記憶さがし

ふじしろふみ

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第四章 再会

再会

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「君、なのか」
 美琴はゆっくりと頷いた。
「ええ、そうよ飛鳥さん。あなたの妻の美琴だよ」
 彼女は顔を上げる。俺はほっと息をなでおろした。外見だけでなく話し方も、美琴そのものである。
 安心している俺を、美琴はじっと見つめてきた。
「どうしたんだよ」
「いくつか、質問していい?」
「ん?」
「あなたの名前は、関口飛鳥。それでいいんだよね」
 決まっているじゃないか、と笑い飛ばすつもりが思いとどまった。心なしか、彼女の瞳が潤んでいるように見えたからだ。
「うん。俺は関口飛鳥だ」
「誕生日は?」
「六月八日」
「嫌いな食べ物は?」
「鶏肉全般だな」
「仕事は?」
「教師。君と一緒だよ。今は常盤小の二年三組担任だったはず」
「私と、私とあなたの出会いはいつ?」
「四年と半年前の四月だったっけか。最悪な出会いだったな。でも、今じゃあれも…」
 そこで美琴は突然、俺の胸に飛び込んできた。そのまま頬を、俺の胸に擦り付ける。
「嬉しい。本当に飛鳥さんだ。また、会えた」
 至上の喜びを行動で示すかのように、美琴は両腕で俺の体を強く抱きしめる。彼女の行動にどぎまぎするも、彼女から漂う仄かな甘い匂いが鼻腔をくすぐる。この温もり、さらさらの黒髪に華奢な体。そして、彼女の体に触れていることによる、安心感。屋敷で会った怪物みたく、危険をもたらす存在では無いと、容易にみてとれた。
「ちょっと落ち着いてくれ。な?」
 ただ、今はこのまま抱き合っている場合ではない。美琴の両肩を掴み、無理やり引き剥がした。彼女は俺の胸から離れ、目の前に立つ。そして、頭を下げた。
「変な質問をしてごめん。ちょっと、本人かどうか分からないところもあって。確かめさせてもらったの」
「本人かどうか、分からない?」
「あ…うん。こっちの話。とにかく、会えて良かった」
 俺の問いを適当に受け流しつつ、笑みを浮かべる美琴。そんな彼女を見ていると、その疑問がどうでも良くなるほどであった。
「あのさ。さっきは、はぐれちゃって」
「さっき?」
「ああ。あの、ほら。石碑がある部屋で、怪物が現れた後、君と会ったじゃないか」
「え…」
「途中まで君の後ろにいたんだよ。でも、いつのまにか別の道を進ん」
「石碑の前で会ったのは飛鳥さんだったの?」
「飛鳥さんだったの、って。そりゃあ、俺以外いないじゃないか」
 俺の言葉は、美琴の耳に入っていないようだ。親指の爪を噛み、眉間に皺を寄せ、俯く。
「だから、そうなのね。つまりそれなら、あれは途中から…」
「美琴?」
 神妙な顔つきをする美琴に呼びかけると、彼女はハッと前を向き、「あ、いや。ははは」と誤魔化すかのように笑った。
 なんだろう。どことなく、美琴の様子がおかしい。容姿や動作は彼女本来のもので間違いないのだが。
 しかし何度も言うが、今は小さな疑問よりも大きな疑問を解消する方が先決である。俺も美琴同様に作り笑いを浮かべたが、すぐに笑うのをやめた。
「なあ、美琴」
「ん?」
「君には色々と聞きたいことがある。でも、今は一番知りたいことについて、教えてくれないかな」
 そう伝えると、美琴の顔は真剣な表情になった。
「ええ、いいわ。何?」
「ここは、どこなんだ」
「ここ…それって今、私たちのいるこの場所のこと?」
 他に何があるというのだろう。きょとんと呆けた顔をする美琴を見つつ、俺はゆっくりと続ける。
「目が覚めたら、俺はここに居た。どうやってここに来たのかも、それまで何をしていたのかさえも分からない。どうやら記憶さがし、なんてよく分からないものに参加しているみたいでさ。俺の記憶がそこかしこにそれを散らばされていて。なあ、美琴」
「…」
「これは現実なのかな」 
「いえ、違うわ」
 即答。前々から心の端に思っていた疑念をあっさり確信に変えられたことで、少々拍子抜けする。
「違う?一体どういうことだよ」
「飛鳥さんが、朝起きて準備をして、職場に向かって仕事をして。帰宅して寝る。こういった日常のことを現実としてイメージしているとしたら、それは違うってこと」
 何だか回りくどい言い方をするものである。
「じゃあ、一体なんだっていうんだよ」
 またも尋ねると、うーんと彼女は目を瞑り口に手を当てる。何かを考えているようだった…が、次の瞬間目を見開いた。
「そうね、うん」
「…?」
「あのね、飛鳥さん」
 美琴は俺の方を向く。そして、衝撃の言葉を述べた。
「端的に言うなら。ここは飛鳥さん、あなたの頭の中」
「…は?」
 驚く俺と比べて、彼女は随分と飄々としたものでたった。人差し指で、自らの頭をとんとんと叩く。
「この場所はあなたの頭の中、あなたの記憶が作り出した空間なの」
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