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第5章
小さな嫉妬(6)
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「……信じた先になにがある?」
学校で仲良くしてる友達にすら体のことは言えなくて、信じてるかと言ったらそうでもなくて、どこかで一線を引いているのは確か。
信じたくないわけじゃない、信じるのが怖くて臆病になってるだけ。
体のことを知ったら面倒だとばかりにどうせ離れていくんだと、そういう思い込みが先行する。
素直に信じられたら楽なのに、……できない。
大丈夫だと思って信じて、もし離れていったら、一人になってしまったら。
誰もいなくてもいいなんて無理で、一人で生きていくことには限度がある。
人といるから楽しさも喜びも味わえて、人を求めているから寂しさや悲しさを感じる。
「なにもないだろ。信じても信じなくても、俺のこれからは変わらない」
信じることで報われることがあるなら、友達も先生もみんなを信じればいい。
だけど、そんな保証なんてない。
それなら本心は奥底に隠したままで、表面的にだけ接していればいい。
「あっくんは素直じゃないね。本当は誰よりも信じたいって思ってるくせに」
すべてを見透かすような瞳でそう言われて、なにも言うことができない。
信じたい――そんな気持ち、とっくに忘れてしまったものだ。
これからもそれは変わらないし信じたいと思える人もいない、……ずっと。
「ねえ、そんなに怖い? どうして? 自分がいなくなるかもしれないから?」
言葉に詰まる。
流奈に話したことはないのに、彼女は最初から俺の体のことを知っている。
なんで知ってるんだ――そう問うように見つめても、流奈はその答えをくれない。
仮に問い質したとしても、うまく誤魔化されて躱されてしまうような気がする。
「あっくんがもしいなくなったとしても、あっくんがいた証はちゃんと残る。誰かの中に、私の中にあっくんはい続ける。――だから、怖がらないで」
流奈はまっすぐにそう言って、俺の頬にそっと軽く手を添えた。
それは柔らかくて温かくて、彼女と同じで優しさが詰まっているようだった。
ただ触れられているだけ、見つめられているだけ。
なのに、彼女から目が逸らせなくて、強く深く引き寄せられる。
心臓が落ち着きなく激しく脈を打つものの、それが苦痛じゃない。
「あっくん、……信じて」
縋るような言葉。
目の前の流奈はいつもまっすぐで、こっちの都合なんかお構いなしで、でもそういう彼女だから信じてもいいのかもしれないって思った。
他の誰かじゃ無理でも流奈なら、って、そう思いたくなる。
ここで、わかった、と言うだけなら簡単だ。
でも、流奈のことを完全に信じきれていないのに、表面だけの言葉でそんなことは言えない。
どれだけ信じたいって、信じてもいいかもしれないって思ったとしても。
仮にこの場をやり過ごしたとしても、それは彼女に対して失礼な気がする。
信じる――その言葉がどれだけの重みを持つのか、流奈はきっとわかっているから。
「流奈が信じさせてみろよ」
本当は俺だって信じたいんだ。
無条件で信じられる人、頼って甘えることができる人が欲しい。
両親に言えないことも相談できるような、一人で抱え込まずに済むような。
多くは望まない、たった一人でもいい。
そういう人がいてくれたら、残された人生ももっと違うふうに見えるかもしれない。
適当に息をしてるだけじゃなく、楽しい、幸せだって笑えるかもしれない。
――そう、なりたい。
そしたら毎日がもっと充実して、生きている意味があるような気がする。
「わかった。絶対にそうさせる」
流奈は触れた手を離すと、ぴょんと跳ねるように立ち上がり、自信満々に言い切った。
「覚悟しろよっ!」
手を鉄砲の形にして俺のほうに向け、バンッ、と打つような仕草をして流奈はそう言った。
自然と口から笑みが漏れる。
流奈がなんの迷いもなくまっすぐにそう言ったのがなんだかおかしくて、でも嬉しくて。
誰かを信じることでなにかが変わるのなら、それは流奈がいい――そう思った。
そう思う時点で、心の奥底ではもう既に彼女のことを信じる気持ちがあったのかもしれない。
ただ、自分で気付いていないだけで。
だって流奈にはいつも嘘がなく、どこまでも純粋で無邪気で素直で、まっすぐ迷いなく俺のことを想ってくれているのがわかるから。
そういう彼女を信じない選択肢なんて、きっと最初からなかったんだ。
「楽しみにしてる」
俺はすっと立ち上がると流奈に近づき、彼女の頭をくしゃりと撫でた。
髪の感触やシャンプーの匂いを感じて反応するのを気にしないようにして。
「うんっ! 頑張るから!」
流奈は無邪気に笑顔を振り撒きながら言って、ギュッと腕を絡めてくる。
微かに当たる彼女の胸の膨らみにドギマギするものの抵抗できず、顔を赤くさせるだけだった。
その顔を見て、ふふっ、と流奈はまたからかうように可愛らしく微笑む。
俺が女に慣れてないってことはきっともうわかってるはずなのにこんなことをしてくるなんて、本当にやることがズルいんだよ、流奈は。
「か、帰るぞ」
くっつかれているのがもう限界になって、顔を赤らめたまま流奈を腕から引き離した。
案の定、彼女は不満そうな顔で、小さい子供みたいに頬を膨らませた。
でも、腕を離した代わりに手を繋いでやると、驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。
つい勢いで繋いでしまったけど、そのせいで自分の手汗がひどい気がする。
流奈は特に気にしたふうもなくニコニコ笑っているけど、もう気が気でない。
今さら手を離して手汗を拭くのもなんだかカッコ悪い気がして、結局このまま。
こんなふうに女の子と手を繋ぐのなんて子供の頃以来で、ドキドキドキドキ、心臓がうるさすぎる。
でも、それが嫌でもなくて、ずっとこうしていたいような気にもなる。
「あっくん」
そう名前を呼ばれて、ほんの少しだけ流奈の手に力が込められる。
彼女はほんの少し背伸びをすると、俺の耳元で囁くような声で――言った。
「手、絶対に離さないでね」
あまりにも近い距離に、鼻をかすめる匂いに更にドキドキしてどうしようもなかった。
触れた手も微かに当たる体も柔らかくて、自分とは違う女の子なんだと改めて思わされた。
その時に見た流奈は、子供らしさの残る顔で心の奥底にまで響くように柔らかく笑っていた。
学校で仲良くしてる友達にすら体のことは言えなくて、信じてるかと言ったらそうでもなくて、どこかで一線を引いているのは確か。
信じたくないわけじゃない、信じるのが怖くて臆病になってるだけ。
体のことを知ったら面倒だとばかりにどうせ離れていくんだと、そういう思い込みが先行する。
素直に信じられたら楽なのに、……できない。
大丈夫だと思って信じて、もし離れていったら、一人になってしまったら。
誰もいなくてもいいなんて無理で、一人で生きていくことには限度がある。
人といるから楽しさも喜びも味わえて、人を求めているから寂しさや悲しさを感じる。
「なにもないだろ。信じても信じなくても、俺のこれからは変わらない」
信じることで報われることがあるなら、友達も先生もみんなを信じればいい。
だけど、そんな保証なんてない。
それなら本心は奥底に隠したままで、表面的にだけ接していればいい。
「あっくんは素直じゃないね。本当は誰よりも信じたいって思ってるくせに」
すべてを見透かすような瞳でそう言われて、なにも言うことができない。
信じたい――そんな気持ち、とっくに忘れてしまったものだ。
これからもそれは変わらないし信じたいと思える人もいない、……ずっと。
「ねえ、そんなに怖い? どうして? 自分がいなくなるかもしれないから?」
言葉に詰まる。
流奈に話したことはないのに、彼女は最初から俺の体のことを知っている。
なんで知ってるんだ――そう問うように見つめても、流奈はその答えをくれない。
仮に問い質したとしても、うまく誤魔化されて躱されてしまうような気がする。
「あっくんがもしいなくなったとしても、あっくんがいた証はちゃんと残る。誰かの中に、私の中にあっくんはい続ける。――だから、怖がらないで」
流奈はまっすぐにそう言って、俺の頬にそっと軽く手を添えた。
それは柔らかくて温かくて、彼女と同じで優しさが詰まっているようだった。
ただ触れられているだけ、見つめられているだけ。
なのに、彼女から目が逸らせなくて、強く深く引き寄せられる。
心臓が落ち着きなく激しく脈を打つものの、それが苦痛じゃない。
「あっくん、……信じて」
縋るような言葉。
目の前の流奈はいつもまっすぐで、こっちの都合なんかお構いなしで、でもそういう彼女だから信じてもいいのかもしれないって思った。
他の誰かじゃ無理でも流奈なら、って、そう思いたくなる。
ここで、わかった、と言うだけなら簡単だ。
でも、流奈のことを完全に信じきれていないのに、表面だけの言葉でそんなことは言えない。
どれだけ信じたいって、信じてもいいかもしれないって思ったとしても。
仮にこの場をやり過ごしたとしても、それは彼女に対して失礼な気がする。
信じる――その言葉がどれだけの重みを持つのか、流奈はきっとわかっているから。
「流奈が信じさせてみろよ」
本当は俺だって信じたいんだ。
無条件で信じられる人、頼って甘えることができる人が欲しい。
両親に言えないことも相談できるような、一人で抱え込まずに済むような。
多くは望まない、たった一人でもいい。
そういう人がいてくれたら、残された人生ももっと違うふうに見えるかもしれない。
適当に息をしてるだけじゃなく、楽しい、幸せだって笑えるかもしれない。
――そう、なりたい。
そしたら毎日がもっと充実して、生きている意味があるような気がする。
「わかった。絶対にそうさせる」
流奈は触れた手を離すと、ぴょんと跳ねるように立ち上がり、自信満々に言い切った。
「覚悟しろよっ!」
手を鉄砲の形にして俺のほうに向け、バンッ、と打つような仕草をして流奈はそう言った。
自然と口から笑みが漏れる。
流奈がなんの迷いもなくまっすぐにそう言ったのがなんだかおかしくて、でも嬉しくて。
誰かを信じることでなにかが変わるのなら、それは流奈がいい――そう思った。
そう思う時点で、心の奥底ではもう既に彼女のことを信じる気持ちがあったのかもしれない。
ただ、自分で気付いていないだけで。
だって流奈にはいつも嘘がなく、どこまでも純粋で無邪気で素直で、まっすぐ迷いなく俺のことを想ってくれているのがわかるから。
そういう彼女を信じない選択肢なんて、きっと最初からなかったんだ。
「楽しみにしてる」
俺はすっと立ち上がると流奈に近づき、彼女の頭をくしゃりと撫でた。
髪の感触やシャンプーの匂いを感じて反応するのを気にしないようにして。
「うんっ! 頑張るから!」
流奈は無邪気に笑顔を振り撒きながら言って、ギュッと腕を絡めてくる。
微かに当たる彼女の胸の膨らみにドギマギするものの抵抗できず、顔を赤くさせるだけだった。
その顔を見て、ふふっ、と流奈はまたからかうように可愛らしく微笑む。
俺が女に慣れてないってことはきっともうわかってるはずなのにこんなことをしてくるなんて、本当にやることがズルいんだよ、流奈は。
「か、帰るぞ」
くっつかれているのがもう限界になって、顔を赤らめたまま流奈を腕から引き離した。
案の定、彼女は不満そうな顔で、小さい子供みたいに頬を膨らませた。
でも、腕を離した代わりに手を繋いでやると、驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。
つい勢いで繋いでしまったけど、そのせいで自分の手汗がひどい気がする。
流奈は特に気にしたふうもなくニコニコ笑っているけど、もう気が気でない。
今さら手を離して手汗を拭くのもなんだかカッコ悪い気がして、結局このまま。
こんなふうに女の子と手を繋ぐのなんて子供の頃以来で、ドキドキドキドキ、心臓がうるさすぎる。
でも、それが嫌でもなくて、ずっとこうしていたいような気にもなる。
「あっくん」
そう名前を呼ばれて、ほんの少しだけ流奈の手に力が込められる。
彼女はほんの少し背伸びをすると、俺の耳元で囁くような声で――言った。
「手、絶対に離さないでね」
あまりにも近い距離に、鼻をかすめる匂いに更にドキドキしてどうしようもなかった。
触れた手も微かに当たる体も柔らかくて、自分とは違う女の子なんだと改めて思わされた。
その時に見た流奈は、子供らしさの残る顔で心の奥底にまで響くように柔らかく笑っていた。
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