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第4章
二人の場所(5)
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しばらく沈黙が流れる。
俺はなにか言うことはせず、流奈がくれたプリンを口に放り込むだけ。
ほとんど味のない、微かにメープルシロップの風味があるだけのプリン。
それは流奈の思いやりや優しさでできていて、ほんわかと心を包み込む。
プリンを作るのは誰でもできるかもしれない。
だけど、これは流奈じゃないと作れなかったものだ。
俺のことを考えて想ってくれたから、このプリンはここにある。
たったそれだけのことが嬉しくて、俺の存在理由があるような気がした。
「――流奈」
そっと名前を呼ぶと彼女は視線を向けて、慌てたようにしどろもどろになっている。
俺はプリンの最後の一口を飲み込んで、ニコリと穏やかに微笑んだ。
さっきのことには一切触れずに。
「プリン、ご馳走様。うまかった」
「…え?」
「だから、プリン、ありがとな」
続けて「また作って」と言うと、流奈は目をパチパチと瞬かせた。
さっきのことをなにか聞かれると思ったのか、なかなか返答がなかった。
「流奈? ダメなの?」
「…あ! ううん! 作る!」
もう一度お礼を言うと、ふにゃっと流奈はあの彼には見せなかった笑顔を見せた。
自分にだけ向けてくれているもののようで、とくん、と心臓がなにかを感じて音を立てた。
「じゃ、俺もそろそろ戻るな?」
そう言ってから行こうとすると、引き止めるように腕を軽く掴まれた。
また流奈のほうに視線を向けるものの、彼女はじっとうつむいたまま。
かといって手を振り払うことも抵抗することもできなくて、そのままだった。
「……あっくん」
いつもと違う声色で呼ぶ名前。
俺は小さく頷くだけで、無理に先を急かすようなことはしなかった。
自分がされて嫌なことはしたくないし、なにか言いたくなった時に聞いてあげたい。
もし逆ならきっと流奈はそうするから、俺も同じことをする。
「…なにも聞かないんだね」
「聞いてほしいなら聞くけど、言いたくないから流奈は言わなかったんだろ?」
「………」
「なにかを隠していても、すべてを知ったとしても流奈は流奈だろ」
頭を撫でてやると流奈は口元だけで笑ってくれて、今はそれで十分。
「もしなにかがあって今の流奈がいるなら、その〝なにか〟も流奈の一部だろ」
「えっ?」
「まだ乗り越えられてないなにかがあったとしても、それが今の流奈だ。それでいい」
「………」
「笑えるってことは、それだけ頑張ってきたからできることだ。すげえかっこいいじゃん」
流奈は口元に手を当てて、ふふ、と笑う。
思ったことを本気で言ったのになんで笑うんだ――そう思ったけど、彼女が笑うならいっか。
さっきみたいな顔じゃない、流奈は子供みたいに無邪気な顔のほうが似合う。
似合わないことはしてほしくないし、いつも笑顔なんだからずっと笑っててほしい。
それが流奈なんだから、なんでもないことで笑っていつも俺を振り回していればいいんだよ。
「あっくんは変わらないね」
流奈の言葉の意味がわからなかった。
でも、とても嬉しそうに笑うから、それを聞くタイミングを逃してしまった。
俺はなにか言うことはせず、流奈がくれたプリンを口に放り込むだけ。
ほとんど味のない、微かにメープルシロップの風味があるだけのプリン。
それは流奈の思いやりや優しさでできていて、ほんわかと心を包み込む。
プリンを作るのは誰でもできるかもしれない。
だけど、これは流奈じゃないと作れなかったものだ。
俺のことを考えて想ってくれたから、このプリンはここにある。
たったそれだけのことが嬉しくて、俺の存在理由があるような気がした。
「――流奈」
そっと名前を呼ぶと彼女は視線を向けて、慌てたようにしどろもどろになっている。
俺はプリンの最後の一口を飲み込んで、ニコリと穏やかに微笑んだ。
さっきのことには一切触れずに。
「プリン、ご馳走様。うまかった」
「…え?」
「だから、プリン、ありがとな」
続けて「また作って」と言うと、流奈は目をパチパチと瞬かせた。
さっきのことをなにか聞かれると思ったのか、なかなか返答がなかった。
「流奈? ダメなの?」
「…あ! ううん! 作る!」
もう一度お礼を言うと、ふにゃっと流奈はあの彼には見せなかった笑顔を見せた。
自分にだけ向けてくれているもののようで、とくん、と心臓がなにかを感じて音を立てた。
「じゃ、俺もそろそろ戻るな?」
そう言ってから行こうとすると、引き止めるように腕を軽く掴まれた。
また流奈のほうに視線を向けるものの、彼女はじっとうつむいたまま。
かといって手を振り払うことも抵抗することもできなくて、そのままだった。
「……あっくん」
いつもと違う声色で呼ぶ名前。
俺は小さく頷くだけで、無理に先を急かすようなことはしなかった。
自分がされて嫌なことはしたくないし、なにか言いたくなった時に聞いてあげたい。
もし逆ならきっと流奈はそうするから、俺も同じことをする。
「…なにも聞かないんだね」
「聞いてほしいなら聞くけど、言いたくないから流奈は言わなかったんだろ?」
「………」
「なにかを隠していても、すべてを知ったとしても流奈は流奈だろ」
頭を撫でてやると流奈は口元だけで笑ってくれて、今はそれで十分。
「もしなにかがあって今の流奈がいるなら、その〝なにか〟も流奈の一部だろ」
「えっ?」
「まだ乗り越えられてないなにかがあったとしても、それが今の流奈だ。それでいい」
「………」
「笑えるってことは、それだけ頑張ってきたからできることだ。すげえかっこいいじゃん」
流奈は口元に手を当てて、ふふ、と笑う。
思ったことを本気で言ったのになんで笑うんだ――そう思ったけど、彼女が笑うならいっか。
さっきみたいな顔じゃない、流奈は子供みたいに無邪気な顔のほうが似合う。
似合わないことはしてほしくないし、いつも笑顔なんだからずっと笑っててほしい。
それが流奈なんだから、なんでもないことで笑っていつも俺を振り回していればいいんだよ。
「あっくんは変わらないね」
流奈の言葉の意味がわからなかった。
でも、とても嬉しそうに笑うから、それを聞くタイミングを逃してしまった。
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