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第六章 正体
対面
しおりを挟む「やっと、分かったんだな」
その声に驚いて振り向くと、そこには男が一人、本棚に背を預けていた。すらっとした背の高い、筋肉質な体に彫りの深い顔。スポーツ刈りが似合う男。その男に、俺はもちろん見覚えがあった。
「田島」
トレーニングシャツに薄手のパーカー、ハーフパンツ。ここで目覚め、最初の頃に訪れた中庭で出会った人物と同じ服装。同期で同僚でもある、田島に間違い無かった。
「関口、久しぶりだなあ」
不気味な程に大きな笑顔を浮かべつつ、田島は俺に近づいてくる。彼が一歩、また一歩と近づいてくるたびに、体の震えが大きくなる。俺は全身に力を入れ、震えを抑え込む。
「香住先生と東島綾さん。彼女らとの記憶は、お前のものだったのか」
目の前の男は、何も話さない。構うものか、俺は立て続けに言葉を放つ。
「どうして…どうしてお前がここにいるんだ」
美琴の話では、ここは俺の記憶が創り出した、俺の空間のはず。彼がいる訳が無い。
「お前の記憶が散らばっていることについても、正直分からないんだ。一体お前は…」
「それはこっちの台詞だろう」俺の言葉を遮り、田島が口を開いた。
「えっ」
「関口、俺の記憶が創り出した空間に、こうしてお前が存在している方がおかしいんだぞ」
俺は耳を疑った。今、こいつはなんといった?
唖然とする俺を尻目に、彼は「なんてな」と舌を出した。
「実は俺、知ってんだよ。お前がここにいる理由」
「ここにいる理由?」
「俺の体を…正確に言うなら頭だ。頭を乗っ取りに、ここにやってきた」
「お、お前の頭を?」
「違うか?」
笑みを浮かべる田島だが、目は笑っていない。俺はかぶりを振った。
「あのさ。大きな勘違いをしているようだけど」
「勘違い?」と、田島は眉を寄せる。俺は両手を広げた。
「この場所は、俺の記憶からできた空間なんだよ。お前の頭を乗っ取るとか、何を言って」
「嘘をつくな!」
俺の言葉を遮る形で、田島は突然叫んだ。その迫力に、言葉が詰まった。
「そんな訳が無い。彼女が、嘘をつく訳が無い!」
彼はその後も大きな声で続ける。
彼女?誰のことを言っている。分からないことばかりで混乱する俺を置いて、田島は頭を激しく振る。
「あっ」
急にその動きが止まった。
「いや。あははは」頭を抱え、不気味に笑う。
「そう、そうそう。そうだよな。俺は正しい、俺は間違ってない」
「た、田島…?」怖ず怖ずと声をかけると、彼は勢いよく頭を上げ、俺に目線を合わせる。
「なるほどねえ。お前はここに来る時そうやって、してやられたって訳だ」
「して、やられた?」
俺の疑問に、奴は何故か納得するように二度ほど頷いた。
「本気で分かっていないんだな。教えてやるよ、ここが本当はどんな場所か」
俺は冷静に努め、淡々と話す。
「さっきも言ったけど、ここは間違いなく俺の記憶の中なんだよ」
「どうして間違いないって言い切れる?」
「どうしてって、それは…」
そんなことは決まっている。そう決めつける理由なんて、一つしかない。
「あいつに。美琴に言われたからだ」
自信満々に言うと、田島は大きく笑い出した。
「ほんっとうにおめでたい奴だなあ、お前は」
「…何がおかしい」
そう語気を強めて言うと、彼は薄ら笑いを浮かべた。
「お前はなあ。嘘をつかれたんだよ。河原に」
一瞬、田島が何を言ったのか理解できなかった。口をぱくぱくと開閉するも、声が出てこない。
美琴が、俺に嘘をついただって?田島を見る。奴は俺を嘲るように、ほくそ笑んでいる。
「もう一度言おうか。お前が信じるそれは、河原のほら話なんだよ」
「…」
「ここは俺の記憶の中だ。何回も言わせんな。お前のじゃない。俺だよ、俺。その証拠に、ほら。いつまでたっても体が崩れることが無いだろう」
そう言って、自分の両腕を俺に見せつける。確かに彼の体はいたって普通で、今の自分の姿となんら変わらない。しかし、そんなはずがない。
「美琴が俺に、嘘をつくわけがない」
ぽつりと呟く。そう、そうだ。俺の妻である美琴が、そんな嘘をつく訳がない。それに体が崩れないのは俺も同じである。証拠にはならない。
「それなら何の意味があって、彼女が俺にそんな嘘をつく。訳はなんだ、訳は」
田島に向かってきつい口調でそう聞く。奴は小馬鹿にするように、笑顔を俺に向けた。
「訳、か。何の?」
「ふざけてんのか」そのとぼけた口調に半ば苛立ちが募る。「美琴が嘘をついた訳だよ。そう言い切るなら、お前はそれを知っているんだよな」
田島は顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた。が、その数秒後に一つ、深く頷いた。
「さっきから言っているだろう。お前に、俺の頭を乗っ取らせるためだって」
「は、はあ?」
話が読めない。先程から何度も頭を乗っ取るなんて。そんな訳の分からないことを宣う田島に、俺は言葉が見つからなかった。
「俺たちが今、記憶修復システムでこうして存在することは知っているな」
彼の問いに、一拍置いて俺は頷く。
「記憶修復システムを使い、亡くなった人間の脳細胞から記憶を抽出する。そしてその記憶を、同じく記憶から作られた本人が捜し集めることで、遺された人間もその内容を知ることができる」
美琴から言われた内容を簡略化して述べると、田島は冷ややかに笑う。
「それだけ知ってりゃあ話は早いよ。じゃあさ、これは知ってるか。散らばった自分の記憶を集めることで、その人間は生き返ることができるって」
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