記憶さがし

ふじしろふみ

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第四章 再会

帰路

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「長居してしまってすみません」
「いえいえ。私も、友美の学校での様子を知れて、良かったです」
 綾はにっこりと笑う。時刻は午後六時三十分を迎えた。日も暮れてしまっており、辺りは薄暗く見え辛い。
「それよりも先生、体調はどうでしょう」
「ええ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
 軽く頭を下げる。どうやら、彼女の家で気を失っていたようだ。ただ目覚めたら、なんてことはない。先程から時間も数分しか経過しておらず、夢でも見ていたようである。
 目を覚ますと、綾はあたふたと室内を走り回り、友美はぎゃんぎゃんと泣いていた。体のどこにも異変が無いと聞いて、二人共安堵からか、空気の抜けた風船のように萎れた。
 しかし俺は感覚で、何が起きたのかが分かった。記憶内に、別の記憶が含まれていたのだ。
 いや、そもそも併せて一つの記憶だというのか。原理は分からない。記憶という非現実的な出来事を味わっている時点で、原理なんて考えても仕方はない。頭が痛くなる程に混乱する。
 しかし混乱を引き起こす要因は、それだけではなかった。俺を包丁で刺した者。そして綾と友美さえも殺した者。奴は一体、誰だ。
 刺された瞬間のことを思い出すと、全身が寒気を感じる。心が動揺する。痛くなる頭を抑えつつ、俺は息をついた。
 ともあれ、分かったことと、気になることが一つずつ。分かったことは、俺が包丁で何者かに刺された場所。それは綾の家で間違い無いだろう。
 そして気になること。これで何者かに刺される記憶を二回経験したが…今回、目覚めた当初に見た記憶の内容と少々異なる点があったことだ。
「あなたのせい」。前回は確か、そう。「こいつのせい」だった。たったそれだけの違い。言葉の意味は変わらない。しかしこの違いは何か、深い意味を持つような気がする。
「先生?」
 はっ、とする。見ると、綾と友美が、俺を見つめている。どうやら考え事が過ぎたようだ。
「あ、すみません。ちょっとぼーっとしちゃって」
 考えを頭の奥へと押しやり、二人に向かって大きく笑みを向けた。
「先生!うちでご飯を食べていってよ」
 友美が飛び跳ねながら笑って言う。
「ごめんな、俺はまだ学校に戻ってやることがあるんだ」
「ええー、そうなの。明日じゃ駄目なの?」
 上目遣いで俺からの良い返事を待っている友美を見る。この子も以前と比べると大分無邪気になったものである。昨年度担任を受け持った時は、ここまで自然な笑顔を作ることは少なかった。
 綾は、俺が頻繁に家に来るようになったから、友美が元気になったという。俺自身何か特別なことをした訳ではない。しかし日頃の行動が彼女らに少なからず良い影響を与えたのならば、喜ばしいことである。
「先生は忙しいの。そんな、無理を言ってはいけません」
 ぶーぶーと文句を言う彼女を、綾はこらこらと宥めすかす。
「はーい」ふてくされながらも、友美は元から自分の要望が通るとは思っていなかったようである。またすぐに笑顔になる。
「じゃあ、今度は絶対だよ!あたしはもちろんそうだけど、お母さんなんて先生が来るの、あたし以上に楽しみにしているんだから」
「こ、こら!」
 嗜められたことへの対抗からくる友美の言葉に、綾は頬をほんのりと朱に染めつつ、友美を小突く。しかし友美の言うとおり、満更でもない様子だ。
「はは。でも俺がそう家に来たら、パパに怒られちゃうんじゃないかな」
 素のままに、思ったことをそのまま口に出してしまった。そしてそれが、この場で早々に口に出してはいけない、空気の読めないものだと、すぐに理解した。
 それまでの団欒とした雰囲気が消え失せた。
 しまった。理解していたはずなのに。何故こうも、口が滑ってしまうのか。
「あ、いや。はは」
「あいつは、パパなんかじゃないよ」
 友美の顔から笑顔が消える。彼女は眉間に皺を寄せて目を閉じた。
「戻って来なければ、良いんだ。そうすれば…」
「友美!」
 友美の言葉の続きを、綾が牽制する。友美はその勢いに口をつぐんだ。しかし綾もまた、どこか表情に影を落としていた。
「友美。私、先生を送って行くから、先にお夕飯の支度をしておいてちょうだい」
 頭を柔く撫でつつ優しい声色でそう伝えると、はい…と沈んだ声で友美は家の中へと向かっていった。
 
 夜道を二人で歩く。五月も五月、この時期は未だ春の気候だった。夜間になっても昼の暖かさは健在で、外出にはうってつけの気候である。
「なんというか、すみません」
 俺は自分の仕出かした失態について、ようやく謝りを入れた。綾は首を横に振る。
「悪気があった訳じゃないんでしょう?それなら仕方がないですよ。あの子も、それはきちんと理解していると思いますよ」
「それなら、良いですが…」
「うーん。というか、さ。二人きりなんだし。敬語じゃなくて良いんじゃないの」
 両手を組み上に伸ばしつつ、綾はそう言った。
その意に介さない態度に、それまで沈んでいた俺自身、気が緩んだ気がした。そして頷く。
「ん。それもそうだな」
「そうそう。…でもね」
 綾は腕を戻すと、俺の方に目を向ける。
「友美があなたのことを好いてることに、偽りは無いと思うのよ。あの子、あなたを本当に好きみたいで。家でも先生が~、先生は~って。そんな話題ばかり」
「そ、そうか」
 気恥ずかしさから返答に困り、俺はとりあえず一言だけ返す。しばしの沈黙の後、思い切って切り出してみた。
「旦那、行方不明のままなのか?」
「…ええ。どこにも」
 ぽつりと、綾は俯き加減に答える。
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