殺人計画者

夜暇

文字の大きさ
上 下
73 / 76
第六章 ————の場合

十四 ◯本多 瑞季【 1月10日 午後11時30分 】

しおりを挟む

「お、俺は…」
 そこまで言ったところで彼は続きを言うことを止めた。同時に困惑した表情を浮かべる。
(え…?な、何これ)
 数秒後、彼の態度と理由が分かった。私の瞳から大粒の涙が、滲み出てきていたのだ。それらは私の頬に川のような筋を作り、とめどなく流れ落ちる。ひたすら手で拭おうにも、自分の意思とは無関係に流れるそれを止めることは、できそうに無かった。
「ごめんね…ごめんね、達ちゃん」
 謝って済む問題ではないことは分かっている。しかし、それでも、言わずにはいられなかった。
「達ちゃん…根岸さん」
 私は二人の顔が見えるように横向きになり、数歩下がった。
「四年前、あなたたちが私のことを逮捕した時、一緒にいた男のこと。覚えてる?」
 ああ、もう、全てを話してしまおう。考えたら、今の達ちゃんから見た私の印象は、単に柳瀬川と浮気をした最低な女だ。キャバクラ嬢はともかく、前科者に加えて浮気女のレッテルを新しく貼っているところである。
 先程「信じてほしい」なんて勢いで言ったが、こんな印象で信じろなんて、ちゃんちゃらおかしいというものだ。全てを話すことが善という訳ではないし、場合によっては言い訳がましく聞こえてしまうが、もうここまできたら隠すこともできない。
 彼は少し考え、頷いた。
「…奴なのか。お前に金を要求している変な男っていうのは」
 そして私に対し聞いてくる。私も同様に頷いた。
「お金を渡さなければ、あなたとの関係をあなたの職場に全て暴露する。そう言って、私を脅してきたの」
「あの野郎…何も懲りてねえのか」
 達ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で、私を見る。根岸さんも、深い溜息をつく。
「半年前から続けて三回、五十万円を渡せって。次は明後日までに…七十万。自分の貯金も合わせて五十万円は集まったけど、あと二十万円も足りない。あの男の性格は私が十分に知ってる。お金を払わないと、本気であなたの職場に乗り込むに決まってる。いや、それだけで終わらず、復讐としてあなたに危害を加えるかもしれない。そんなことになったら…いや、そんなことを絶対にさせるわけにはいかなかった。前科者の私と交際しているっていうだけで、あなたは悪い印象を受けるというのに、あの男が原因で更に大きな問題になるなんて、本当に嫌だったの」
「そのために、金が必要だったのか?」
 達ちゃんが、低い声で訊いてくる。私は頷いた。
「散々お金をもらった柳瀬川…さんには申し訳ないけど、彼の下心から来る提案に乗るしか無かった。ただ、もちろんそれは一時の関係であって、彼とこのまま続けるつもりは無かったの。でも…」
 そこで、私は一拍置いて続きを述べた。
「たとえ一時で、そして別の目的があったとしても、達ちゃんに糾弾されるようなことをしていたのは事実、よね。だからあなたがさっき言ったとおり、裏切ったことと同じかな…」
 達ちゃんは俯きつつ唸る。彼の瞳からは、私と同様に涙が出てきていた。彼は自分の指で頬のあたりを摩ると、鼻を大きく啜る。
「で、でも。そこまで金が必要なら、俺に頼れば良かったじゃないか。柳瀬川だけではなく借金までして。君にとって俺は信頼できない、どうでも良い男だったというのか。俺は君の、瑞季の恋人だというのに。一体どうして…!」
「違う!」
 意識せず、大きな声で叫んでいた。椅子から立ち上がり、達ちゃんの目をじっとみつめる。
(そんな…そんな、訳が無いじゃない!)
「信頼していたからこそ。本当に愛していたからこそ、あなたに迷惑をかけたくなかった。あなたはこんな私に生きる希望を与えてくれた。これまでの人生で、あなたといる時間が一番、幸せを感じることができたの」
 涙混じりで、鼻水が飛び散る。もう自分でも何を言っているのか、あまり理解できていない。
 でも、それでも、そうであっても。彼に分かって欲しかった。私は頭の弱い女だが、あなたに対する気持ちは偽りではないこと。
 あなたを、今も愛しているということを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

失せ物探し・一ノ瀬至遠のカノウ性~謎解きアイテムはインスタント付喪神~

わいとえぬ
ミステリー
「君の声を聴かせて」――異能の失せ物探しが、今日も依頼人たちの謎を解く。依頼された失せ物も、本人すら意識していない隠された謎も全部、全部。 カノウコウコは焦っていた。推しの動画配信者のファングッズ購入に必要なパスワードが分からないからだ。落ち着ける場所としてお気に入りのカフェへ向かうも、そこは一ノ瀬相談事務所という場所に様変わりしていた。 カノウは、そこで失せ物探しを営む白髪の美青年・一ノ瀬至遠(いちのせ・しおん)と出会う。至遠は無機物の意識を励起し、インスタント付喪神とすることで無機物たちの声を聴く異能を持つという。カノウは半信半疑ながらも、その場でスマートフォンに至遠の異能をかけてもらいパスワードを解いてもらう。が、至遠たちは一年ほど前から付喪神たちが謎を仕掛けてくる現象に悩まされており、依頼が謎解き形式となっていた。カノウはサポートの百目鬼悠玄(どうめき・ゆうげん)すすめのもと、至遠の助手となる流れになり……? どんでん返し、あります。

ダークランナー

不来方久遠
ミステリー
それは、バブル崩壊後による超不況下の頃だった。  元マラソン・ランナーで日本新記録を持つ主人公の瀬山利彦が傷害と飲酒運転により刑務所に入れられてしまった。  坂本というヤクザの囚人長の手引きで単身脱走して、東京国際マラソンに出場した。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...