殺人計画者

夜暇

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第六章 ————の場合

七 ◯ ————【 1月4日 午後13時00分 】

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 三が日を終えたこの日、仕事を休んだ俺は柳瀬川に連絡をとり、彼の働くスカイタワーシティホテル目の前の喫茶店に呼び出した。
「大晦日に加え、年始の小忙しい時に…」と、有給を使うことに根岸さんには軽く文句も言われたが、ここは頭を下げて許しを貰うしかない。その真摯な態度が功を奏し、最終的には笑顔で了解してもらえた。

 そして今、五日前と同様に俺と柳瀬川はテーブルを挟み、お互い向き合っている。
「い、一体なんだっていうんだよ」
 柳瀬川の目は、挙動不審なくらいに泳いでいる。いかに顔見知りだとは言えど、警察官である俺に急に呼び出されたということに、何かあるのではないかと疑心暗鬼に陥っているのだ。
 俺は首を横に振った。
「まあ、落ち着けよ。何も取って食おうなんざしないんだから」
「じゃ、じゃあなんだって、わざわざ俺を呼び出したんだよ。今、結構考えることばかりで忙しいんだよ。仕事もそうだし」
 そこで、彼は声のボリュームを一段と落として続ける。「この前話した、脅迫の件だって。もうそろそろ返事しないとやばいんだよ」
 それを聞いた俺は、細く息を吐いた。…落ち着け。四日前に完成したばかりの計画ではあるが、必ず上手くいくのだ。そうすれば。柳瀬川の目をじっと見つめる。
 彼は「なんだよ」と、軽く、いや大袈裟に上半身を後ろに仰け反らせた。
(この男にも…)
 したがって、ここから話す内容には不信感を持たれぬよう、あくまで自然を装い、話さなければならないのだ。
「その件だがな。あれから俺も、自分なりに考えてみたんだけど」
 同じくらい微かなボリュームでそう切り出すと、彼は勢いよくテーブルに手をつき、前のめりになって俺に詰め寄った。
「考えてくれたのか!た、助けてくれるのか?」
 彼がテーブルに手をついた時に出た音と大きな声が、店内に響き渡った。幸いパーテーションで区切られた半個室的な席のため、(店員を除けば)じろじろ見られずに済んだ。
「だから、落ち着けって。あまり周囲に聞かれたくない話だろう」
 そう叱ると、彼は眉をハの字にして頭を掻いた。
「…ごめん。そ、それで。考えた結果、どうだ」
 うるうると、懇願するかのように目を滲ませ、俺を見る。そんな彼に向けて、俺は首を縦に振った。
「ああ、お前をそのアンナっていうキャバ嬢の脅迫から救ってやろうじゃないか」
「おお!」彼は席を立ち、無理やり俺の手を握ってきた。「そう言ってくれるんじゃないかと思っていたよ!ありがとう、金井!本当に!」
 まさに涙する一歩手前、という程である。俺は少し…ほんの少しだけ、その涙に躊躇したが、なんて事はない、それは本当に一瞬だった。その手を振りほどき、人差し指を彼の鼻に向けた。
「しかし、それには条件がある」
「条件?」
 それを聞いた途端、彼の顔から笑顔が消え、真剣な面持ちとなった。
「あくまで俺は、お前に『こんなやり方もあるよ』という計画の案を授けるだけに過ぎない。下準備までは手伝ってやるが、実際にそれを実行するのは、お前だ。簡単に言えば、俺はアシストするのみ。分かったか?」
 なんだそんなことか、という風に、彼は安堵した表情を見せる。
「あ、ああ。元々は俺がお願いしたことだからね。こう一緒に考えて、手伝ってくれるだけでも、本当に嬉しいよ。もちろん、俺がしっかりと頑張るよ」
 俺に向かって、重々しく頭を下げる。その姿を見ても、今度はもう何の感情の変化も起きなかった。
「よし。それじゃあ、俺の考えた計画について、順を追って話そう」俺は続ける。
 ごくり…と、柳瀬川の喉が鳴った。飲み込む音が聞こえる程か。彼に分からないよう口の端で苦笑し、先を続ける。
「まず初めに、確認しておきたいんだが…アンナだったな、お前を脅迫しているその女はその、『鷺沼を私の前から消してください』と。確かにそう言ったんで良いんだよな」
「う、うん」
 柳瀬川が緊張した面持ちで、頷く。
「それなら話が早い。望みどおり彼を消してみせようか」
「や、やっぱり殺す…のか?」
「そんな事、するわけないだろ。逆だ逆」
「逆?」
「鷺沼が人を殺すんだよ。その後、俺がその鷺沼を逮捕し、刑務所にぶち込む。これで、アンナの前から奴を消すことができるだろう」
「…え?」
 柳瀬川は何度も目を瞬かせる。
「一生消える訳じゃないが、ほぼ消えたようなもんだろ。俺が警察官で良かったな」
 そう言って、俺は目の前、テーブルの上に置かれたホットコーヒーを飲む。
「…まあ、正確には鷺沼に人を殺すよう、仕向けるんだけどな。奴だって、理由も無くそんなことをしないだろうし」
「で、でも、そうだとしても、どうやって?」
「実はだな。俺は奴を殺すよう仕向けることができる、ネタを一つ持っている」
「ネタ…?」
 そこで俺は、十二月三十日に柳瀬川と別れた後、鷺沼が人を殺している瞬間を見たことを伝えた。
「え、それ、本当かよ」
「本当だ。ちなみに殺されていたのは小林賢一。調べたところ、西街のコモレビっていう消費者金融で働く社員だそうだ」
「な、なんだって?」
 その名を出した途端、柳瀬川は先程までとは言わないまでも、誰が見ても分かるくらい取り乱した。
「ど、どうした?」
「そのコモレビって。俺が今、金を借りている会社なんだよ」
「え、お前にも借金があるの?」
 そう聞くと、柳瀬川は伏し目がちに頷いた。
「うん。いや、その。瑞季に、金を渡すために、仕方なくさ」
 くそ、聞かなければ良かった。しどろもどろにそう答える柳瀬川に若干の腹立たしさを感じながらも、必死で心を落ち着かせる。
「あ、そうそう。確か、彼女もそこで借りていたんじゃ無かったかな、二十万円」
 なんということだ、この男だけではなく瑞季もそこで。この件に関する人間が皆、何かしら接点があるということに、少々驚いた。
「…まあ、ともかく。そのネタで奴を脅すことができれば、殺しをさせることなんてお手の物だ」
 俺がそう言うと、柳瀬川は「なるほど」と頷く。しかしその数秒後、首を真横に傾げる。
「で、でも待ってくれよ。確かにそうなれば、俺は命令された内容に正しく従ったということで、何も問題は無いけどさ。その鷺沼に殺されるっていう奴は誰にするんだ。そこまできっぱりと言い切るんだ、何も当てがない訳じゃないんだろう」
「ああ、当てはあるよ」
「い、一体それは…」
 そんなきょとんとした表情で俺を見る彼の顔に、改めて人差し指でさした。
「お前だよ、柳瀬川。お前が鷺沼に殺される、哀れな死体役を演じるんだ」
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