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第七章 対面
再び予想外
しおりを挟む『と、突然連絡してきたと思ったら。何だって?』
「あなたにまた、手伝って欲しいことがあるのよ」
稲本は電話に出た瞬間から、私と話すのが嫌そうな雰囲気を醸し出していた。それもそのはず。見つかってないにせよ、一緒に遺体を解体した相手からの連絡だ。食事の誘いみたく些細なものかと言われれば、そんなはずが無い。
「あなた、香住春香と同じ学校に勤務しているのよね」
稲本もまた、香住や正義さんと同じ学校に勤務している教師の一人だった。しかも、担任は正義さんの隣の学級だと言う。世間が狭いとは、よく言ったものである。
『あ、ああ。そうだけど』
「今、周りに誰もいない?」
『うん。学校だけど夜も遅いし、この時間職員用トイレを使う奴なんていないって』
「…それなら良いわ」
そう電話口で頷きながら、私は次のとおり伝えた。
「彼女を殺すの。二人がかりでね」
『は、はああ?どうして?』訳がわからないといった風に、彼の声が震えている。
「理由は今度会った時に話すわ。とにかく、早く殺す必要があるのよ。お願い」
私の希望としては、もう今日明日というレベルで、早急に彼女を消したい。そう思う程だった。目障りなのだ。私の目の前をぶんぶんと蠅のように飛び回って。そろそろ彼女との関係には終止符を打ちたい。そう考えていた。
しかし、稲本は私の依頼に難色を示した。
『い、嫌だ』
「は?」
『また人を殺すなんて、嫌だ。だって、またあの男みたいな作業もしなくちゃならないんだろう』
私が反論する隙も無く、彼は続ける。
『俺、あれからもうだいぶ経つっていうのに、未だあの時の夢を見るんだ。包丁を肌に合わせて、勢いよく引いたあの感触、首を切った断面、川に流れていく臓物の欠片。血の臭い。うえ。何度吐いたか分からない。今もリアルに思い出せる。トラウマなんだよ』
「…」
『もうあのことは忘れさせて…』
「あなた、何を言ってるの?」
『えっ』
「あなたは人を殺したのよ。しかも、自分の保身のために進んで解体をして、山に埋めたの。何よ、今更被害者ぶっちゃって。全てを私のせいにしたいの。したければすれば良いわ。けどね、もしも私が捕まったら、あの件も洗いざらい全て警察に言うわ」
『そんな!』
「警察が見れば、あの死体の致命傷が頭の傷だって分かるはず。そうなると、あなたが一番罪に問われることになるのよ。分かる?」
その前に私も殴っているため、彼だけが死因という訳ではない。しかしここではあえて、彼の罪のみ誇張して伝えた。
『う…うう』
「分かった?なあに、死体の処理なんて、後で考えれば良いの。あなたには手伝ってもらうだけなんだから」
『間違いだった』
「え?」
『東島満を殺したのは、間違いだった。本当に』
彼の恨めしそうな言葉で、少しだけ返答に窮する。
「…でも、あなたのお陰で私は助かった。少なくとも、私はあなたに感謝しているのよ」
柔らかく嗜めたが、逆に彼の神経を逆なでる結果になったようだ。
『そのせいで人殺しを強要されるなら、あんたを助けなければ良かったんだ!』
「だから。あなたに殺せ、なんて言ってないじゃない。何度も言うけど、あなたは私の手伝いをしてくれるだけでいいのよ」
『うう…う、う』どうやら電話先で泣いているようだ。全く情けない。
「はあ。まあとにかく、あなたに拒否権なんてないわ。明日までに連絡ちょうだい。そうしないと、分かっているわね」
それだけを言い捨てて、電話を切った。彼も馬鹿ではない。少し頭を冷やせば私が正しいと分かるはず。あとは時間に任せよう。
そう楽観的に考えていたこともあってか、次の日稲本より入ったメールの内容を見て、思わず携帯電話を落としてしまった。
『昨日の話を職場の後輩に全て聞かれていたようだ。二十五日の夜、話がしたいと呼び出された。どうすれば良い?』
どうやら私が電話した時間に、職員用トイレの個室で用を足していた人間がいたらしい。確か、周りに誰もいないか一度確認させたはずだ。注意散漫にも程があるのではないか。苛つきを覚えながらも、二十五日の話し合いには自分も参加すると伝えた。
待ち合わせの時刻は午後十時。場所は、校舎裏手にある池の前。稲本は元々学校にいるため、私は待ち合わせ時刻少し前に到着する目安で、学校に向かった。
裏門を超えたところで定刻になる。私は早足で校舎裏へと回る。
すると、その場所に近づくにつれ言い争いの声が聞こえてきた。稲本ともう一人、男の声だ。
「稲本先生、警察に行きましょう!どのみち、隠し続けることなんてできやしない!」
「嫌だ!俺は逮捕なんて嫌だ!」
男は稲本を説得しようと奮闘しているようだ。しかし彼もそう簡単に「わかりました」と言うとおりになる訳がない。なんたって、単に殺しただけではない。解体し、山奥に隠すという悪の所業をしているのだから。
「難波。なあ、頼むよ。金が欲しいなら払うから、黙っていてくれよ」
「や、やめてください!俺はそんなつもりじゃあ」
両肩を掴んで揺さぶってくる稲本を、難波と呼ばれた男は強く振り払った。勢いで稲本は、池の岩に後頭部をぶつける。
「す、すみません!」難波は焦りつつ、彼の元へと駆け寄る。しかし、彼はもう正気ではなかった。
「あああ、なんで!なんでなんでなんで!」
頭から血を流しながら叫んだかと思うと、彼は難波の首を垂直に、手を当てて引いた。彼のその手にカッターが握られているのを知ったのは、難波の首から噴水のように血が噴き出した、その直後だった。
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