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第8章
知られた病気(4)
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病院をあとにしても、先生が言っていた言葉が頭にこびりついて離れなかった。
『頑張るのは君だ。臓器移植をするのかしないのか決めるのもね』
先生はそうとも言った。
するか、しないか――とてもじゃないけどすぐには答えが出せない。
両親が俺のことを想ってくれているように、臓器提供者にもそういう人がいる。
脳死の診断を受けて、たくさん悲しんで泣いて、その現実をすぐに受け入れられなかったと思う。
きっと様々な気持ちを抱えて、臓器提供という決断をしたはずだ。
それを考えると、もし臓器提供者が見つかっても素直に喜べない気がする。
命を受け継ぐなんて、この自分にちゃんとできるのかも不安で仕方ない。
だけど、流奈を悲しませたくない。
俺が生きたいと思えたのは、その気持ちが自分の中にあったからだ。
流奈のため?
…いや違う、流奈のためが自分のためだからだ。
流奈が泣くのは嫌だし、流奈が笑ってくれると俺も嬉しくなるから。
「あー、会いてぇな」
なんだか無性に流奈に会いたい。
答えを出してくれると期待したわけじゃない、ただ彼女の笑顔が見たかった。
あっくん、って呼んで笑ってくれたら、自分の中でモヤモヤしたものが消える気がした。
最初は変なヤツだと思ったのに、今じゃもういないのが落ち着かない。
側にいてくれることが、当たり前になりすぎて。
そう思うほど流奈はいつも側にいて、俺が嫌だと言ってもなにをしてもきっとそうしてくれる。
俺のなにがそんなにいいのかわからないけど、彼女の存在に確かに救われていた。
***
遅れて学校に行って、いつもの場所で流奈を呼び出そうか考えた。
でも、すぐに会いたい気持ちが先行して、彼女がいるという相談室へと足が向かう。
こんなことなら、連絡先くらい聞けばよかった。
電話は好きじゃない、と言う流奈の言葉を無視してでも聞き出せばよかった。
そしたらすぐに電話して、会うことができなくても声が聞ける。
ホースの水を出さなくても、会う約束を取りつけることだってできる。
ずっとなにも問題はなかったけど、今になって連絡先の交換をしてないことを後悔した。
きっと最初から、流奈の連絡先を知りたい、繋がっていたいと思っていたのに。
「……あ」
相談室に向かおうとして、ふと視線を移した窓から水が空に上げられているのが見えた。
流奈の、合図。
俺が会いたいと思うように、彼女もまた同じふうに思ってくれている。
それだけで頬が緩んで、駆け足になるのを抑えてその場所へと向かおうと足を向けた。
学年の違う俺達が学校で気兼ねなく会えるのは、あそこだけだった。
連絡先も知らないから、二人にしかわからない方法でお互いを呼び合って時間を共にしようとした。
その時間はなによりも特別で、二人だけの時間はとても尊いもののように思えた。
今日もそう、……そうするはずだった。
『頑張るのは君だ。臓器移植をするのかしないのか決めるのもね』
先生はそうとも言った。
するか、しないか――とてもじゃないけどすぐには答えが出せない。
両親が俺のことを想ってくれているように、臓器提供者にもそういう人がいる。
脳死の診断を受けて、たくさん悲しんで泣いて、その現実をすぐに受け入れられなかったと思う。
きっと様々な気持ちを抱えて、臓器提供という決断をしたはずだ。
それを考えると、もし臓器提供者が見つかっても素直に喜べない気がする。
命を受け継ぐなんて、この自分にちゃんとできるのかも不安で仕方ない。
だけど、流奈を悲しませたくない。
俺が生きたいと思えたのは、その気持ちが自分の中にあったからだ。
流奈のため?
…いや違う、流奈のためが自分のためだからだ。
流奈が泣くのは嫌だし、流奈が笑ってくれると俺も嬉しくなるから。
「あー、会いてぇな」
なんだか無性に流奈に会いたい。
答えを出してくれると期待したわけじゃない、ただ彼女の笑顔が見たかった。
あっくん、って呼んで笑ってくれたら、自分の中でモヤモヤしたものが消える気がした。
最初は変なヤツだと思ったのに、今じゃもういないのが落ち着かない。
側にいてくれることが、当たり前になりすぎて。
そう思うほど流奈はいつも側にいて、俺が嫌だと言ってもなにをしてもきっとそうしてくれる。
俺のなにがそんなにいいのかわからないけど、彼女の存在に確かに救われていた。
***
遅れて学校に行って、いつもの場所で流奈を呼び出そうか考えた。
でも、すぐに会いたい気持ちが先行して、彼女がいるという相談室へと足が向かう。
こんなことなら、連絡先くらい聞けばよかった。
電話は好きじゃない、と言う流奈の言葉を無視してでも聞き出せばよかった。
そしたらすぐに電話して、会うことができなくても声が聞ける。
ホースの水を出さなくても、会う約束を取りつけることだってできる。
ずっとなにも問題はなかったけど、今になって連絡先の交換をしてないことを後悔した。
きっと最初から、流奈の連絡先を知りたい、繋がっていたいと思っていたのに。
「……あ」
相談室に向かおうとして、ふと視線を移した窓から水が空に上げられているのが見えた。
流奈の、合図。
俺が会いたいと思うように、彼女もまた同じふうに思ってくれている。
それだけで頬が緩んで、駆け足になるのを抑えてその場所へと向かおうと足を向けた。
学年の違う俺達が学校で気兼ねなく会えるのは、あそこだけだった。
連絡先も知らないから、二人にしかわからない方法でお互いを呼び合って時間を共にしようとした。
その時間はなによりも特別で、二人だけの時間はとても尊いもののように思えた。
今日もそう、……そうするはずだった。
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