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第1章
不思議な女の子(1)
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「あれ? 早退すんの?」
体操服片手に更衣室へと向かうクラスメイトの中、俺――一条蒼月は机に掛かっていた鞄を手に取る。
その様子を見た友達の聖也が声をかけてきて、俺はへらっと笑みを浮かべた。
ただ一言、「めんどいから」なんて言葉で言い繕って、適当な嘘でその場をやり過ごそうとした。
本当のことなんて言えなくて、言いたくなくて。
「なんだよ、またかよ。このサボり魔」
「嫌いなんだよ、勉強」
「そのわりにはいっつもテストの成績いいじゃん。羨ましいんだけど」
「元々の頭の作りが違うんじゃね?」
「ひっで」
聖也と他愛ないことを言い合って、なんでもないように笑う――そんな毎日。
それだけでよかったのに、どれだけそれを望んでも俺の〝体〟はそうさせてくれない。
思い通りにならないのは今に始まったことじゃないのに、それがたまらなく悔しい。
みんなと同じことができるなら、同じように体を動かしたりできるならそれでいいのに。
当たり前にできることが俺にとっては命取りで、なにもできない体が嫌で仕方ない。
やりたいことの半分もできず、その悔しさを知られるのも嫌で、やりたくない、というスタンスを見せて強がるしかできなかった。
――俺には生まれた時から心臓に疾患がある。
そのため小さい頃から入退院を繰り返し、病院の先生との付き合いも長い。
退院するたびに、もう戻ってこない、と決意するのに、結局また入院して退院して……その繰り返し。
悪くなることはあっても良くはならず、死ぬまで付き合っていかなきゃいけない病気だ。
我慢するのも痛いのも慣れたし、あとは死ぬのを待つだけの退屈な日々だ。
夜寝るたびに不安になり、朝起きるたびにあと何回こうして起きられるかなと考える。
考えたところで無意味なのに、心臓が脈打つたびに死が近づいているような気がした。
「あ、もし先生になんか言われたら適当に誤魔化しといてな?」
学校側は俺の事情を知っていて、それを秘密にしたがってることもわかってる。
たとえ表面的に聞いたとしても、たったそれだけのことに過ぎない。
サボり魔、問題児――クラスメイトのあいだではそういうレッテルが貼られても、学校側はそんなふうには思ってない。
その違いにたまに苦しくなったりするけど、こればかりは仕方ない。
本当に適当な理由でサボれるなら、そっちのほうが何倍もよかった。
心臓に爆弾を抱えている弱いヤツだと、そう同情を買われるよりはよっぽど。
「いいけど、今度おごれよ」
「アホか。いっつもノート見せてやってんだから、それでチャラだろ」
「うっわ、ケチだな」
「言ってろ」
そんなことを笑って話しながら、俺はなんでもないように教室から出ていく。
面倒だと言いつつ更衣室に向かうクラスメイトの背中を目で追いかけるのも嫌だった。
俺にはできないことをできるのが心底羨ましい。
普通にやっていることができない人がいること、そう考えたこともないだろう彼らが。
思いきり走れたら気持ちいいんだろうな、と想像するしかできない自分が情けなくて、逃げるように早足にその場をあとにした。
体操服片手に更衣室へと向かうクラスメイトの中、俺――一条蒼月は机に掛かっていた鞄を手に取る。
その様子を見た友達の聖也が声をかけてきて、俺はへらっと笑みを浮かべた。
ただ一言、「めんどいから」なんて言葉で言い繕って、適当な嘘でその場をやり過ごそうとした。
本当のことなんて言えなくて、言いたくなくて。
「なんだよ、またかよ。このサボり魔」
「嫌いなんだよ、勉強」
「そのわりにはいっつもテストの成績いいじゃん。羨ましいんだけど」
「元々の頭の作りが違うんじゃね?」
「ひっで」
聖也と他愛ないことを言い合って、なんでもないように笑う――そんな毎日。
それだけでよかったのに、どれだけそれを望んでも俺の〝体〟はそうさせてくれない。
思い通りにならないのは今に始まったことじゃないのに、それがたまらなく悔しい。
みんなと同じことができるなら、同じように体を動かしたりできるならそれでいいのに。
当たり前にできることが俺にとっては命取りで、なにもできない体が嫌で仕方ない。
やりたいことの半分もできず、その悔しさを知られるのも嫌で、やりたくない、というスタンスを見せて強がるしかできなかった。
――俺には生まれた時から心臓に疾患がある。
そのため小さい頃から入退院を繰り返し、病院の先生との付き合いも長い。
退院するたびに、もう戻ってこない、と決意するのに、結局また入院して退院して……その繰り返し。
悪くなることはあっても良くはならず、死ぬまで付き合っていかなきゃいけない病気だ。
我慢するのも痛いのも慣れたし、あとは死ぬのを待つだけの退屈な日々だ。
夜寝るたびに不安になり、朝起きるたびにあと何回こうして起きられるかなと考える。
考えたところで無意味なのに、心臓が脈打つたびに死が近づいているような気がした。
「あ、もし先生になんか言われたら適当に誤魔化しといてな?」
学校側は俺の事情を知っていて、それを秘密にしたがってることもわかってる。
たとえ表面的に聞いたとしても、たったそれだけのことに過ぎない。
サボり魔、問題児――クラスメイトのあいだではそういうレッテルが貼られても、学校側はそんなふうには思ってない。
その違いにたまに苦しくなったりするけど、こればかりは仕方ない。
本当に適当な理由でサボれるなら、そっちのほうが何倍もよかった。
心臓に爆弾を抱えている弱いヤツだと、そう同情を買われるよりはよっぽど。
「いいけど、今度おごれよ」
「アホか。いっつもノート見せてやってんだから、それでチャラだろ」
「うっわ、ケチだな」
「言ってろ」
そんなことを笑って話しながら、俺はなんでもないように教室から出ていく。
面倒だと言いつつ更衣室に向かうクラスメイトの背中を目で追いかけるのも嫌だった。
俺にはできないことをできるのが心底羨ましい。
普通にやっていることができない人がいること、そう考えたこともないだろう彼らが。
思いきり走れたら気持ちいいんだろうな、と想像するしかできない自分が情けなくて、逃げるように早足にその場をあとにした。
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