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第6章
初めてのデート(2)
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その時間が数秒、数分、どれだけかわからない。
ただ一人で空を見上げる、来るかどうかもわからない相手を待つ時間。
それはとても長く感じて、流奈はいつもこんな中で待っててくれていたんだと知った。
いるのが当たり前――少しでもそう思っていた自分をバカだと、心の中で罵った。
「あっくーんっ!!」
パタパタと響く上靴の音と、いつもと変わらない無邪気な声。
それが耳に届いただけで嬉しくなって、自分でもわかるくらい頬が緩んだ。
――よかった、来てくれて。
「あっくんから呼んでくれたの初めてだから、走って来ちゃった!」
肩で息を切らす流奈の顔は少し上気していて、いつもより色っぽく見えた。
来てくれたことが嬉しいのに、素直じゃない俺はすぐに言うことができない。
会いたかった――なんて、そんなことは今まで一度も言ったことがないから余計に。
言えば流奈はきっと喜んでくれると思うのに、それが無性に照れくさくて。
たったの一言がこんなにも難しく、そしてこんなにも重みを持つなんて。
「……よく見えたな」
もっと感情を表に出すことができればいいのに、なんでもないふうを装う。
初めて自分からこんなことをして流奈に会おうとしていたというのに。
「相談室からじゃ見えなかったよ」
「え……じゃあ、なんで…」
「私もね、ここに来ようとしてるところだったの。そしたら虹が見えて、絶対にあっくんだって思ったんだ」
流奈は笑って、「二人だけの秘密の場所だからね」と続けた。
他の人が知らないことを俺にだけ見せてくれた、それだけの事実に浮かれた。
自然と口元を緩めると、ふふっ、と彼女もまた可愛い笑みを浮かべた。
「あっくん、なにかあった?」
今まで何度もここで会ったけど、自分から流奈を呼び出したことはない。
それこそ今日が初めてで、だから流奈がそう聞いてくるのも当然といえば当然のこと。
でも、つらいとか苦しいとか一人になりたくないとか、そういう理由で俺は彼女を呼んだんじゃない。
そうじゃなくて、俺はただ。
「……別になにもない。会いたくなっただけだ」
「えっ?」
「毎日のように会ってたら気になるだろ、今日は会わないのかって」
「私に会いたかったの?」
「…わ、悪いかよ」
自分で言って恥ずかしくなって流奈と視線を合わせるのも躊躇って、ふいっと逸らした。
彼女のほうを見ないように、俺はわざとらしく空に架かる虹を見つめた。
でも、流奈の視線を感じて、とにかく落ち着かなくてそわそわした。
「――悪くないよ」
いきなり抱き着かれたことに驚いて倒れ込み、その拍子に手元が狂った。
あっ、と思った時にはもう遅くて、ホースの水が思いきり掛かってしまった。
前にも同じことがあったな、違うことと言えば二人して水が掛かってることくらい。
――いや、どうすんだよこれ、濡れちゃったじゃねえかよ。
地面に落ちたホースからはいまだに水が出ていて、髪からはポタポタと水が滴る。
それは流奈も一緒で、子犬みたいな瞳を丸くさせてパチパチと瞬きをしていた。
予想もしなかったことに、今の現状に頭が追いつくまで少しの時間を要した。
そして、一瞬の間の後。
「ぷっ、あはは!」
流奈は吹き出すように笑い、濡れてるにもかかわらず楽しそうだった。
その笑顔を見ているとどうでもよくなって、気付いたら俺も笑っていた。
みんなと同じなんだと思うようにいつも無理やり笑うけど、流奈といる時だけは違う。
気付いたら笑ってる自分がいて、流奈のことを考えるだけで心が安らいだ。
なぜか、流奈だけ。
彼女といる時だけは自然体の、素の自分でいられるような気がした。
「笑い事じゃなくて、どうすんだよ」
「あはは、どうしよ」
「いや、そんな他人事みたいに」
「まあいいんじゃない? こういうのも、なんか楽しくない?」
確かに楽しい。
でもそれはきっと、こういうバカみたいなことをしているからじゃなくて、流奈と一緒だからそう思うんだ。
なにをするか、じゃない、誰とするか――それが大事なことなのかもしれない。
流奈が笑ってくれるから俺も楽しい、……多分そういうことだ。
同じことをしても、これがもし一人だったらそんなふうにはきっと思わなかった。
「ねえ、サボろっか?」
「え?」
「だって濡れちゃったし。体操服に着替えてまで授業受けたくないでしょ?」
「それはまあ、確かに」
そこまでひどくないとはいえ、こんな格好で授業を受けられるわけがない。
かといって体操服に着替えるのも面倒だし、一人だけそんな格好をしていたら目立つ。
好奇の視線で見られるのは他と違うと言われてるようで、それがどんな理由でも嫌だ。
どうせ定期的に嘘をついてサボってるんだ、今さらそれが増えたところでなんとも思わない。
「だから――私と、デートしませんか」
いつもと違ったふうに、改まった口調で誘われる。
じっと向けてくる視線は真剣そのもので、その表情が可愛く見えて、ふっ、と笑みが溢れた。
「いいよ、仕方ないから付き合ってやる」
素直じゃない言い方をしながらも、本当は流奈と出掛けるのは全然嫌じゃない。
病院の定期検診とかじゃなく、たいした理由もなくサボるのは初めてのこと。
こんなの、まるで普通のどこにでもいる高校生みたいだ。
ただ一人で空を見上げる、来るかどうかもわからない相手を待つ時間。
それはとても長く感じて、流奈はいつもこんな中で待っててくれていたんだと知った。
いるのが当たり前――少しでもそう思っていた自分をバカだと、心の中で罵った。
「あっくーんっ!!」
パタパタと響く上靴の音と、いつもと変わらない無邪気な声。
それが耳に届いただけで嬉しくなって、自分でもわかるくらい頬が緩んだ。
――よかった、来てくれて。
「あっくんから呼んでくれたの初めてだから、走って来ちゃった!」
肩で息を切らす流奈の顔は少し上気していて、いつもより色っぽく見えた。
来てくれたことが嬉しいのに、素直じゃない俺はすぐに言うことができない。
会いたかった――なんて、そんなことは今まで一度も言ったことがないから余計に。
言えば流奈はきっと喜んでくれると思うのに、それが無性に照れくさくて。
たったの一言がこんなにも難しく、そしてこんなにも重みを持つなんて。
「……よく見えたな」
もっと感情を表に出すことができればいいのに、なんでもないふうを装う。
初めて自分からこんなことをして流奈に会おうとしていたというのに。
「相談室からじゃ見えなかったよ」
「え……じゃあ、なんで…」
「私もね、ここに来ようとしてるところだったの。そしたら虹が見えて、絶対にあっくんだって思ったんだ」
流奈は笑って、「二人だけの秘密の場所だからね」と続けた。
他の人が知らないことを俺にだけ見せてくれた、それだけの事実に浮かれた。
自然と口元を緩めると、ふふっ、と彼女もまた可愛い笑みを浮かべた。
「あっくん、なにかあった?」
今まで何度もここで会ったけど、自分から流奈を呼び出したことはない。
それこそ今日が初めてで、だから流奈がそう聞いてくるのも当然といえば当然のこと。
でも、つらいとか苦しいとか一人になりたくないとか、そういう理由で俺は彼女を呼んだんじゃない。
そうじゃなくて、俺はただ。
「……別になにもない。会いたくなっただけだ」
「えっ?」
「毎日のように会ってたら気になるだろ、今日は会わないのかって」
「私に会いたかったの?」
「…わ、悪いかよ」
自分で言って恥ずかしくなって流奈と視線を合わせるのも躊躇って、ふいっと逸らした。
彼女のほうを見ないように、俺はわざとらしく空に架かる虹を見つめた。
でも、流奈の視線を感じて、とにかく落ち着かなくてそわそわした。
「――悪くないよ」
いきなり抱き着かれたことに驚いて倒れ込み、その拍子に手元が狂った。
あっ、と思った時にはもう遅くて、ホースの水が思いきり掛かってしまった。
前にも同じことがあったな、違うことと言えば二人して水が掛かってることくらい。
――いや、どうすんだよこれ、濡れちゃったじゃねえかよ。
地面に落ちたホースからはいまだに水が出ていて、髪からはポタポタと水が滴る。
それは流奈も一緒で、子犬みたいな瞳を丸くさせてパチパチと瞬きをしていた。
予想もしなかったことに、今の現状に頭が追いつくまで少しの時間を要した。
そして、一瞬の間の後。
「ぷっ、あはは!」
流奈は吹き出すように笑い、濡れてるにもかかわらず楽しそうだった。
その笑顔を見ているとどうでもよくなって、気付いたら俺も笑っていた。
みんなと同じなんだと思うようにいつも無理やり笑うけど、流奈といる時だけは違う。
気付いたら笑ってる自分がいて、流奈のことを考えるだけで心が安らいだ。
なぜか、流奈だけ。
彼女といる時だけは自然体の、素の自分でいられるような気がした。
「笑い事じゃなくて、どうすんだよ」
「あはは、どうしよ」
「いや、そんな他人事みたいに」
「まあいいんじゃない? こういうのも、なんか楽しくない?」
確かに楽しい。
でもそれはきっと、こういうバカみたいなことをしているからじゃなくて、流奈と一緒だからそう思うんだ。
なにをするか、じゃない、誰とするか――それが大事なことなのかもしれない。
流奈が笑ってくれるから俺も楽しい、……多分そういうことだ。
同じことをしても、これがもし一人だったらそんなふうにはきっと思わなかった。
「ねえ、サボろっか?」
「え?」
「だって濡れちゃったし。体操服に着替えてまで授業受けたくないでしょ?」
「それはまあ、確かに」
そこまでひどくないとはいえ、こんな格好で授業を受けられるわけがない。
かといって体操服に着替えるのも面倒だし、一人だけそんな格好をしていたら目立つ。
好奇の視線で見られるのは他と違うと言われてるようで、それがどんな理由でも嫌だ。
どうせ定期的に嘘をついてサボってるんだ、今さらそれが増えたところでなんとも思わない。
「だから――私と、デートしませんか」
いつもと違ったふうに、改まった口調で誘われる。
じっと向けてくる視線は真剣そのもので、その表情が可愛く見えて、ふっ、と笑みが溢れた。
「いいよ、仕方ないから付き合ってやる」
素直じゃない言い方をしながらも、本当は流奈と出掛けるのは全然嫌じゃない。
病院の定期検診とかじゃなく、たいした理由もなくサボるのは初めてのこと。
こんなの、まるで普通のどこにでもいる高校生みたいだ。
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