殺人計画者

夜暇

文字の大きさ
上 下
22 / 76
第二章 檜山武臣の場合

五 ◯檜山 武臣【 半年前 】

しおりを挟む

 半年前のことだった。俺が愛彩に客として訪れ、帰る際に瑞季に呼び止められた。
「金を、借りたいって?お前が、か?」
「…はい」
 その時も今日と同じように、彼女は俯き加減に話し出した。
「実は私…ISMYの人間と、少々関わりがありまして」
「ISMY?もしかして、数年前、ニュースで話題になった?」
「は、はい」彼女は頷いた。
 四年前程だったか。世間ではISMY(I Steal Money from Youの略。「私はあなたから金を盗む」の意)という、詐欺を主流する犯罪組織が話題となっていた。主に個人を標的とし、商取引や賭博上での詐欺はもちろんのこと、振り込め詐欺を筆頭とした架空請求、還付金等の特殊詐欺まで、手広く行なう組織であった。
 活動が本格化したために警察も本気で動き出し、何人もの実行犯が逮捕され、その度にメディアに大きな見出しで掲げられた。それから何年かは話題を提供していたのだが、一年前。組織のリーダー格の人間が逮捕されたことにより、毎日のように報道されていたISMYの話題は、人々の記憶から消え失せていった。
 瑞季のその後の話によれば、彼女は数年前、組織と関係があったそうだ。理由は不明だが、そこに元いた人間から、五十万円を要求されている、とのことであった。
「しかし、それって恐喝になるんじゃないのか。それならお前の彼氏に頼めば良いだろう。あまり公に言えないって言っていたが、確か警察官だったよな。そういう時の対応って、一般人より得意だろうに」
 瑞季は現在交際している男がおり、警察官をしている。この西街から数十分程歩いた所にある西街派出所で働いている。以前指名した際、彼女から「檜山さんなら口も堅そうだし…」とのろけ話を聞かされたのであった(彼女的には誰にも言わない、秘密にしていたことだったそうだが)。
 そう言うと、瑞季は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「達ちゃんにはこのこと、言えないんです。でも五十万円なんて大金、二人の共通口座ぐらいしか無いんです。そこから五十万円なんて引き出したら、絶対にばれちゃう」
 穏便に済ませないといけないんです…と、そう訴える瑞季の目には涙が滲んでいた。やれやれ、と俺は頭を掻いた。
「まあ、どんな理由があるかなんて人んちのことだし、あまり関わらないけどさ。ええと、それで、借りたい額って五十万円だよな。貸しても良いが、返せる当てはあるのかい。その規模の額だと、いくら何でも返済は時間もかかるだろうし、その間に警察官の彼氏が勘付く可能性もある。それを覚悟の上なのか」
 長年この仕事に携わっている俺が凄むようにそう言うと、決心して話を持ちかけた瑞季であっても、少々動揺していた。しかし最後は、俺の目を見て「お願いします」との一言であった。

 以来、高額ではないが、毎月定額分をしっかりと返済してもらっている。
 「telco」を使って借金等のやり取りをすることは稀にある。会社もそれを良しとしている。証拠は残らないが迅速な電話、やり取りは遅いが証拠の残るメールの中間に位置するそれは、手軽さかつ都合が良いのである。
 しかし、そう考えてもおかしな点がある。
「瑞季の今月の返済期限はまだまだ先なんだがなあ」
 俺の記憶が正しければ、彼女はあと二週間以上返済までに猶予があるのだ。借金の内容のメッセージを送ったかどうかなんて…
 自分の「telco」を開き、直近で瑞季とやり取りがあったか確認する。うん、何度見ても彼女とのメッセージ履歴は無い。やはり、彼女の勘違いだったのだろう。
 それに、謎の五桁の数字についても、俺とは関係が無さそうだ。
 ふう、と息を吐く。新年になってから色々あり過ぎて、こんな何でもないようなことにも考え込んでしまう。頭の中が破裂しそうだ。落ち着け、こんな時ほど落ち着くべきである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

失せ物探し・一ノ瀬至遠のカノウ性~謎解きアイテムはインスタント付喪神~

わいとえぬ
ミステリー
「君の声を聴かせて」――異能の失せ物探しが、今日も依頼人たちの謎を解く。依頼された失せ物も、本人すら意識していない隠された謎も全部、全部。 カノウコウコは焦っていた。推しの動画配信者のファングッズ購入に必要なパスワードが分からないからだ。落ち着ける場所としてお気に入りのカフェへ向かうも、そこは一ノ瀬相談事務所という場所に様変わりしていた。 カノウは、そこで失せ物探しを営む白髪の美青年・一ノ瀬至遠(いちのせ・しおん)と出会う。至遠は無機物の意識を励起し、インスタント付喪神とすることで無機物たちの声を聴く異能を持つという。カノウは半信半疑ながらも、その場でスマートフォンに至遠の異能をかけてもらいパスワードを解いてもらう。が、至遠たちは一年ほど前から付喪神たちが謎を仕掛けてくる現象に悩まされており、依頼が謎解き形式となっていた。カノウはサポートの百目鬼悠玄(どうめき・ゆうげん)すすめのもと、至遠の助手となる流れになり……? どんでん返し、あります。

ダークランナー

不来方久遠
ミステリー
それは、バブル崩壊後による超不況下の頃だった。  元マラソン・ランナーで日本新記録を持つ主人公の瀬山利彦が傷害と飲酒運転により刑務所に入れられてしまった。  坂本というヤクザの囚人長の手引きで単身脱走して、東京国際マラソンに出場した。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...