殺人計画者

夜暇

文字の大きさ
上 下
14 / 76
第一章 鷺沼崇の場合

十二 ◯鷺沼 崇【 1月10日 午後9時40分 】

しおりを挟む

 足元から脳天まで、貫くようにすらりとした体、少々切れ長の目に整った顔立ち、あそこまで俺が惹かれる、欲情をかき立てられる女は他にいない。
 彼女はゆっくりと、ホテルの入口まで足を運んでいく。すれ違う男共の下卑た視線など気にも留めず、氷のように冷たく無表情で、長い髪を風に揺らしながら。俺は久方ぶりに見た彼女の姿に、しばし見惚れていた。
 しかし入口まであと数歩というところで、ちづるは駆け足になった。ホテルに入るのかと思いきや、彼女は入口を通り過ぎて、そのまま前に進んでいく。どうやら誰かを見つけたようだ。先程の表情とは打って変わって、顔に笑みが薄っすらと浮かべている。
 ちづるが笑顔になる相手なんて、一体どこのどいつだ。彼女の視線の先を追った。そして驚愕した。そこにはつい数時間前、俺を殺さんばかりに追って来ていた檜山がいたからである。
 彼ら二人は、ホテルの入口から数メートル離れた歩道で何らかの話をしている。ここから彼らの会話を聞くことはできないが、恐らく柳瀬川にそうしたように、檜山は彼女にも、俺を見つけるよう依頼しているのではないだろうか。
 しかし。まさかちづると檜山が知り合いだったとは…あのキャバクラ、愛彩には檜山もよく行くのだろうか。
 いや。恐らく、それだけではない。ちづるのあの屈託のない笑顔。俺はそれに、単なるキャバクラ嬢と客という関係以上の何かを感じた。
 テーブルを拳で軽く叩いた。その振動により、コーヒーがソーサーに溢れる。沸々と、自分の中の嫉妬心が湧き出てきた。
「あの野郎…」
 ちづるは俺のものだ。俺のものなんだ。お前には渡さない。
 それに彼女も、本心では俺のことを好いているはずなのだ。一年前はお互いの気持ちのすれ違いにより離れてしまったが、心の奥底では俺を求めているに違いない。だからこそ、早く柳瀬川を殺して金を貰わなければならない。
 そうだ、金だ。金があれば、彼女も俺と離れたのは間違いだったと気付くはず。…もちろん、檜山なんて金貸しなんぞより、俺の方が魅力的であるということも。
 その念が通じたのか、ちづると檜山は会って数分程度しか経過していないがすぐに別れた。というよりも、檜山が彼女から離れて行ったのだ。
 ちづるはその場に立ち尽くしている。二人の間にどんな話があったのだろう。とにかく邪魔者は消えた。途端に己の体が疼いてくるのを感じた。ああ、今すぐあの場に行って彼女を力強く抱きしめてやりたい。
 しかしそれはできない。檜山から何か話を聞いている可能性がある以上、彼女と対面することは危険を伴うし、一応俺は彼女との接触を禁じられているのだから。
 そうであっても、会って話をしたい。彼女に罵倒されても、非難されても良い。会話をしたい。声を聞きたい。そんなジレンマに囚われている間に、ちづるは俯きながら、檜山とは反対方向に去って行ってしまった。
「…はぁ」
 溜息をつく。虚しさが心を支配する。やはり、俺の心にはまだちづるがいるのだ。それを再確認させられたような、そんなワンシーンであった。
 しかし、そう落胆した俺の目の前に、長いこと待ちに待った人物が現れた。柳瀬川だ。
 いつのまにか午後十時を少し過ぎていたようだ。仕事を終え、帰宅途中の柳瀬川は、夕方このホテルに来た時と同様、若干の猫背のままホテルから離れていく。
 これが最後のチャンスだ。逃すわけにはいかない。俺は慌てて残っていたコーヒーを飲み干し、会計をして店を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

失せ物探し・一ノ瀬至遠のカノウ性~謎解きアイテムはインスタント付喪神~

わいとえぬ
ミステリー
「君の声を聴かせて」――異能の失せ物探しが、今日も依頼人たちの謎を解く。依頼された失せ物も、本人すら意識していない隠された謎も全部、全部。 カノウコウコは焦っていた。推しの動画配信者のファングッズ購入に必要なパスワードが分からないからだ。落ち着ける場所としてお気に入りのカフェへ向かうも、そこは一ノ瀬相談事務所という場所に様変わりしていた。 カノウは、そこで失せ物探しを営む白髪の美青年・一ノ瀬至遠(いちのせ・しおん)と出会う。至遠は無機物の意識を励起し、インスタント付喪神とすることで無機物たちの声を聴く異能を持つという。カノウは半信半疑ながらも、その場でスマートフォンに至遠の異能をかけてもらいパスワードを解いてもらう。が、至遠たちは一年ほど前から付喪神たちが謎を仕掛けてくる現象に悩まされており、依頼が謎解き形式となっていた。カノウはサポートの百目鬼悠玄(どうめき・ゆうげん)すすめのもと、至遠の助手となる流れになり……? どんでん返し、あります。

ダークランナー

不来方久遠
ミステリー
それは、バブル崩壊後による超不況下の頃だった。  元マラソン・ランナーで日本新記録を持つ主人公の瀬山利彦が傷害と飲酒運転により刑務所に入れられてしまった。  坂本というヤクザの囚人長の手引きで単身脱走して、東京国際マラソンに出場した。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...