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第七章 対面
拉致
しおりを挟む車を降りて、稲本と共に彼を運ぶ。
無人のレンタルスペースだ。稲本に頼み、とりあえず数日の間、ここを借りることにした。彼の体は難波よりも数段重かったが、弱音など吐いている程の余裕は無かった。もはや意地から、その体を運んでいく。
無事に運び入れ、扉を閉めたところで、私と稲本は共に床に座り溜息をついた。これで、この空間は私たちと彼、三人だけ。
私は汗を拭きつつも、今運び入れた彼を見る。眉間に皺を寄せながらも、殴られた痛みから彼は低く唸っていた。満足からか、思わず口を緩める。
来須宏を拉致したのは、彼が一番システムのことに詳しいと睨んだからである。三日前、ファミリーレストランにて、来須が関口の妻、美琴と一緒にいたことを思い返した。彼が普段どこで何をしているのか、それは分からない。が、美琴なら教師間の連絡網に住所が載っていたため、居場所を知ることができた。
それからこの三日間、私は彼女の動向を監視していた。彼女が来須と再び会う機会が、今後必ず訪れる。心なしか、その予感がしたのだ。
予感は的中した。日が暮れた後のこと、突然美琴が家から出てきたかと思うと、自宅に近い喫茶店に入って行った。
数分後に私も入る。…いた。入り口から一番遠い窓際の席。来須は先に入っていたようで、彼女が座った席の目の前で、腕を組んでいた。念のため被っていた帽子を深く被り直し、彼らの視界に入らない、そこまで離れていない席を確保する。
店内は煙草の煙により、白く霞みがかっている。故に周囲は少しばかりぼやけており、それは向こうからも同様だろう。そこまで気にすることはなさそうだ。私はカウンター横にある雑誌を持ってきて、読んでいるふりをすることにした。ウェイトレスにホットコーヒーを頼むと、彼らの席に視線のみ向ける。彼らの会話が、朧げに聞こえてくる。この前のファミリーレストラン程雑音が無いため、内容ははっきり耳にすることができた。
「酷なことではあるかもしれませんが、事実は事実として既に起こってしまっているものです。どうあがいても変えようはないし、避けようはありません。たとえ上手くいったとしてもあくまで、それは一時だけのもの。その点は良いですね?」
「分かっています」
そうか。確か三日前に彼女は少し考えあぐねている様子ではあったが、ついに決心したということなのだろう。
馬鹿げている。そんなシステムによる効果を信じている彼女。…そして、彼女たちの話す内容を鵜呑みにする私も。自分自身に心内で苦笑しつつも、携帯電話を取り出した。メール作成画面を開き、内容を打ち込んでいく。
『彼女が動いた。仕事が終わったら、常盤にある喫茶店に車で来て欲しい』
簡素な文章では曖昧かとも思ったが、つらつらと文章を並べる必要は無い。それよりも早く彼に連絡することが、今の私には最優先だ。
返信がきたのは、ものの数秒後だった。
『分かった。少し離れた場所に停めておく』
私は一人、気味悪く笑みを浮かべた。彼女たちがまだ席にいる間に、私は会計をして店を出る。店を出て、少し先に見覚えのある軽自動車が停まっていることに気が付いた。稲本だ。彼は私に気がつくと、親指で中に入るよう促した。言われるがまま、私は助手席の扉を開け、ありがとうと言いつつ座った。
「あと少しで出てくるわ。そうしたら、私が彼を尾行する。あなたは私の指示通り発進させて」
「…ああ。当初の手筈通りな」
彼の言葉を聞いたところで、店の入り口より彼らが出てきた。予想以上に早く出てきたものだ。
美琴と来須は店の前で二言、三言話した後、その場で別れた。美琴はこちら側、来須は反対側へと歩いていく。どうやら、方角的に駅へと向かっているらしい。
「じゃあ、行ってくる」
そう言いつつ車にあったある物を持ち、後方を悟られぬように彼を尾行し始めた。
思ったとおり、彼は電車でここまで来ていた。駅の改札を通り抜け、ホームにやってきた電車に乗り込む。私もまた同様に彼の乗った車両の、端の方に潜り込む。幸いにも、この時間の電車は人混みが多く、私が尾行していることに気付かれる心配はなさそうだった。
その間も、稲本には状況を報告していく。彼には私からの連絡しか情報が得られないのだ。逐一報告をする。
ほんの数駅程北に進んだところで来須は下車した。慌てて私も下車する。それからは上手く後方を歩きつつ、ここぞという場所を見つけた段階で、ポケットよりある物を出した。スタンガンだ。警官である来須を一発でノックダウンさせるには、私が殴ったり蹴ったりしても意味は無いだろう。しかしこれなら、華奢な女でも男に痛い目に合わせることができる。
通電が問題ないことを確認した後、彼の背中に駆け寄り、スタンガンのスイッチを押した。大きな洗濯挟みを何度も思い切り弾いたような音。同時に、来須の叫び声が小さく上がったかと思えば、次の瞬間彼の体は前のめりに倒れていた。
「うまくやったみたいだな」
突然声をかけられ驚いて振り向くと、稲本が両脚を開いて腕を組み、私を見ていた。
そうね、と一言放ちながらも、倒れた彼の後頭部に落ちていた石を使って強く殴った。血が飛び散る。満の時同様、やはり私の力では殺すまで至らないようだ。白目を剥きつつ、びくびくと体を痙攣させる。しかし、今は生きていてもらうことが肝心だ。これで死んでしまっては困る。
こうして行動不能にした彼を稲本の車に詰め込み、トランクの蓋を閉めた。
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