして思うんだ。自分がやったことは正しかったのか、って」
「………」
「君は麻井にそんな想いをさせる気? 今ある思い出が彼女を苦しめるかもしれないのに?」
俺は死にません――と、そう言いたい。
だけど、生きられる可能性がゼロじゃなくても、それはきっとそんなに高くない。
彼の言うように、流奈を悲しませて苦しめることにならないとも限らない。
流奈にはいつも笑っていてほしいのに、俺が悲しませてどうする。
万が一そうなった時、流奈を縛りつけるなんてこともしたくないしするべきじゃない。
それを考えると、一緒にいることは間違いだった?
もっと冷たく突き放して、同じ時間を共有するなんてしなければよかった?
その時間を後悔はしていないのに、選択を間違えたかもしれないと思った。
「麻井のことを想うなら、もっと考えて」
先輩は言いたいことを言うと、もう話はないとばかりに背中を向けて立ち去った。
その後ろ姿を見て、俺は自分がしていたことがいかに軽率だったか思い知らされた気がした。
余命宣告を受けたのは変えようのない事実としてあるのに、流奈との時間が楽しくて、その瞬間は忘れてしまっていた。
なにをどうしたってこの体はこんなにも弱くて、終わりへと向かって動いているのに。
――あぁ、俺は流奈といたらいけないんだ。
窓から見える空には、もうとっくに見慣れてしまったホースの水が打ち上げられていた。
今日は虹が見えない。
それが俺と流奈の〝これから〟を表しているような、未来はないと言われている気がした。
『虹があっくんと私を繋ぐ架け橋になるんだよ』
いつかの流奈の言葉が蘇る。
だけど、その虹が見えない今、二人を繋ぐ架け橋なんてものはない。
…いや、もしかしたら、思い込んでいただけで最初からなかったのかもしれない。
こんな命の期限が短い俺が誰かと繋がるなんて、あるはずがなかったんだ。
流奈を悲しませないために俺ができることは、きっと離れることだけ。
大丈夫、流奈と出会う前の俺に戻るだけ。
当たり前に二人で過ごしていたあの場所での時間がなくなるだけ。
なんてことないはずなのに、どうしてこんなにも切なくて苦しくて、やるせない気持ちになるんだ。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
片翼のエール
乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」
高校総体テニス競技個人決勝。
大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。
技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。
それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。
そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。
久野市さんは忍びたい
白い彗星
青春
一人暮らしの瀬戸原 木葉の下に現れた女の子。忍びの家系である久野市 忍はある使命のため、木葉と一緒に暮らすことに。同年代の女子との生活に戸惑う木葉だが……?
木葉を「主様」と慕う忍は、しかし現代生活に慣れておらず、結局木葉が忍の世話をすることに?
日常やトラブルを乗り越え、お互いに生活していく中で、二人の中でその関係性に変化が生まれていく。
「胸がぽかぽかする……この気持ちは、いったいなんでしょう」
これは使命感? それとも……
現代世界に現れた古き忍びくノ一は、果たして己の使命をまっとうできるのか!?
木葉の周囲の人々とも徐々に関わりを持っていく……ドタバタ生活が始まる!
小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる