記憶さがし

ふじしろふみ

文字の大きさ
上 下
68 / 81
第七章 対面

再び予想外

しおりを挟む

『と、突然連絡してきたと思ったら。何だって?』
「あなたにまた、手伝って欲しいことがあるのよ」
 稲本は電話に出た瞬間から、私と話すのが嫌そうな雰囲気を醸し出していた。それもそのはず。見つかってないにせよ、一緒に遺体を解体した相手からの連絡だ。食事の誘いみたく些細なものかと言われれば、そんなはずが無い。
「あなた、香住春香と同じ学校に勤務しているのよね」
 稲本もまた、香住や正義さんと同じ学校に勤務している教師の一人だった。しかも、担任は正義さんの隣の学級だと言う。世間が狭いとは、よく言ったものである。
『あ、ああ。そうだけど』
「今、周りに誰もいない?」
『うん。学校だけど夜も遅いし、この時間職員用トイレを使う奴なんていないって』
「…それなら良いわ」
 そう電話口で頷きながら、私は次のとおり伝えた。
「彼女を殺すの。二人がかりでね」
『は、はああ?どうして?』訳がわからないといった風に、彼の声が震えている。
「理由は今度会った時に話すわ。とにかく、早く殺す必要があるのよ。お願い」
 私の希望としては、もう今日明日というレベルで、早急に彼女を消したい。そう思う程だった。目障りなのだ。私の目の前をぶんぶんと蠅のように飛び回って。そろそろ彼女との関係には終止符を打ちたい。そう考えていた。
 しかし、稲本は私の依頼に難色を示した。
『い、嫌だ』
「は?」
『また人を殺すなんて、嫌だ。だって、またあの男みたいな作業もしなくちゃならないんだろう』
 私が反論する隙も無く、彼は続ける。
『俺、あれからもうだいぶ経つっていうのに、未だあの時の夢を見るんだ。包丁を肌に合わせて、勢いよく引いたあの感触、首を切った断面、川に流れていく臓物の欠片。血の臭い。うえ。何度吐いたか分からない。今もリアルに思い出せる。トラウマなんだよ』
「…」
『もうあのことは忘れさせて…』
「あなた、何を言ってるの?」
『えっ』
「あなたは人を殺したのよ。しかも、自分の保身のために進んで解体をして、山に埋めたの。何よ、今更被害者ぶっちゃって。全てを私のせいにしたいの。したければすれば良いわ。けどね、もしも私が捕まったら、あの件も洗いざらい全て警察に言うわ」
『そんな!』
「警察が見れば、あの死体の致命傷が頭の傷だって分かるはず。そうなると、あなたが一番罪に問われることになるのよ。分かる?」
 その前に私も殴っているため、彼だけが死因という訳ではない。しかしここではあえて、彼の罪のみ誇張して伝えた。
『う…うう』
「分かった?なあに、死体の処理なんて、後で考えれば良いの。あなたには手伝ってもらうだけなんだから」
『間違いだった』
「え?」
『東島満を殺したのは、間違いだった。本当に』
 彼の恨めしそうな言葉で、少しだけ返答に窮する。
「…でも、あなたのお陰で私は助かった。少なくとも、私はあなたに感謝しているのよ」
 柔らかく嗜めたが、逆に彼の神経を逆なでる結果になったようだ。
『そのせいで人殺しを強要されるなら、あんたを助けなければ良かったんだ!』
「だから。あなたに殺せ、なんて言ってないじゃない。何度も言うけど、あなたは私の手伝いをしてくれるだけでいいのよ」
『うう…う、う』どうやら電話先で泣いているようだ。全く情けない。
「はあ。まあとにかく、あなたに拒否権なんてないわ。明日までに連絡ちょうだい。そうしないと、分かっているわね」
 それだけを言い捨てて、電話を切った。彼も馬鹿ではない。少し頭を冷やせば私が正しいと分かるはず。あとは時間に任せよう。
 そう楽観的に考えていたこともあってか、次の日稲本より入ったメールの内容を見て、思わず携帯電話を落としてしまった。
『昨日の話を職場の後輩に全て聞かれていたようだ。二十五日の夜、話がしたいと呼び出された。どうすれば良い?』
 どうやら私が電話した時間に、職員用トイレの個室で用を足していた人間がいたらしい。確か、周りに誰もいないか一度確認させたはずだ。注意散漫にも程があるのではないか。苛つきを覚えながらも、二十五日の話し合いには自分も参加すると伝えた。
待ち合わせの時刻は午後十時。場所は、校舎裏手にある池の前。稲本は元々学校にいるため、私は待ち合わせ時刻少し前に到着する目安で、学校に向かった。
 裏門を超えたところで定刻になる。私は早足で校舎裏へと回る。
 すると、その場所に近づくにつれ言い争いの声が聞こえてきた。稲本ともう一人、男の声だ。
「稲本先生、警察に行きましょう!どのみち、隠し続けることなんてできやしない!」
「嫌だ!俺は逮捕なんて嫌だ!」
 男は稲本を説得しようと奮闘しているようだ。しかし彼もそう簡単に「わかりました」と言うとおりになる訳がない。なんたって、単に殺しただけではない。解体し、山奥に隠すという悪の所業をしているのだから。
「難波。なあ、頼むよ。金が欲しいなら払うから、黙っていてくれよ」
「や、やめてください!俺はそんなつもりじゃあ」
 両肩を掴んで揺さぶってくる稲本を、難波と呼ばれた男は強く振り払った。勢いで稲本は、池の岩に後頭部をぶつける。
「す、すみません!」難波は焦りつつ、彼の元へと駆け寄る。しかし、彼はもう正気ではなかった。
「あああ、なんで!なんでなんでなんで!」
 頭から血を流しながら叫んだかと思うと、彼は難波の首を垂直に、手を当てて引いた。彼のその手にカッターが握られているのを知ったのは、難波の首から噴水のように血が噴き出した、その直後だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「ここへおいで きみがまだ知らない秘密の話をしよう」

水ぎわ
ミステリー
王軍を率いる貴公子、イグネイは、ある修道院にやってきた。 目的は、反乱軍制圧と治安維持。 だが、イグネイにはどうしても手に入れたいものがあった。 たとえ『聖なる森』で出会った超絶美少女・小悪魔をだまくらかしてでも――。 イケメンで白昼堂々と厳格な老修道院長を脅し、泳げないくせに美少女小悪魔のために池に飛び込むヒネ曲がり騎士。 どうしても欲しい『母の秘密』を手に入れられるか??

ありふれた事件の舞台裏

ふじしろふみ
ミステリー
(短編・第2作目) 小林京華は、都内の京和女子大学に通う二十歳である。 そんな彼女には、人とは違う一つの趣味があった。 『毎日、昨日とは違うと思える行動をすること』。誰かといる時であっても、彼女はその趣味のために我を忘れる程夢中になる。 ある日、学友である向島美穂の惨殺死体が発見される。殺害の瞬間を目撃したこともあって、友人の神田紅葉と犯人を探すが… ★四万字程度の短編です。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...