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第二章 違和感
『ハンカチ』の記憶
しおりを挟む—— 関口、おい関口!しっかりしろ! ——
過去に戻ったのは、もう何回目になるのだろう。そのたびに、頭が大きく揺さぶられたような気持ち悪さを感じる。
ゆっくりと瞼を上げた。
ここは、常盤小学校の職員室のようである。俺は今、自席に座っていた。長時間寝た後のように頭が重く、体が気怠い。また、肩もひりひりと痺れている。先程うっすらと聞こえた声の主に、何度か強く叩かれていたようだ。
「良かった!目を覚ましたか!」
「お前は…田島か」
その声の主は、俺が初めて教師になった際、同じタイミングで採用された同期の、田島正義である。年齢は俺と同じ、この学校に今年で六年目。俺が着任する二年前から働いており、現在は三年二組の担任だった。
「目が覚めたんだね」
田島の後ろには、同じく教師の野口久志がほっとした表情を浮かべていた。背が高くひょろっとした体型の彼の歳は四十。ここに配属されて十年になるのではないか。いわゆる「専属」の教師だ。
「俺は、何をやっていたんだ」
田島に向かって聞くと、彼はやれやれと肩をすくめる。
「お前、給食指導から戻ってきて席に着いたと思えば、気を失っちまったんだよ。もう、何が何だか」
「気を失っただって?」
彼の言葉を繰り返し呟いたと同時に、職員室の扉が勢いよく開いた。
「ああ、関口先生」
入って来たのは副校長の小泉太郎だった。禿げた頭頂部がまぶしく光り、顔は脂汗がにじんでいる。
小泉はポケットティッシュを一枚取り出し、額を擦ったあと、俺の席まで寄ってきた。
「気分はどうかね。落ち着いたかな」
「あ、ええ。すみません。何やら心配をおかけしたようで」
俺がそう頭を下げるも、小泉はいやいやと手を振った。
「まあねえ。言うほど心配しとらんよ」
「えっ?」
「私は最初から、君は寝ているだけと思っていたからね。そのとおり、こうしてけろっと起き上がったじゃないか。就業中に居眠りとは感心しないね。他の皆にも心配かけたんだから、後で謝っておくように」
「副校長、そんな言い方は無いでしょう」
田島が小泉を睨みつけるが、彼はどこ吹く風だ。
「事実、そうだろう。来週からは授業公開期間が始まる訳だし、そんな気概じゃ困るんだよ。さあ、少し休んだら自分の仕事に戻ってくれよ」
「授業公開期間…」
授業公開とは、学校の授業形態の一つである。児童生徒の保護者もしくは関係者が教室に入ることができ、授業を見学できる。授業参観とほぼ同義だ。学校によってまちまちだが、学校によっては年に数回程度実施している。
この学校では日を限定することはない。授業公開期間として、参観できる期間を一週間設け、その期間いつでも参観可能な、開かれた状態にしている。
「授業中にねむりこける…なんて粗相は起こさないように。そんな姿が保護者や外部の方に見られたら、学校全体の恥になりかねないよ。分かった?」
声を挟む余地もなく、矢継ぎ早にそれだけ言って、小泉は職員室を出て行った。そんな彼を見ながら、田島がぶつぶつ呟く。
「ったく。お前は気を失っていたっていうのに、何だあの態度。あれでいて外面は良いんだよな。俺たちへの顔も少しは考えて欲しいよ」
それを聞いた野口は、まあまあと苦笑した。
「副校長はずっとあんな人だよ。労いの言葉を求めても意味はないよ。逆にあの人から『大丈夫か』なんて他人を心配するような言葉が出たら、次の日は雹でも降るんじゃないかな」
「ふふっ。そうかもしれないですね」
言われた当の本人である俺がこう楽観的に笑っていることもあって、田島は溜息混じりに苦笑した。
「何も気にしないことにします。ともかくありがとう、田島。そして野口先生も」
「おう。元気になったのなら良かった。午後は授業自体一時限しかないけど、無理はするなよ」
「今日は授業が終わったら、大事をとって早く帰った方がいいよ」
二人からの労いの言葉に、俺はしっかりとうなずいた。
野口はその後、授業準備があるために早々に出て行ってしまった。その場に残された田島と俺。かと思うと、彼は俺の肩を軽く叩いた。身長が俺より十センチは上の彼と並ぶと、俺自身小さくなったかのように思える。
「本当に、体調管理はしっかりとしないとな。お前がそんなんじゃ、嫁さんが心配で倒れちまうぞ」
「え?」
呆気にとられ、思わず声が裏返ってしまった。おいおいと田島は肩をすくめる。
「お前の嫁さんのことだよ。彼女、臨月だったろ。新しい家族が増えて、プライベートも忙しくなりそうだな」
「あ…え」
言葉が出てこない。その「嫁」というのは?
「何かあったら俺に言えよ。同期のよしみだ、助けてやる。まあ」そこまで言って、彼は笑いながら続きを話した。「代わりに俺がやばい時は助けてもらいたいしな。関口、そんな時は頼むよ。お前、優しい奴だからな」
田島は手をひらひらさせ、去っていった。
彼のスポーツマン風の服装を眺める。そうだ。中庭で俺の目の前に現れた男はこの田島だった。あの黒のハンカチを使っている姿を、俺は何度も見かけている。田島があの場所に現れたということは、彼との思い出も、何か必要な記憶であるのだろうか。
それにしても…田島の言っていた俺の「嫁」とは、美琴と捉えて間違いないのだろうか。臨月と彼は言っていたこともあり、この記憶は多分、優平が産まれる直前。つまり予定月の出来事だった覚えがある。
この頃、授業公開期間があった気もする。俺は夏休み明けの日常的な疲労で、机に突っ伏したまま、眠ってしまった。いや、気を失ったのである。
待てよ、そう考えると。
常盤小学校にて授業公開期間があるのは、毎年二学期が始まって三週目である。今年度でいえば九月十六日の月曜日から二十日の金曜日までの、一週間だった。
つまりこの記憶は「九月二十日」から約二週間前のものということになる。もしかすると、この記憶に何か、手掛かりがある可能性は高い。
…いけない。つい、考え事をしてしまい動きが止まってしまった。とにかく、これからこの記憶で何が起こるのか、一字一句覚えておかなければ。
そんな、緊張する俺の目の前に、突然横から陶器製のコップに入れられたお茶が置かれた。
顔を向けると、そこには。
「関口先生、大丈夫ですか」
香住春香が立っていた。
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