青春リフレクション

羽月咲羅

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第2章

月明かりの下の海(4)

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「――では、蒼月くん」

 流奈はすっくと立ち上がると、コホンッ、とわざとらしく咳払いをする。
 俺も同じように立ち上がり、まっすぐ見つめてくる瞳をじっと見つめ返した。
 その透明な瞳に見られると、なんとも言えない気持ちになって目を逸らしてしまいそうになる。
 それをなんとか堪えて、どこまでも続くような奥行きを持った瞳を見据えた。

「また、私と会って」

 目を見開いて言葉を出せずにいると、「会いに行くからまた会って」と繰り返した。
 その言葉の意味を考えあぐね、だけど、会わないという選択肢は自分の中にはなかった。
 一緒にいると振り回されるけど、彼女といるのは別に嫌じゃない。

「病院でも言ってたけどさ、会いに行くってどういうことだよ?」
「そのまんまの意味。蒼月くんがいるところに私は迷わずに行くから」
「………」
「だから――また、こうして会って」

 向けられる瞳だけはいつもまっすぐで、それを前にすると頷くしかできなかった。

 流奈と会うのは今日だけで、また会うつもりなんてなかった。
 嫌というわけじゃない、わざわざ会う理由がないと思ってるだけ。
 周りにいないようなタイプで振り回されてばかりで、正直かなり疲れる。
 だけど、俺と同じような匂いがして、なにもかもをわかってくれるような気がする。
 多分、この世界の生きづらさを流奈はちゃんと理解してくれているから。

「……わかった、いいよ」

 気付けば、ほとんど無意識にそう言っていて、そのことに自分が一番驚いた。
 同じ匂いがするからわかってくれる、でも同じだからこそつらくもなる。
 一緒にいることで傷の舐め合いをするわけじゃないけど、こうしているのが苦しくもなる。
 ぬるま湯に浸かったみたいに、流奈は俺をふやかそうとするようで。

「ありがと、

 いきなり、流奈は呼び方を変えた。
 それに懐かしさを感じて、あれ、と既視感のようなものすら覚えた。


 ――あっくん。

 まだ小さい子供だった頃は、親や親戚からそう呼ばれていた。
 大きくなるにつれてそれが恥ずかしくなって、中学に上がる頃には〝蒼月〟と呼ばれるのが普通になっていた。
 その呼び方すら今の今まで忘れていたというのに、どうして流奈がそう呼ぶんだ。
 たまたまなのか、はたまた知っていたのか、知っていたとしたらどうしてなのか。
 頭は混乱するばかりで、どれだけ考えても一人で答えなんて出るわけがない。


「…それ、ガキの頃の呼び方――」

 なんで知ってんの、とでも言うように見つめても、彼女は意味深に笑うだけ。
 初めて会ったはずだ。
 〝流奈〟という名前に聞き覚えなんてなくて、この顔も声も知らない…はず。
 なのにどうしてだろう、どこか奥底に引っ掛かりのようなものを感じるのは。

「いいでしょ? そう呼んでも」
「…悪くはないけど、この年になってなんか恥ずかしいんだけど」

 なんだか、こそばゆい。
 でも不思議と嫌だと思えなくて、同時に懐かしさを覚えて胸の奥が縮む。
 どうして流奈は、流奈だけはそういう気持ちにさせるんだろう。

「そう? 言いやすいじゃん、あっくん」
「まあ、そうかもだけどさ」
「あ! じゃ、私のこともそんな呼び方にするとかどう!? るーちゃん、とか」
「なんだそれ。あっくんとるーちゃんて漫才コンビかよ」

 それが流奈のツボになぜかハマったようで、彼女は楽しそうに悶えるように笑った。
 芸人になりきったように、「るーちゃんでぇす!」なんてやる始末。
 …いや、一人で楽しそうだな。
 そう思うものの、流奈が楽しそうに笑っていると俺も笑みが溢れた。
 無理に笑った顔じゃなく、ごく自然に。

「…変なヤツだな、流奈って」

 病院で会った時も思ったけど、こんなの今まで周りにはいなかった。
 明るいヤツはたくさんいても、ふっとした瞬間になにかを感じさせるようなヤツなんて。
 そういうところを持ち合わせているから、流奈といると気楽でいられるのかもしれない。
 16歳まで生きられない――そう余命宣告を受けている俺にとっては。
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