青春リフレクション

羽月咲羅

文字の大きさ
上 下
12 / 89
第3章

作り上げる虹(1)

しおりを挟む
 クラスのみんなが走って汗を流している中、俺だけは体操服に着替えもせずに一人で雑用をこなす。
 さっきまでいた先生も、用事があるとかで出ていってしまった。
 同じように体育に出席できればいいけど、簡単にはそうできない。
 なにも起こらないかもしれない――そう思っても、万が一のことを考えたら学校側は危険なことをさせようとはしない。

「…クソつまんね」

 体育のたびに休み、その代わりに面倒な仕事を押しつけられて。
 そうすることで体育の単位を稼いで、そうせざるを得ない自分が情けなさすぎる。
 こんな天気がいいっていうのに、なにが悲しくて室内に閉じこもってなきゃいけないんだ。
 走って風を感じられたらどれだけいいか――なんて、そんなことは夢物語に過ぎない。
 開け放たれた窓から風が入ってくるものの、俺が感じたいのはそんなものじゃない。


『……ごめんね、蒼月』

 今まで幾度と繰り返された母さんの言葉が蘇る。
 責めてるわけじゃないし謝ってほしいわけでもない、ただもっといろんなことがしたいだけ。
 だけど今の俺は、やりたいことの半分も満足にできなくて気力すらもない。

 前を向けたらよかった。
 それを諦めないでいられたらよかった。
 夢も希望も未来もあると、純粋に信じていられたらどれほど楽だったか。


『やりたいことはあるかい?』

 両親から余命のことを聞き、杉野先生にもはっきり告げられた後、彼はそう問いかけてきた。
 小さい頃からの治療に疲れてしまった俺は生きることに前向きにはなれず、心は死ぬことを受け入れていて絶望もしていた。

 死ぬことが決まっているのにやりたいことなんてないし、あったところで時間もない。
 そもそも〝やりたいこと〟なんて、いったいどうやって見つけるんだよ。
 なにかやりたいことがあったとしても、俺にはやれることが限られているのに。
 まともに運動もできないのに他にやりたいことなんて、あるわけがない。
 せめてもう少し、5分だけでも運動できる体だったらよかったのに。

『もしあるなら全力でやりなさい。それで変わることがあるかもしれない』

 先生はそう言ったけど、なにが変わるというんだ?
 〝死〟は変えられないのに、その限られた中で見出せるものなんか……ない。
 なにか変わるものがあるなら、俺の気持ちももっと違ったかもしれないのに。



「蒼月、なにしてんの」

 そんなことを考えていたら、走り終えて体育館へと移動する聖也に声をかけられた。
 無理やりに笑って、「先生に捕まってさ」なんてここでもまた適当な嘘を並べ立てる。

 運動できないんだ――なんて、本当のことは言おうにも言えない。
 同情の目で見られて、なにかあるたびに特別扱いされるのも苦痛だ。
 それが嫌だから進学をきっかけに隣町に引っ越して、新しい土地での生活を決めた。
 俺のことを、俺の体のことを知らない人達の中で学校生活を送りたいと。
 健康体の、一高校生として。

「お前、サボり魔だもんな」
「…うっせぇよ」
「ははっ! でも、体育より雑用のほうが楽でいいじゃん。走るのつらいし羨ましいんだけど」

 そう言えるのは、走ることができるからだ。
 それができない俺からすれば走れることが羨ましくて、走れない自分が悔しくて仕方ない。
 体のことなんかなにも気にせず、俺はただ――飛んだり走ったりしたい。
 サッカーでもバスケでもバレーでもなんでもいいから、無我夢中にやりたい。
 でも、それはできないって知っているから、今までやる前から諦めてきた。
 諦めることが俺が生きていく上で大事な処世術だった。

「…早く行かねえと、怒られるんじゃね?」

 これ以上話していると、なにもできない怒りをぶつけてしまう気がしてそう言った。
 思わず冷たい言い方になってしまったけど、聖也は特に気にした素振りは見せなくてホッとした。

 俺が運動できないことを友達は誰も知らない。
 そりゃそうだ、誰にも言ってないし、知られないように気をつけてきたんだから。
 それを知られて、「蒼月はできないだろ」と遠ざけられるのも「可哀想だよな」と同情されるのも、どちらも嫌で苦痛だ。
 そうされた経験があるぶん、せめてこの学校ではみんなと同じでいたい。
 それが長く続かないとしても、無理にでも強がって健康な自分を演じていたい。
 本当の自分とは異なるとしても、それが俺の思い描く理想の自分だ。

「やべ! みんな、もういねえじゃん!」

 手を振って「じゃあな!」と駆けていく聖也の後ろ姿を見て、俺はため息をついた。


 ふっと心臓に手を当てる。
 まだ大丈夫――そう言い聞かせてみても、いつどうなるかなんてわからない。

 こんな爆弾を抱えた体を持つ俺が学校生活を送りたいなんて、もしかしたら無謀だったのか。
 また中学の頃みたいに、救急車で運ばれてしまうことがあるかもしれない。
 あれは他の子が悪いんじゃない、自分の体のことを理解しきれていなかった自分のせい。
 だけど、そういうことが一度でも起きれば、必然と俺の周りから人は減っていく。
 それを嫌というほど知ったから、せめて死ぬ時までは見せ掛けだけでも健康でいたい。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

放課後はネットで待ち合わせ

星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】 高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。 何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。 翌日、萌はルビーと出会う。 女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。 彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。 初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?

クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦
青春
 とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。  人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

#消えたい僕は君に150字の愛をあげる

川奈あさ
青春
旧題:透明な僕たちが色づいていく 誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

まだ余命を知らない息子の進吾へ、親から生まれてきた幸せを…

ひらりくるり
ファンタジー
主人公、三河 愛美の息子である三河 進吾は小児がんにかかってしまった。そして余命はあと半年と医者から宣告されてしまう。ところが、両親は7歳の進吾に余命のことを伝えないことにした。そんな息子を持つ両親は、限られた時間の中で息子に"悔いの無い幸せな生き方"を模索していく…そこで両親は"やりたいことノート"を進吾に書かせることにした。両親は進吾の"やりたいこと"を全て実現させることを決意した。 これは悲しく辛い、"本当の幸せ"を目指す親子の物語。

処理中です...