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第一章 鷺沼崇の場合
十二 ◯鷺沼 崇【 1月10日 午後9時40分 】
しおりを挟む足元から脳天まで、貫くようにすらりとした体、少々切れ長の目に整った顔立ち、あそこまで俺が惹かれる、欲情をかき立てられる女は他にいない。
彼女はゆっくりと、ホテルの入口まで足を運んでいく。すれ違う男共の下卑た視線など気にも留めず、氷のように冷たく無表情で、長い髪を風に揺らしながら。俺は久方ぶりに見た彼女の姿に、しばし見惚れていた。
しかし入口まであと数歩というところで、ちづるは駆け足になった。ホテルに入るのかと思いきや、彼女は入口を通り過ぎて、そのまま前に進んでいく。どうやら誰かを見つけたようだ。先程の表情とは打って変わって、顔に笑みが薄っすらと浮かべている。
ちづるが笑顔になる相手なんて、一体どこのどいつだ。彼女の視線の先を追った。そして驚愕した。そこにはつい数時間前、俺を殺さんばかりに追って来ていた檜山がいたからである。
彼ら二人は、ホテルの入口から数メートル離れた歩道で何らかの話をしている。ここから彼らの会話を聞くことはできないが、恐らく柳瀬川にそうしたように、檜山は彼女にも、俺を見つけるよう依頼しているのではないだろうか。
しかし。まさかちづると檜山が知り合いだったとは…あのキャバクラ、愛彩には檜山もよく行くのだろうか。
いや。恐らく、それだけではない。ちづるのあの屈託のない笑顔。俺はそれに、単なるキャバクラ嬢と客という関係以上の何かを感じた。
テーブルを拳で軽く叩いた。その振動により、コーヒーがソーサーに溢れる。沸々と、自分の中の嫉妬心が湧き出てきた。
「あの野郎…」
ちづるは俺のものだ。俺のものなんだ。お前には渡さない。
それに彼女も、本心では俺のことを好いているはずなのだ。一年前はお互いの気持ちのすれ違いにより離れてしまったが、心の奥底では俺を求めているに違いない。だからこそ、早く柳瀬川を殺して金を貰わなければならない。
そうだ、金だ。金があれば、彼女も俺と離れたのは間違いだったと気付くはず。…もちろん、檜山なんて金貸しなんぞより、俺の方が魅力的であるということも。
その念が通じたのか、ちづると檜山は会って数分程度しか経過していないがすぐに別れた。というよりも、檜山が彼女から離れて行ったのだ。
ちづるはその場に立ち尽くしている。二人の間にどんな話があったのだろう。とにかく邪魔者は消えた。途端に己の体が疼いてくるのを感じた。ああ、今すぐあの場に行って彼女を力強く抱きしめてやりたい。
しかしそれはできない。檜山から何か話を聞いている可能性がある以上、彼女と対面することは危険を伴うし、一応俺は彼女との接触を禁じられているのだから。
そうであっても、会って話をしたい。彼女に罵倒されても、非難されても良い。会話をしたい。声を聞きたい。そんなジレンマに囚われている間に、ちづるは俯きながら、檜山とは反対方向に去って行ってしまった。
「…はぁ」
溜息をつく。虚しさが心を支配する。やはり、俺の心にはまだちづるがいるのだ。それを再確認させられたような、そんなワンシーンであった。
しかし、そう落胆した俺の目の前に、長いこと待ちに待った人物が現れた。柳瀬川だ。
いつのまにか午後十時を少し過ぎていたようだ。仕事を終え、帰宅途中の柳瀬川は、夕方このホテルに来た時と同様、若干の猫背のままホテルから離れていく。
これが最後のチャンスだ。逃すわけにはいかない。俺は慌てて残っていたコーヒーを飲み干し、会計をして店を出た。
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