殺人計画者

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第三章 新出ちづると柳瀬川和彦の場合1

十 ◯新出 ちづる【 1月7日 午前10時10分 】

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 新年となり、一週間が過ぎた。空は快晴だが、気温は零度を下回り、大気は完全に冷え切っている。今日、私は西街の外れにある小さな神社に足を運んでいた。
 初詣である。正月三が日はどこの神社も人でごった返すと考え、少々時期をずらした。門柱の横の鳥居を抜け、参道を歩く。
 思惑どおり、まだ人はちらほらいるが、混雑しているわけではなかった。良かった。独り身で来ている私に哀れみの目を向ける者もまた、そこまでいないようだ。表門をくぐり、拝殿に到着した。短いが参拝の列ができている。その一番後方に、同じように並ぶ。
 あれから一週間と少し。未だ柳瀬川から連絡は来ない。ここまでくると、彼は本当に私の出した条件を満たしてくれるのか、段々と心配になって来た。
 …いや、大丈夫。年末の喫茶店での会話で、彼は私に弱味を握られていることと、それから逃れることはできないことを理解しているはずだ。
 クリスマス・イブの日に柳瀬川と瑞季さんを見た時、自分でも人とは思えないような、非道なことを思いついたのである。
 柳瀬川を脅迫し、崇をこの西街から追い出す。それが私の目論見だった。そのためだったら何をしても…彼が言ったとおり、殺してしまっても構わない。それが一番確実ではあるが、私にしてみれば、「崇が西街からいなくなった」という事実があれば、やり方などどうでも良いのだ。そうすれば、大手を振ってこの街を歩くことができる。檜山さんの働くコモレビにだって、崇の影に怯えることなく行くことができるのである。

 参拝の列は、進む。
 問題無いと思いつつも、脅して言い聞かせている以上、完全に信用できない点はある。このまま話を無かったことにされてしまったらどうしようか。不倫の証拠が沢山あるなんて、勢いに任せて大口を叩いてしまったが、私の手元にあるのは先日彼に見せた写真一枚のみ。データのバックアップは取っているとは言えども、それだけでは、若干心許ない。
 また、時間が空き冷静に考えた結果、柳瀬川が開き直る可能性もある。最悪写真のデータを奪いに来ることも、無きにしも非ず。不安と焦りの感情で心が折れそうだ。何故、脅迫する側である私がこんな気持ちにならなければならないのだろう。

 列は、進む。
 やはり期限を決めておくべきだったか。考えたら、今催促したとしても「考えている最中だ」なんて言われてしまえば、こちらから何も言うことができないのである。
 …今からでも遅くないだろうか。言い忘れていたことがあった、とか何とか、適当な理由をつければ問題無いのではないか。携帯電話を開き、柳瀬川の連絡先を開けた。
 その時。まるで今の私の心を読んだかのように急に携帯電話が震え出した。驚いて手から落としそうになる。着信だ。画面を見ると「柳瀬川」と大きく表示されている。
 やっと連絡が来たか。安堵すると共に、通話ボタンを押した。
「…もしもし」
『も、もしもし?アンナちゃん?』
 柳瀬川のおどおどとした声が聞こえる。私はわざと聞こえるように舌打ちをした。
「その名は使うなって言いましたよね。私のことはとりあえず、Aでお願いします。アルファベットの、A」
 アンナとは愛彩での私の源氏名だが、私と柳瀬川はあまり表立って話すことができない内容の話をしているため、そう呼ばずに渾名で呼ぶよう強制したのである。
 ちなみに、Aとはアンナの頭文字から取ったAだ。エー、エイであれば、エイコ、エイミ、そういった名前の渾名として、あり得なくは無いだろう。
『あ、ああ、ああ。ごめん、ア…エイちゃん、だったっけ』
 柳瀬川は慌てて訂正する。私は彼に聞こえないよう、小さく溜息をついた。
「…それで、何の用ですか。この前の話関係じゃなければ切りますよ」
 そう言うと、彼はまたも慌てる。忙しない男である。
『ま、待ってくれよ。もちろんそれ関係の話だ。へへ…』
 それを聞いて、意味もなく携帯電話を耳に強く押し当てた。
「いよいよ、実行するんですか?」
 実行とはもちろん、崇を消すことである。現在参拝中のため、物騒な単語は口に出さないよう努めた。
『あ、ああ。エイちゃんの望みどおり、奴を消してみせるよ』
「そ、そうですか」この前と違う、彼の真面目な雰囲気に、少々気押される。
「じゃあ、どのようにされるんです?」
『ま、まあそこは俺に任せてくれれば良いよ』
 吃ることはありつつも、やけに自信満々に答えるものだ。それだけ、彼自身何かしら算段がついているということか。
「消すっていうなら、いつ?」
 そう聞いてみると、柳瀬川はへへぇと醜い笑い声を上げた。
『み、三日後、一月十日の夜。具体的な時間で言えば…午後十時過ぎ、かな』
「三日後の午後十時過ぎですか、やけに夜遅くですね。じゃあ、それをどこで」
 次に場所を聞くと、柳瀬川は答えを渋った。
『い、一応決めてはいるんだけど。電話じゃあ上手く説明できなくて』
「良いから教えてください」
 そう催促しても、彼は快活良く話そうとしなかった。
『今は、何も言えない。ごめん』
「言えない、ですって?」
 何をするのかは分からないが、それを行う場所でさえ、依頼主に話せないとはどういうことなのか。
「どうしてまた…」
『エ、エイちゃんは気にしなくて良いよ。言われたことはちゃんとやるから』
「そうは言っても、私は依頼主なんですよ。きちんと説明していただけませんか」
 少々語気を強めて言うが、柳瀬川は意に介さなかった。むしろ、この前の彼とは思えない程にきちんと返答してくる。
『エイちゃんが欲しいのは「鷺沼が消えた」っていう結果だろ。別に過程がどうであれ、それさえあれば関係無いんじゃないのか』
 納得せざるを得ない回答を受け、私は二の句を告げることができなかった。仕方ない、確かに彼の言うとおりではあるし、ここは引き下がった方が良いだろう。
「…わかりました。まあ、あなたにやる気があって良かった。念のため私に、『telco』で構いません、状況報告をしてください。現状を知っておきたいので」
 その日は午後五時から八時の出勤だった。その時間勤務だった子が体調を崩してしまったため、ヘルプのための出勤である。たった三時間なら…と考え、了承したが、こうなるのであれば仕事なんて入れるんじゃ無かった。
 まあきちんと連絡を貰えて、崇が消えたことが分かる証拠でも提示してくれるのであれば。それさえあれば、他は何も問題はない。
『分かった。それで…それで。これをすれば、本当に消してくれるんだろう』
「消す?」
『しゃ、写真だよ写真!データも一緒にだからな』
「ああ、それはもちろん。期待していますよ」
 私はそう言って、通話を終了した。よし。彼が実際に何をするかは分からないが、柳瀬川がやる気になってくれたことが分かり、安心した。ほっと息をつく。
「あの…すみません」
 肩を叩かれ、後ろを振り返る。四十代程の女性が、私に向かって気難しい顔を向けている。その顔を見てハッとした。慌てて前を向くと、いつの間にか自分は賽銭箱の前に既に到着していた。
「ご、ごめんなさい」
 私は恥ずかしさから、折角並んでいたというのに参拝もせず、列を抜けた。…まあ良い。今は神頼みではなく、柳瀬川頼みだ。上手くいけば、崇がいなくなるまで、あと三日。三日後には私のこの忌まわしい病からも解放され、晴れて檜山さんに会いに行くことができるのだ。
 私は笑みを浮かべ、神社を後にした。
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