青春リフレクション

羽月咲羅

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第4章

二人の場所(4)

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「あ、麻井あさい!」

 その時、いきなり誰かの声が聞こえたと思ったら、知らない男子生徒が立っていた。
 上靴の色から先輩だということがわかり、どうやら流奈の同級生らしい。
 そういえば名字を教えてもらえてなかったけど、麻井、というのか。

 彼のほうへ視線を向け、彼女はさっきまでの笑みを消して「…市原いちはらくん」と呟いた。
 流奈が他の男の名前を呼んだだけで少しモヤッとしたけど、気のせいだと無理やり思い込んだ。
 彼はゆっくりと近づいてきて、俺に一瞬だけ目を向けるもそれだけで、なにかを言うことはなかった。

「……なに」

 いつも笑顔でコロコロと表情が変わるのに、市原という人に向ける顔は全然違っていて、まるで流奈じゃないみたい。
 会ってから今まで、彼女のこんな感情の読めない顔を見たことはなかった。
 それは彼に対してだけなのか、それとも、俺以外にはそうなのかわからない。

「特になにもないけど、姿見えたから。教室、行く気になった?」
「………」
「みんな、麻井のこと待ってる。ずっと心配してんだよ」
「…なにそれ。反吐へどが出る」

 冷たさを感じる声音も拒絶するような言葉も、俺が知ってる流奈とは違う。
 でもそれが嫌というわけじゃなく、彼女が隠していただろうものに触れた気がしてちょっと嬉しくなった。

 話の内容から察するに、どうやら流奈は登校はしていても教室には行かず別室登校をしているようだ。
 相談室や保健室で自習やプリントをして、テストなども受けているのかもしれない。
 だからか、学年が違っても校内で先輩に会うことはあるのに流奈とはここ以外で会ったことがなかったのは。

「……私がどうしようと市原くんには関係ないから、もう放っておいて」

 流奈の身になにがあったんだろう。
 彼女がいったいなにを抱えているのかも、俺はなにも知らないんだ。
 どれだけ同じ時間を過ごしても、大事なことはなにひとつわかってあげられていない。
 関係ない――そう思うのに、流奈の笑顔を曇らせる〝なにか〟があるなら取り除かないと。
 なぜかそう思った。

 流奈のことで知らないことがあってもいい、俺はただ流奈に笑っててほしいと思うだけ。
 嫌なら教室に行かなくてもいいし、俺にできることがあるならなんでもやりたい。
 まだ会って間もないのに、流奈のことになるとそう思わずにはいられなかった。

「そか。…うん、また会いに行くよ」

 彼は「じゃあな」と流奈に向けて手をひらひらさせて、すっと背中を向けた。
 その直前、俺を強い眼光で睨みつけてから何事もないように行ってしまった。
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