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第四章 新出ちづると柳瀬川和彦の場合2
九 ◯新出 ちづる【 1月10日 午後10時30分 】
しおりを挟む無事、自宅のマンションに着いた。エレベーターに乗り、三階にある自宅の扉を鍵で開ける。自宅に帰って来た途端、安心感が全身を包み込んだ。
ふわふわな頭のまま、部屋の電気と暖房器具の電源を入れる。冬の外気で冷え切っていた室内が、徐々に温かみを帯びてくる。そのまま真っ直ぐソファに向かい、それに腰掛けた途端、全身の力が抜けた。自重により、体がソファに沈み込む。
「はぁ」と、溜息をついた。
何だか今日は疲れた。このまま睡魔に身も心も委ねたいところではあったが、今日は眠るわけにはいかなかった。
私はソファの横に置いていたバッグから、携帯電話を取り出す。画面を開くと、柳瀬川からの連絡が…無い。
はぁ。今度は心の中で溜息をつく。本当に、今日中に崇を消してくれるのだろうか。あと二時間もしないうちに日も変わる。それまでに、本当に、本当に信頼して良いものなのか。落ち着かない。貧乏揺すりで、足が痙攣したように、細かく動く。
何か、甘い物が食べたい。朧げな記憶ではあるが、糖分を取ると脳が安らぐと聞いたことがある。
その時、瑞季さんから祝いの品を貰っていたことを思い出した。そういえば、包装紙の下の中身が何なのか、まだ確認していなかった。バッグからその物を取り出し、包装紙を剥がしていく。そこに現れたのは、よく百貨店で売られている高級洋菓子店のブランドロゴの入った、チョコレート菓子の箱だった。
そのブランドは私でも知っている。かなり高額な物ではないか。店に来た客から高級な物を貰うことは多々ある。しかしそれは下心からのプレゼントであり、心は篭っていない。故にあまり嬉しいと感じたことは無かったが、これは下心など無い、普段の私を純粋に祝うために彼女が贈ってくれた物だ。
改めて瑞季さんに心の中で感謝し、蓋を開ける。中には親指程度の大きさの、焦茶と黄金色に輝く様々な形をしたチョコレートが数十粒入っていた。一粒手に取った。楕円形をしたそれは艶があり、なんとも美味しそうだ。自然と涎が滲み出て来る。
私はそれを、口の中に放り込んだ。…何ともまあ、柔らかで口当たりの良い甘み、そして仄かに漂う苦味が口中に広がる。想像したとおりの美味しさだった。もう一粒。今度は花型、マーガレットを模しているのだろうか。花弁が大きく開いた、可愛らしいものだ。それも先程と同様につまみ上げ、口に入れた。
これもまた美味しい。その外観どおり、強い甘味を感じる。菓子にうつつを抜かしていた私ではあったが、携帯電話はいつでも確認できるよう目の前に置いてある。
いまだ、柳瀬川から連絡は無い。ここまで遅いというのは、何か問題が起きているのだろうか。
…いや。焦らず慌てず、時が来るのを待つこと。今はそれで良い。焦燥して連絡して、もし彼がその最中だったら。邪魔をするような余計なことはやめておこう。私は目を閉じ、両手を胸の前で交差させ、両肩を持つ。子どもの頃からやってしまう、自らを落ち着かせるための、まじないのようなもの。数分間、目と口を閉じ、静寂に身をまかせる。
「よし」
不安の払拭、気合いを入れるように一言放ち、立ち上がった。シャワーでも浴びて気を紛らわすことにしよう。バスルームに体を向けた、まさにそれと同時だった。
「あ、あ」
何だ。息苦しい。息を吸おうと喉に力を入れるが、まるで喉に栓がされているかのように、息を吸うことも、吐くこともできない。
「う、ううう」
足の力が抜け、床の上に前のめりに転ぶ。痛みよりも息苦しさに吐き気を覚えた。
脳がぐるんぐるんと回っている感覚。意識が朦朧とする中、私の目に先程開けたばかりのチョコレート菓子が散乱していた。
瑞季さんの、お菓子。
渾身の力で手を伸ばし、そのチョコレート菓子を掴もうとした。しかし、その手も自分のものじゃないかのように、感覚がなくなってきていた。
死ぬ?そう、死ぬ。脳裏には、その言葉がはっきりと浮かんだ。嘘だ。崇もいなくなり、檜山さんとはこれからである。私には、これから明るい未来が待っているのだ。まだ死にたくない。死にたくないというの、に。
「ひ、ひや、ま、さ…ん」
最期に口から絞り出したその言葉は、自分が愛した、そして、最後まで愛されることの無かった男の名であった。
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